42.北の森

 山室、片山、琴、カネ子は北の森を捜索していた。琴は山室に引っ付いて歩いている。


「おじさん……ボク、怖いよ」


 琴は山室の袖を引っ張りながら歩いている。


「大丈夫だ、琴ちゃん。君の事は俺が守るから」

「ほんとにほんと? 大嶺が現れたらおじさんボクを守れる?」

「あぁ、腕っぷしには自信が無いが、こう一発催涙スプレーをお見舞いしてやるさ」

「あのさぁ……」


 琴と山室のやり取りに、片山が口を挟む。


「さっきから気になってるんだけど、『琴ちゃん』って何なんだ? それに畠山さんずっと山室さんの袖持ってるし。何なの君たち」


 山室は困惑したような顔で言い訳をした。


「やましい事は何もないんだが、何だか懐かれていてね」

「ボク、なんか悪い事してる?」

「悪い事はしてないけどさぁ、この合宿のカップルって、祁答院さんと波岡さん以外にもいたんだなって……」

「カップルじゃないぞ」

「カップルでもいいけど」

「なっ。琴ちゃん!?」

「おじさんとボクは合宿が終わったらデートする仲だから」

「そうなんだ!? ふたりってそういう……」

「いいから真剣に捜索してくれよ」

「若いっていいねぇ。私が若い頃はなかなか異性とデートなんてそんな気軽に出来なかったよぅ」


 カネ子は最後尾でよたよたと歩きながら若い連中のやり取りを微笑ましく見ている。森は足場が悪く、最高齢のカネ子には少々歩きづらいようだった。


 ──バサバサバサッ


「わっ! 何だ!?」


 森から何かが一斉に飛び立った。


「コウモリだろ。片山さんコウモリ見た事ないのか?」


 山室は半分呆れかえっている。


「俺は都会生まれの都会育ちだ。コウモリなんてそんなもの周りにいなかったぞ」

「ここは無人島の森の中だ。コウモリなんて五万といるだろう。俺達が歩いてきてびっくりして飛び立ったって所じゃないか?」

「なんだ……大嶺がいたのかと思った」

「片山のおじさん、けっこうビビりなんだね」

「ふんっ。何とでも言え」


 片山は大層面白くないといった風にふくれている。


「まぁまぁ、落ち着いて。とにかく冷静に大嶺と井之上さんを探すんだ。片山さんは昨日ここら辺を見ていたはずだが、どこか隠れるのに適した場所はありましたか?」

「んー。そんなになかったな。大木の裏なんかには隠れられるが、穴や祠の類はなかったと思う」

「北側には廃屋なら沢山あったよな。三手に分かれて見ても一日掛ったんだ。一晩で全部捜索出来るかどうか……」

「でもボクもう皆と離れたくないよ。ひとりで見て回るなんて怖くてできないよ!」

「ひとりでなんて行かせるものか。ここからはまとまって動くんだ。大嶺はすばしっこい。ひとりじゃ太刀打ち出来ないさ」

「あいつ超デブのくせになんであんなに機敏なんだろう」

「人間、ピンチになるととんでもない力を発揮するものさ」

「そんなもんなんだ……」

「そんなものさ」

「ちょっと右手の方に、大木が三本ぐらい固まっている所があったぞ? そこの地面が、何ていうか不自然に露出していたんだ。もしかしたら大嶺が隠れていた跡かもしれない」

「じゃぁそちらを見に行ってみようか」

「おじさん待ってー」

「あっ!」


 その時、カネ子が木の根に躓いて転倒してしまった。


「大丈夫ですか、米田さん」


 慌てて山室が駆け寄る。手を差し伸べると、カネ子は山室の手を取って立ち上がった。


「ありがとう、山室さん」

「いえいえ。歩けますか?」

「あぁ、ちょっと手をすりむいただけみたいだから……」

「カネばぁ、ボク絆創膏持っているよ?」

「ありがとう、畠山さん」


 琴は大きなリュックからポーチを取り出すと、その中から絆創膏を一枚出した。そしてカネ子の傷を飲み水で洗い、手際よく手当てしていった。


「琴ちゃん、手際がいいなぁ」

「ボク、昔は看護師さんに憧れていたから」

「そうなんだ? なら看護師になれば良かったのに。そういえば大学の学部を聞いた事が無かったな?」

「無難に文学部だよ。人の命を預かる仕事はボクには荷が重かったから」

「そうか……」


 手当が終わると、カネ子は三人に礼を言い、また捜索を再開した。


「大木のかたまりまでもうすぐだ」


 片山が案内役を買って出ていた。


「そこに更紗ちゃんがいてくれたらいいんだけど」

「どうだろうな。井之上さんは隠れるのが目的じゃないからな。いるとしたら大嶺か……」

「やだな、おじさん。怖いよ」

「ごめん。でもこれは現実だから」

「そうだね」

「あそこだ、まっすぐ前に見えるのが三本の大木だ」

「気を付けて裏に回るんだ」


 四人はそろそろと大木に近付いていく。


「おい! 大嶺! いるなら出て来い!」


 山室が大声で呼びかけるが、反応は何も無い。


「いないか……?」


 片山も山室に続いて大木に詰め寄る。


「おじさん、念のため催涙スプレーを」

「そうだな」


 山室は着ていた上着のポケットから催涙スプレーを出すと、手に持った。


「大嶺! 出て来い!」

「大嶺! 逃げても無駄だぞ!」


 山室と片山が交互に叫ぶ。だが反応は無い。物音すら何もしない。


「いっせーので裏に回るんだ」

「あぁ」

「いっせーの……」


 ふたりは息を合わせて大木の裏に回った。しかしそこには誰もいなかった。


「いない、か」

「あー、なんかホッとしたな」

「片山さん……ホッとしたのは俺もそうだが、ここも空振りだったな」

「そうだな」

「やはり廃屋の方にいるのか……。他に隠れる事が出来そうな場所は?」

「無かったな。あとは普通の木ばかりだ」

「このクスノキも、こんな事態じゃなきゃ立派な木として見ごたえあったんだがな。樹齢数百年は経っているんじゃないか?」


 そう言うと、山室はその場所を写真に収め始めた。


「おいおい、こんな時に写真かよ」

「写真バカおじさんは、いつもこう」

「そうなの?」

「『俺には全てを報道する義務がある』とか何とか言って、いつも写真撮ってるよ?」

「そうか……そう言えば事件現場も写真撮ってたしな」

「すまんすまん、時間を取ったな。じゃぁ、森はこの辺にして廃屋の方に行こうか?」

「森の抜け口はちょっと戻った所だ」

「了解」


 山室、片山、琴は即座に踵を返したが、カネ子は少々もたついていた。


「ばあさん、俺に掴まって歩けよ」


 片山がカネ子にそう提案をする。


「いいのかい? 歩きにくくないかい?」

「変な事気にするなよ。また転ばれたら大変だし。ほら、掴まれ」

「片山のおじさんいいとこあるじゃん」


 琴が茶化すと、片山は顔を背けてこう吐き捨てた。


「うるさい。俺はただ、早く井之上さんを見付けたいだけだ。たった二日とは言え、コンビを組んで捜索した仲だからな」


 照れ隠しとも取れる片山のリアクションだったが、琴はその説明で納得がいったようで、また山室の袖を引っ張りながら前を進みだした。

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