41.南の森

 祁答院、未来、佐恵子、渡会はまず南側の森を捜索していた。二十時過ぎの森は真っ暗で、懐中電灯とスマホの灯りだけが唯一の光源だった。


「未来ちゃん……さっきは悪かったわ」


 佐恵子が心底悪かったという風に未来に話を切り出した。


「え? さっきって……あ……。でも、あれは私も失言でした」

「いいのよ。実際白石先生をひとりで外に行かせてしまったのはあたしだもの。でもね、まさかあんな事になるだなんて思ってなかったわ」

「それは誰にも予測できない事でした。越本さんが責任を感じる事はありませんよ」


 祁答院が穏やかに佐恵子を諭す。


「俺が昼寝してた間にあんな事になるなんてなぁ。唯一の男手だったのに、申し訳ねぇ」

「渡会さんのせいでもありません。誰のせいでもありません。全ては大嶺のせいなんです」

「そうよ、佐恵子姐、渡会さん。まさか大嶺が合宿所までやってきてあんな酷い犯行をするとまでは、はっきり言って誰も予測できていなかったわ」


 四人は一様に黙りこくった。


「白石先生、無念だったでしょうね……」

「それを言ったら高遠先生だってそうですよ。志半ばで殺された挙句、肉を食われただなんて……」

「あたし、女性にあんな酷い暴力を振るう奴は許せないわ」

「本当に、考えるだけでゾッとします。どれだけ苦しかったろう、悔しかったろう、怖かったろうって……」


 未来は涙を浮かべる。


「俺が居眠りさえしてなきゃなぁ。唯一の男手だったのによぅ」

「だから、渡会さんのせいじゃないですって。僕達は誰も渡会さんの事を責めてないですよ」

「あれだけ啖呵切って任せろって言ったんだ。俺は自分で自分が情けねぇよ」

「なら、あたしも頑張るから渡会さんも頑張ってふたりを探しましょうよ」

「あぁ、そうだなぁ……」

「更紗ちゃんが……この辺りにまだいてくれたら良いんだけど」

「大嶺がどこまで逃げたかは分からないからね。もうどこかの廃屋に逃げ込んでいるかもしれない」

「この森にいるっていう確率はどれくらいなのかしら? あたしはもう大嶺は森にはいないと思うんだけど」

「ぶっちゃけ僕もそう思っています。だから、ここは大まかに見て早く廃屋地帯に向かいましょう。昨日の捜索の時も、森にあの巨体が隠れるような穴や建物は見付からなかったですし」

「そうね。ここはもう抜けて廃屋地帯に行った方が早いかもしれない。私もその案に賛成です」

「俺はここに来たのが初めてだから勝手が良く分かんねぇけど、あんた達がそう言うなら従うぜ」

「それにしても夜の森は気持ちが悪いわね。それに何だか寒くない? 未来ちゃん大丈夫?」

 

 佐恵子は身体を抱え込むような仕草をしながら未来に問う。


「私は大丈夫です。佐恵子姐、羽織るものとか持っていないんですか?」

「無いわよ。こんな夜に外に出るだなんて思っていなかったから長袖持ってきていないわ。それに、今八月の半ばよ?」

「それもそうですね……」

「こんな時僕が何か貸せればいいんですけど、あいにくTシャツ一枚ですし」

「俺が来ているチョッキを貸してやろうか?」


 渡会はTシャツの上に作業員風のベストを着ていた。それを脱いで差し出そうとする。


「大丈夫大丈夫。動いていればその内暑くなってくるし。ただ、この島けっこう夜は冷えるのね」

「本土から大分離れていますからね。日中との寒暖差はそれなりにあるのかもしれません」

「あたしたちがこの島に来てまだ二週間なのよね。なんか、色々ありすぎてもっと長かった気がするわ」

「佐恵子姐……。たった二週間、されど二週間ですね。ここに来て、私たちはダイエットだけしていればいいはずだった。でも、たったひとりの異常分子が紛れ込んでいたせいで、こんな事になって……」

「俺はよぅ、この二週間で五キロも瘦せたんだぜ? ここ何日かは運動してねぇけどよ、あの食事内容じゃ痩せるわなぁ」

「そうよねぇ。あたしも合宿所を任されてからおさんどんしてたけど、作り甲斐がないのよ」

「痩せる事に特化した合宿でしたからね……。大嶺さえいなかったら今頃どうなっていたんだろう」

「私達、みんなもっと痩せて健康になっていたんじゃないかしら」

「どちらにせよ、あたしはもう民慧党なんかに票を入れないわ」

「私も」

「僕も」

「俺もだ」


 そうこうしているうちに、南側の森は大体見終わった。昨日事細かくチェックしたばかりなのだ。大体の地理は把握していたので、捜索はスムーズに行った。


「じゃぁ、廃屋地帯に向かいましょうか」

「そうね。きっとそこに、大嶺がいるはずだわ」

「あたし、ちょっと怖いかも」

「俺が守ってやるよー」

「渡会さん、あなたそんなに腕っぷし強かったかしら?」

「あー? 年寄りをバカにすんじゃねぇぞ!」

「はいはい。失礼しました。いざとなったらよろしくね、祁答院君!」

「承知しました。任せておいてください」

「なんだー? おめー!」

「まぁまぁ渡会さん。ここは男性同士力を合わせて女性陣を守りましょう」

「だな」


 一行は森を抜ける小道を進んでいく。抜けた先には廃屋が立ち並ぶ集落がある。そのどこかに、大嶺と更紗はいるのだろうか。

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