39.第二の事件

 夕方近くに未来と祁答院が合宿所に戻り食堂に行くと、そこには佐恵子を囲んで他の全員が集合していた。ただ、白石の姿がどこにも見えない。


「皆、佐恵子姐を囲んでどうしたんですか?」


 何も知らない未来が誰にというわけではなく疑問をぶつけると、佐恵子本人から回答が返って来た。


「未来ちゃん! 祁答院君! 白石先生が外を見に行ったまま帰ってこないのよ!」

「え……?」


 佐恵子の話によると、白石は猫の声がすると言って外に出た。それが昼過ぎの事だった。それから三時間ほど経つが、その白石が帰って来ないと言うのだ。


「え……ひとりで見に行かせてしまったんですか……?」


 未来はそう発言した瞬間、「しまった」と思った。


「何よ……何よ……! 未来ちゃんも他の皆みたくあたしが悪いって言うの!?」


 佐恵子は涙を流しながらヒステリックにそう叫んだ。


「ち、違います。ただ、昨夜行動する時は必ず複数でって注意を受けたから。決して佐恵子姐を責めているわけじゃ……!」

「いいわよもう! あたしが悪いんでしょう!? 散々片山さんからも罵られたわよ。『なんでひとりで見に行かせたんだ』って!」

「お、俺はただ事実として言っただけで」

「何よ! じゃぁ今からあたしがひとりで外を確認しに行ってくるわよ! 誰も邪魔しないでよ! あたしはあたしで責任を取るから!」


 飛び出して行こうとした佐恵子の腕を、山室が掴む。


「落ち着いて下さい越本さん。誰もあなたを責めてはいないし、あなたに責任があるだなんて思っていない!」

「じゃぁ何でみんなして『ひとりで行かせた』って責めるのよ!」

「責めているわけじゃないんだ。それは言葉の綾というか……」

「そうです、佐恵子姐、私だって佐恵子姐を責めたいわけじゃない!」

「とりあえず落ち着いて下さい」


 更紗が佐恵子に水を持って来た。佐恵子はそれを乱暴に受け取ると一気に飲み干した。


「はぁ……はぁ……とにかく、見に行かなきゃダメなのよ」

「それなら、皆で行きましょう。大嶺が潜んでいるにしたって、全員で掛かれば捕まえる事が出来るはずです。決して越本さんをひとりで行かせるわけにはいきません」


 祁答院のその言葉に、佐恵子はこくんとひとつ頷いた。


***


 メンバーたちは建物を出ると、建物の脇道のアスファルトの上を辿って行った。


 丁度食堂の横に当たる箇所に差し掛かると、鬱蒼とした雑草の中にわだちのようなものが出来ているのを発見した。


「ここから大嶺が出て来たのか、それともここから逃げたのかどちらだろう……」


 先頭を行く祁答院の言葉に、メンバーたちは無言だ。恐る恐る歩を進め、建物の裏手にあたる角を曲がる。その瞬間……。


「見るな! 来るな!」


 祁答院が叫んだ。


 しかし、メンバーたちは次々と角から顔を出した。


 そこには、無残な姿に変わった白石が血の海の中に横たわっていた。


 頭から血を流し、目を開いたまま絶命しているようだ。衣服は乱れ下半身は露出している。Tシャツも破られており、露になった乳房は、原形を留めることなく無残な状態になり血塗れである。


「乳房が、無い……? これは、喰われた、のか……?」


 祁答院が遺体に近付いて行く。


「うっ。白石先生……」


 未来も続くが、吐き気を催してくる。


「大嶺がここに来て白石先生を乱暴したうえで乳房を食いちぎったという事ですか?」


 更紗は冷静にこの状況を分析している。


「マジかよ。あいつ、俺たちに高遠先生を食わせただけじゃなく、自分まで人間を喰ったのかよ……」


 山室はあられもない姿になっている白石から目を逸らした。


「あたしが……あたしがひとりで白石先生を外に出さなければ……?」


 佐恵子は呆然としているが、片山が「でも先生はひとりで行くと頑として助言を拒んだんだろう?」とフォローした。嫌みっぽい片山だが、さすがにこの状況を目の当たりにして、これ以上佐恵子を責める気にはなれなかった。琴はただただ涙を流し嗚咽している。カネ子は最後尾で全員を見守り、渡会は「なんてこった……」と呟いている。


「とにかく早く大嶺を確保しなければ」


 更紗は決意したかのように全員を促す。


「明日になるのを待てません。今日はこれから夜通しで捜索しませんか?」

「それは危険だろう。暗闇から大嶺が襲ってきたらどうするんだ!?」


 山室が更紗を制する。


「じゃぁ、このまま手をこまねいて明日の船を待てって言うんですか!? 高遠先生に続いて白石先生までこんな事になって、はいそうですかと明日の夕方まで何もしないんですか!?」

「何もしないとは言っていない! ただ、夜間は危険だと言っているんだ!」

「じゃあどうしろって言うんですか!?」

「今夜は全員眠るな。夜通し起きて自分の身を守るんだ。そして、朝になったら残りの廃屋を捜索しよう」

「大嶺が移動していないという保証は?」

「それはないかもしれない。こんな事になった以上、一ヵ所に留まっているという希望的観測は出来なくなった」

「やっぱり、夜通し捜索すべきですよ」

「僕は反対です!」


 ここで祁答院が割って入った。


「もう、捜索なんて止めて、船が来るのを待つべきだ」

「何ですって……?」


 更紗は鬼のように目を吊り上げた。


「素人がこれ以上殺人鬼に関わる事が危険だと言いたいんです。大嶺がまた誰かを襲ったらどうするつもりですか!?」

「なら、あなたは明日船が来るまで、ビクビク震えながらも黙って大嶺を泳がしておけと言うわけ?」

「それしかないじゃないですか!」

「探すべきよ! 探して後悔させてやるのよ!」

「どうするって言うんですか?」

「それは……」


 ここで更紗は言葉に詰まる。間髪入れずに山室が口を出す。


「そうだ。もう捜索なんて止めてもいいんだ。明日の船が来るまで、全員で合宿所で身の安全を確保しよう」

「納得できないわ! ならわたしひとりでも探す!」


 更紗はそう言うと現場から走り出して合宿所の玄関の方に消えて行った。


「ちょっと待て!」


 山室が引き留めようとするが、片山が山室を制する。


「行かせておけ。死にたいんだろ」

「だからって、みすみすひとりで行かせるわけにはいかないだろう! 手を離せ!」

「全員を道連れにしたいのか!」


 山室はハッとした表情で片山を見る。


「すまん。熱くなった。ただ、無謀な行動をする人間に合わせる必要などない。俺はそう言いたかっただけだ」

「それはそうだが、本当にこのまま行かせるのか?」

「俺だって迷っているさ。どうしたら良いのか、何がベストなのか……」

「とりあえず合宿所に戻って井之上さんと話さないか?」

「それが今できる最善だろうな」

「井之上さんの事も気になりますが、僕、とりあえず白石先生のご遺体に掛けるシーツか何かを持って来ます」

「私は更紗ちゃんを引き留めに行きます」


 まず何をすべきかに結論が出た所で、残されたメンバー達は合宿所に戻る事にした。カネ子は白石の亡骸に手を合わせてお経の様なものを唱えていた。

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