38.捜索二日目④未来&祁答院

「廃屋って言うのはこうも中が荒れるものなんですね」


 未来は破けた障子や埃だらけの室内を手探りで捜索していた。


「人が住まなくなると家はてきめんに傷みますからね。崩れ落ちていないだけ奇跡ですよ。もっとも、ここも十数年前までは人が住んでいたんでしょうけど」


 矯正島が無人島になったのは十五年前の事だ。島民がいた当時は今回の合宿所になっている民間企業の保養所もあり、観光産業で盛り上げる事を望んでいたが、めぼしい観光資源が乏しく結局計画は頓挫した。


「周りは美しい海に囲まれているのに、何故こんなに廃れたんでしょう」


 疲労を感じていた未来は低い棚に腰かけて水を飲む。


「うーん。海があるだけじゃなぁ。ホテルや観光施設なんかも作って頑張らないと難しいですよね。どこの企業も手を挙げなかったのが不幸だったんでしょうね。企業の保養所は出来たけど、そこだって年中お客が入っているわけじゃなかっただろうし。ダイビングショップとか、カヤック体験とか、そういうのがあったら少しは違っていたかもしれませんよ」

「元々お年寄りが多い島だったのかしら……?」

「そうかもしれないね。だから、若い人向けのアクティビティが乏しくて発展できなかった。働く場所が少なければ少ないほど若者は本土に渡ってしまう。負のスパイラルってやつかな」


 水を飲み終えた未来も捜索を再開する。


「押し入れ……戸袋が破けているけど、中は確認すべきですよね」

「僕が見ますよ」


 未来は押入れを開ける事が怖かった。もしもそこに大嶺が隠れていたら、開けた途端に襲い掛かられるかもしれないからだ。


「いち、に、さんで開けます。波岡さんはちょっと離れていて下さい」

「だ、大丈夫なんですか?」

「大嶺が飛び出して来たらタックルしてやりますよ。じゃぁ、いち、にぃ、さん!」


 バッと勢いよく戸袋を開けると、中にはホコリまみれの布団が何組か入っているだけだった。


「よ、良かった……いない……」

「こういう所を開ける時は僕もちょっとドキドキしますよ」

「祁答院さんでも。すいません、私チキンで」

「いえいえ、女性からしたら大嶺のあの巨体は恐怖ですからね。僕には必殺タックルがあるので恐れる事はありません」

「頼もしい……!」


 未来は目をキラキラとさせて祁答院を見つめた。


「でも、ここにもいないとなると大嶺は一体どこに隠れているんだ?」

「島の南側でしょうか」

「まだこの付近にも廃屋はあるから見てみないと分からないけど、もしかしたら港の近くに潜伏している可能性もある……」

「あちら側にも廃屋がけっこうありましたものね」

「うん。明日の午前中でどれだけ見て回れるかなって感じで。でも、僕は本当は大嶺なんて見付からなければいいと思っているんです」

「え?」

「だってそうでしょう。素人である僕らがあいつを捕まえるのは危険が伴う。本当なら警察に任せたい。僕は腕っぷしには自信があるけど、もしも波岡さんに危険が及んだらと思うと……」

「祁答院さん……」

「あなたの事は僕が全力で守ります。でもね、追い詰められた人間は何をするか分かったものじゃない」


 祁答院は考えをめぐらすように顎に手を当てて「うーん」と唸っている。


「帰ったら、明日の捜索は止めにしないかと提案してみようかな。船が来るまで、おとなしくみんなで合宿所に籠らないかと」

「皆さんそれで納得するでしょうか?」

「分からない。分からないけど聞いてみる。提案してみる。僕はこれ以上波岡さんを、いや、皆を危険に晒したくない」

「でも、今日の分は見て回らないとですね」

「そうだね。決めた事だからね」

「じゃぁ、次に行きましょうか」


 このまま何も無ければ、大嶺が次の犯行を考えなければと未来は願った。明日の夕方には船が来るのだ。それまで全員で無事に過ごしたい。


 しかし、その未来と祁答院の想いは無残に打ち砕かれる事になった。

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