37.捜索二日目③合宿所で待っているメンバーは

「じっと待っているのも疲れるわね」


 佐恵子はそんな愚痴を口にしていた。大嶺の捜索が始まって二日目だが、白石とカネ子、そして渡会と合宿所を守っている時間はとても退屈で長いものに感じていた。


「何か凝った料理でも出来ればいいけどねぇ。ここにはそもそも食材がそんなにないからねぇ」


 カネ子はお茶をすすりながらのんびりと座っている。


「今日の夕ご飯を用意するって言っても、サラダチキンとブロッコリー、カレーのルーの余り、それから少しのお米にお豆腐、ちょっとした野菜しかないものねぇ。今日はサラダチキン入りの野菜スープとおにぎり一個でいいかしら。昨日は鶏むね肉入りのスープだったからほとんど変わらないけど。結局元から決まっていた献立通りに作るくらいしか出来ないのよ。ねぇ? 白石先生」


 佐恵子は少し離れて窓際に座っていた白石に声を掛ける。


「あ、あぁ……良いと思いますよ。元から決まっていたメニューは栄養バランスも取れていますし」

「じゃぁそのメニューで。皆が頑張って捜索に行ってる疲れをねぎらうために、少しはオリジナルメニューであっと言わせたいわぁ」


 佐恵子がふと渡会を見ると、渡会はいびきをかいて昼寝をしている。


「よくこの非常事態に昼寝なんて出来るわねぇ。メンタル強すぎるんじゃなぁい?」

「年寄りは座っているだけで疲れるからねぇ」

「テレビは運動マシンに付いているものだけだし、スマホの電波は入らないし。あぁ、孤独感を感じるわぁ。せめてテレビがここ食堂にもあれば暇を潰せるのにね」

「ダイエットに集中して頂くために、あえてテレビは外させて頂いていました……。こんな事になるだなんて本当に思っていなくて。皆さんには申し訳ない気持ちでいっぱいです」


 俯き涙ぐんでいる白石を見て、佐恵子は慌てて弁解をする。


「いやぁねぇ! 白石先生を責めているわけじゃないのよー! 私達、実際にここに来て痩せて来ていたし、ダイエット的には成功だと思うのよ。ただちょっと、愚痴が出ちゃっただけ。ごめんなさいねぇ」


 ──カタッ。


「今、表で物音がしませんでしたか?」


 白石が顔を上げて表を見る。


「にゃーお」


 表から何かの鳴き声の様なものが聞こえた。


「今、猫の声がしませんでしたか?」

「したかしら? そんなもの聞こえなかったけど……」


 佐恵子が訝しむ。


「私、ちょっと外を見てきますね」


 白石が立ち上がると、佐恵子がそれを制止する。


「なら私も行くわ!」

「大丈夫です。猫の確認をしに行くだけですから。それに、表の空気も吸いたいですし」

「でも、山室さんと祁答院君からひとりでは行動するなって言われているじゃない」

「大丈夫ですよ。ほんの少しですから」

「でも……」

「大丈夫です。責任は私が取りますから」

「そこまで言われちゃぁ……ねぇ……」

「私も危ないと思うけどねぇ」


 カネ子も佐恵子に賛同するが、白石はよほどひとりになりたいのが頑としてひとりで外を見て来ると言って聞かなかった。渡会はずっといびきをかいて寝ている。


「猫がいたら、連れて来てもいいですか?」

「猫……まぁ、いいんじゃないの……?」

「良かった。私、猫が大好きなんです。ここ数日は癒しも全くなかったから。だからちょっと行って猫ちゃんを連れて来るだけですから心配なさらないで下さい」


 そう言い残して、白石は部屋を出て行った。


***


 玄関を出て建物の脇道に入ると、そこは雑草で鬱蒼とした茂みになっていた。


「草刈りしておいてもらうんだったわ……」


 脇道はアスファルトで舗装してあったが、その横の土の部分には雑草が生い茂っていて、数十メートル先には森があった。


「ここは昨日皆さんが捜索して大嶺がいないって分かっているから大丈夫。外の空気も吸いたかったし、ずっとあの空間にいると気が滅入ってしまう……」


 白石はそう呟いた。


(皆さん私を責めないけれど、片山さん。彼だけは違う。あの人は私達運営陣の失策を真っ直ぐに指摘して来る。あの人が怖いわ。あぁ、高遠先生さえいてくれたらどんなに心強かった事か。そもそも、高遠先生があんな目に遭わなければ今回のこのピンチも無かったのだけれど……)


「猫ちゃん、猫ちゃん。いらっしゃいな。怖くないわよー」


 しかし、猫からの反応は無い。


「もうどこかに行っちゃったのかしら? 猫ちゃーん?」


 ──ガサガサッ。


 横の茂みから何かが近付いて来る音がした。


「そっちにいるのね──えっ!?」

「にゃぁ!」


 茂みから男の物と思われる手が伸びて来て、白石の口は封じられた。悲鳴を上げる隙も与えられないくらいの勢いで、白石は建物の裏手の方に引きずられて行った。

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