35.捜索二日目①琴&山室

「うっわ。廃屋ってこんなに荒れてるんだ。写真バカおじさん、写真ばっかり撮ってないでちょっとこっちの柱をどかしてよ」


 荒れ果てた廃屋。障子は無残にも破かれ、屋根は崩落寸前で、所々柱も折れて歪んでいる。全体的にすえた臭いがする。こんな所に隠れていたら、メンタルが病んでしまいそうだ、と琴は思っていた。


「そうそう、その柱をちょっとどかして……。ありがとう。これで通りやすくなったよ」


 廃屋の捜索には懐中電灯が欠かせなかった。屋内は日中でも薄暗く見渡しづらかった。


「この島の廃屋は平屋が多いのか? だとしたら助かるんだがな。この状態で二階に上がるのは危険だと思うんだ。平屋なら何とか見て回れそうだ」


 山室は目の前に掛かる蜘蛛の巣を払いながら周囲を注意深く見渡す。


 島の廃屋が何軒あるのか見当もつかなかったが、そんなに家屋が密集しているわけではなかった。一軒一軒の間には広い庭が挟まれており、元いた島民がそんなに多いわけではない事を物語っていた。


「おじさーん。お風呂とかトイレもやっぱ見るんだよね?」

「もちろんだ。狭い場所の方が隠れやすい場合があるからな」

「廃屋の水回りって何だか不気味だよねぇ」

「あはは。まるで心霊スポットってか」


 軽口を叩きながら捜索をしているふたりだが、緊張感はそれなりにあった。いつ大嶺が現れて襲ってくるかもしれない恐怖。何せ相手は凶器を持っているのだ。


「あの超デブが隠れるにはトイレじゃ狭くない?」

「それは言えてるが、もしかしたら凄く広いトイレがあるかもしれないぞ」

「たまにあるねぇ。無駄にトイレが広い家……」


 話し声をさせながら捜索するのは山室の作戦でもあった。話し声が聞こえれば大嶺はそこから動けなくなるはずだ。もしも襲って来たならば、手持ちの催涙スプレーで応戦するつもりだった。


「よし、ここはOK。琴ちゃん、次に行くよ。それにしてもでかいリュック持ってるなぁ。俺が持ってやるよ、ほら!」


 山室が琴のリュックに手を掛けると、琴は勢いよく山室の手を振り払い怒鳴った。


「触らないで!」

「な、なんだよ急に……」


 琴の剣幕に山室はひるんだ。


「大事な……大事な物が入ってるから……ごめん……」


 琴は激昂した事を山室に詫びるかのようにシュンとしている。


「いや、俺も悪かったよ。急に私物に触られたらそりゃ怒るよな」

「うん……もういいよ……」

「分かった。ごめん」

「だからもういいって。所でさ、おじさん……」

「ん? 何だ?」


 琴は上目遣いで山室を見る。


「何で皆の前でボクを呼ぶ時は『畠山さん』なの? いつも『琴ちゃん』でいいのに」

「えええええ」

「何その絶叫」

「だって、俺が馴れ馴れしく『琴ちゃん』なんて呼んでたら怪しむ奴が出て来るだろう?」

「怪しむって?」

「天然なのかこの子は……」

「ボクは天然じゃないよ? あざといよ?」

「じゃぁわざとなの!? 俺を誘惑してるのか!?」


 山室はタジタジだ。


「この非常事態に、ましてやおじさんなんかに色目は使いませんー。このグループのカップルは未来お姉ちゃんと祁答院さんだけで良くない?」

「ま。それもそうだが」

「あのふたりを見ているとそれだけでお腹一杯になる。ときめきのお裾分けを貰った気がして胸がキュンとしてくる。それだけで十分だよ」

「そうか……」

「でもボク、全てが終わったらおじさんとデートしてあげてもいいよ」

「ほえっ!?」

「なーんてね。あははは」

「揶揄ったなこの小娘が!」

「バカなおじさん! きゃはは!」

「ほら、次行くぞ次!」


 次の廃屋も、その次の廃屋も、中の様子はほぼ同じで荒れ果てていた。


「家って、人が住まなくなるとこんなに傷んじゃうものなの?」

「あぁ。家屋は生き物だ。人がいなくなったら死に絶える。この島の廃屋だって、十五年前まではそれなりに人が住んでいたんだ。たった十五年、されど十五年だ」

「……ボク、ここに来てから始めて寂しいって思うよ」

「寂しい? 何故だ?」

「だってさ、ここだって昔は人が住んでいて、人々の笑い声がしていたはずなんだよ。なのに、今じゃ家は荒れ果てて、思い出も何もかもが色褪せちゃっている。ここにいた人達は、故郷を捨てて寂しくないのかな……」

「思い出は心の中にあるさ。人の記憶って言うのは、案外鮮明に残っているものだ」

「ボクは、ここで起きた事全てを忘れられないと思う」

「それは俺もさ。ここでの経験は強烈だ。琴ちゃんにとってトラウマにならなきゃいいんだが」

「トラウマ……にはならないと思うけど、僕が痩せようとすると碌な事にならないのかな」

「そんな事はないさ。今回、俺達は運が悪かったんだ」

「ボクは、家に帰ったらまたあのフィーダーの彼氏に太らされるのかな」

「……そんな事はさせないさ」

「え?」

「いや、何でもない。疲れてるか? 少し休むか?」

「大丈夫、次に行こう」


 ふたりは休みを取る事も無く、懸命に捜索をした。だが、大嶺発見には至らなかった。

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