34.大嶺剛史

 腹が減った……あれから二日経ったのか? ここは薄暗くて狭くて居心地が悪い。隠れているのも疲れるってもんだ。


 何で俺がこんなにコソコソと隠れていなきゃならねぇんだ。元々悪いのはあの口やかましい高遠の奴だろう? しかも、メンバーの奴らだって誰も俺をかばおうとしねぇ。どいつもこいつもクソばかりだ。


 昔からずっとそうだった。俺は嫌われ者で、誰も俺の事なんて見向きもしねぇ。


 幼稚園の頃、可愛くて気になる女の子がいた。あいつの名前は、ミカとかいったかな。


 ミカは、目が大きくて明るい、笑顔に特徴がある可愛い子だった。だから、俺はほのかな恋心を抱いた。


 運動会の練習の時に、男女ペアを作るように言われて俺はミカを誘った。ミカは俺の誘いに乗ってペアになってくれた。


 なのに、先生から「手を繋いで」と言われたら急に泣き出して、「つよしくんとはてをつなぎたくない」って言い出しやがった。


 先生は困惑した顔で俺とミカのペアを解消させて、別の女子をあてがって来た。後から知った話だが、それがきっかけで翌年からは男女がペアになる競技は廃止されたらしい。何故その時に廃止しねぇんだ。俺に恥をかかせやがって。


 小学生の時には俺はいじめの標的になった。


 その頃から俺は太り気味だったが、同級生からは「デブ」「ばいきん」「不潔」とかよく言われた。俺は確かに太ってはいたが、毎日風呂には入っていたし洋服だって毎日母親が洗濯していた。なのに何でばいきんだの不潔だの言われなきゃなんねぇんだ。先生にいじめを訴えても無駄だった。「皆ちょっとからかっているだけなのよ」で終わりだ。教師なんてクソ食らえだ。


 中学生の頃もいじめは続いた。俺は不登校になった。中二から中三まで学校に行かなかった。誰も見舞いに来なかった。担任からはたまに電話が来たが、義務感でやらされてるっていうのが見え透いていて滑稽だった。


 それでも両親は、俺に高校に行けと言った。俺は高校になんて行きたくなかったが、母親が泣いて頼むから、祖父母の家がある地方の、誰でも受かるようなレベルの高校を受けてそこに入学した。


 高校でも結局友達なんて出来なかった。だがいじめもなかった。だから卒業はした。何も楽しくなかった。思い出なんて何も出来なかった。


 高校卒業後は両親が住む地元に戻って来て食品工場に就職をした。そこで、俺の人生はさらに狂って行った。


 上司はパワハラばかりする奴で、俺の事を「バカ」「のろま」と罵った。さらに上の上長にはごますりをする奴だったが、部下には厳しかった。


『作業が遅い割に雑だぞ貴様!』


 その言葉を何百回と吐かれた事か。俺だって必死にやってるんだ。他の奴らの仕事とそんなに変わりないはずだ。なのにあいつは俺の事を特別敵視してきた。


 同僚に相談もしたが、「でも実際大嶺さん仕事遅いですし」と言われた。あいつら、俺の事をだって思っていやがった。

 

 それからは同僚からも白い目で見られているような気がしていた。誰もが俺を非難していると感じていた。段々いたたまれなくなっていく……ここにいてはいけない気がしてくる……。


 結局俺は就職して半年で自主退職をした。失業保険も支払われなかった。完全な無職だ。


 俺は社会に嫌気が差して部屋に引きこもった。そんな俺を、両親は『社会で傷付いた可哀想な子』として接してくれた。特に母親は俺に甘いから、甘やかすだけ甘やかしてくれた。父親はそんな母親を非難していたみたいだが、そんな父親は数年前にあっけなく脳溢血で死んだ。それからは俺の天下だ。母親は俺が欲しいって言う物、食いたい物は何でも与えてくれた。やっと俺は心の平穏を手に入れたんだ。


 なのに、ある日突然あいつらが俺を迎えに来た。


 肥満禁止法だか何だか知らねぇが、一年前に気が向いて市の健康診断に行った事が仇になったみたいだ。それで俺の体重データが国にバレた。そして目を付けられた。いっその事病気にでもなっていればこんなクソみてぇな合宿には呼ばれなかったかもしれないのに、俺の身体は健康そのものだった。


 ……こんな暗くて狭い場所に隠れていると昔の事ばかり思い出す。全部嫌な記憶ばかりだ。全部、全部、全部!


 あいつらまとめて死なねぇかな。ミカも、いじめっ子も、クソ上司も同僚も、全員死んでくれたらいいのにな。


 いっそ俺がるか? ひとり殺すのも複数殺すのも大して変わらねぇよ。


 ははは。そうしよう。ここから脱出して本土に帰れたらあいつらは皆殺しだ! 見てろよ、今に仕返ししてやる!


 それにしても、腹が減る。喉が渇く。この島には果実のなる木も生えてねぇし、水の出る井戸もねぇと来たもんだ。


 あいつらは今頃のうのうと飯を食ってるのか? 高遠を喰ってもなお食うのを止めねぇのは皮肉だよなぁ。くくく。あいつを喰わせた時のあいつらの表情。あれは最高傑作だったぜ。


 あぁ、肉が食いてぇ。何でも良いから肉が食いてぇ。野生の鳥でも捕まえて食いたいが、あまり目立つ行動をするとあいつらに捕まっちまう。今頃あいつらは俺を血眼になって探しているはずだ。


 俺を捕まえてどうしようってんだ? 弾劾裁判にかけるのか? それとも俺を殺すのか?


 面白れぇ。殺せるもんなら殺してみろよ! あんな奴ら返り討ちにしてやるよ!


 ……ちょっと待て。食い物ならあるじゃねぇか。あぁ、あるともさ!


 万に一つチャンスがあれば……俺は肉をたらふく食う事が出来る。ついでに俺の渇きも潤うはずだぜ。


 あいつらは無能の集まりだからそうそう俺を見付ける事はないだろう。くくく、馬鹿共め。俺の反撃の時がやって来たってんだよ。


 ──よし、出掛けるか。

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