32.寝ずの番
「……するってぇと、君と波岡さんは良い感じっていうわけか?」
玄関ホールにパイプ椅子を二脚置き、山室と祁答院は寝ずの番をしていた。
寝ずの番と言っても、異変が起こらない限りは平和そのものであり、山室と祁答院は呑気に恋バナに興じていた。
「この非常事態に不謹慎だと思われますか? でも、このピンチだからこそその人の人間性が見えて来るって言うか……」
祁答院は顔を赤らめている。
「それは分かるよ。片山さんなんて輪を乱してばかりいるしな。アルコールで増量事件と言い、あの人はなかなかのトラブルメーカーだ」
「それを言ったら、井之上さんの様子もおかしくないですか?」
「え? 井之上さんが? どこが?」
「なんか、高遠先生の一件について凄く熱くなっているというか……。僕だって大嶺は憎いです。でも、井之上さんは人一倍大嶺を憎んでいるって感じがするんですよね?」
「それって、井之上さんと高遠先生の間に何かあったって言いたいのか?」
「いえいえ、そうじゃなくて……。でも、まさか……?」
──ガタンッ、カタッ。
その時、ふたりの背後にある調理室のあたりから物音がした。
「「誰だっ!?」」
ふたりは一斉にそちらを見る。調理室の電気は消えたままだ。時刻は午前三時だった。
「ちょっと見に行きましょうか」
祁答院の提案に山室も賛同し、ふたりは調理場に行き灯りをパッと付ける。
「誰もいないな……」
「あ! 包丁を仕舞っている戸棚が空いています!」
「何だと!?」
包丁は当初は全部で五本あった。その内の一本は大嶺が持ち去り、残りは四本になっていた。
「包丁が三本になっている! やはり誰かが侵入したんですよ!」
「ちくしょう! 大嶺か!?」
「でもどこから入るんです!? 窓の鍵は全て締まっていると確認したはずです。玄関だって僕たちが見張っていた」
「じゃぁ……ここにいる人間の仕業だって言う事か?」
「疑いたくはないです……。でも誰かがここの包丁を盗んだんですよ」
「ちくしょう!」
「せめて監視カメラがあればそれに映っていたかもしれないのに」
「プライバシーの遵守だか何だか知らんが監視カメラは付けなかったらしい。ちくしょう……また悲劇が繰り返されるのか?」
「全員の持ち物検査をしますか?」
「そうしたい所だが……俺たちにその権限があると思うか?」
「二時間ドラマならあるかもしれませんが、実際にこうなってみると、人間関係にヒビも入りそうだし躊躇しますね」
「どうしたらいいんだ……どうしたら……」
ふたりは眉間に皺を寄せて考える。
「とりあえず、包丁が無くなったという事実は皆にも伝えましょう。その上で、戸締りを一層気を付ける様に、ひとりにはならないように複数人で行動する事を徹底するしかありませんね」
「それしかない……か」
「それにしても誰が、何のために包丁を持って行ったのだろう」
「ここにいる殺人鬼は大嶺だけのはずだ。まさか他の人間にまで闇が伝播したなんて事はないよな?」
「そう願いたいですね」
「とりあえず、今からふたりで各々の部屋を回って注意喚起をしよう。寝ている所を起こすのもあれだが、非常事態だ」
「そうしましょう」
案の定、片山は寝ぼけ眼で「何時だと思ってる」と不機嫌だったが、他のメンバーと白石は事の重大さをすぐに認識してふたりの言葉を素直に受け取った。
祁答院と山室は、そこからは集中して物音に耳を澄まし、外の様子を伺っていた。
「今は夏だから、あと少ししたら夜が明けますけど、街灯がほぼ無いだけに外が見づらいですね」
「あぁ。夜に合宿所を襲うのは簡単だな」
「大嶺は刃物を持っている……。何かが起きては欲しくないけれど、ここに現れてくれたら確保する千載一遇のチャンスですね」
「俺と祁答院君が力を合わせれば……可能か?」
「僕らは最初に大嶺に逃げられていますからね。でも今はあの時よりは気分が落ち着いています。もしかしたら確保できるかもしれない」
「俺は腕っぷしには自信が無いんだが、君はあるか?」
「タックルの強さだけなら自信がありますよ」
「それは頼もしいね。いざとなったら奴の足を狙ってくれ」
「了解です。山室さんはとにかくあいつにしがみついて下さい。後は僕が何とかします」
「分かった」
ふたりはもしもここに大嶺が現れたら、というシミュレーションを念入りにした。この夜、大嶺が合宿所に現れる事は無かったが、このシミュレーションはいざという時には使えるかもしれなかった。
「夜が明けますね」
「あぁ」
「また、捜索ですね」
「今日こそ見付かるといいんだが……」
太陽が姿を現し、空が明るくなって来た。
そうして、捜索二日目の朝が始まる。
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