31.白石礼央奈の場合
「私は……モデルとして順調なキャリアを築いていました」
白石は俯いたまま語り出した。
「ファッションショーや雑誌の仕事は常にあって、その地位をキープするためにもボディメイクはとても重要な事でした。だから、トレーニングも食事制限も厳しく自分に課していました。正直、太っている人は自分に甘い、怠惰な人間だと思っていました。ヨガトレーナーの資格も取って、副業でヨガ講師もしていました。そんなある日、政府からこの合宿のコーチをしてみないかという打診を頂きました。私はより名前を売るチャンスだと捉えて、二つ返事でそのお話をお受けしました。高遠先生とは事前の打ち合わせで何度もお会いしていて。まさか高遠先生が道祖土総理大臣の甥にあたる方だとは思っていませんでした。高遠先生は、道祖土総理のためにもこの合宿を成功させたいという想いが強かったはずです。お母様と血の繋がった兄が道祖土総理なんですから……。この合宿のメンバーは、BMIが三十以上の三千人の中から、健康状態、職業などを見て客観的に決めました。それが第一回の合宿のベストメンバーのはず……でした。だけど、私たちはとんでもないモンスターをメンバーに選んでしまっていました。大嶺剛史、その人です。私と高遠先生は、大嶺の処遇について何度も意見を交わしました。高遠先生は、第一回目の合宿を成功させるためにも、大嶺の意識を改革してダイエットを成功させたい。そう仰っていました。でも、大嶺と高遠先生の軋轢は日々酷くなるばかりでした。大嶺を本土に帰すという案も出なかったわけではありませんが、私たちは脱落者を出したくはなかった。全員のダイエットを成功させて、華々しく帰還したかった。それがまさかあんな悲劇に繋がるだなんて……」
白石は涙を流す。黙っていたメンバーたちも涙を堪えているようだ。更紗は大粒の涙を流し、「高遠先生……」と呟いている。
「私たちの人選は失敗だったと認めるしかありません。大嶺をメンバーに入れた事は大失敗でした。あなたたちにいくら謝罪しても許されるものではないと思っています。それに、無線機も壊されてしまった今、明後日まで本土との繋がりもありません。プログラムに集中したいから、日報としての報告はしないと決めた事が仇となりました。たらればを言っても仕方ありませんが、私たちの案はことごとく甘かったのです。本当に申し訳ありません。申し訳ありません……」
白石の声は消え入りそうなくらいか細くなっている。
「白石先生、そんなにご自分を責めないで下さい。何て言っていいか分からないけど、悪いのは大嶺であって、先生や高遠先生が悪かったっていうんじゃないと思うんです」
未来は白石を落ち着けようと慎重に言葉を選ぶ。
「だが、大嶺を選んだ事でこの悲劇が起きたのは事実だろう?」
冷たく突き放したのは片山だ。
「あんた! まだそんな事言ってるの!? いい加減にしなさいよ! ここで個人を攻撃してなんになるのよ!」
佐恵子が声を荒げる。
「だってよ、長年引きこもってぶくぶく太った人間のメンタルが健康なわけないだろう? 大嶺はダイエットをする前に専門家のカウンセリングを受けるべきだった。違うか?」
「だからって、ここで白石先生を責めれば事件が解決するってわけじゃないでしょう!? あんた、自分が皆の輪を乱しているのに気付かないの?」
「俺が? はっ。何だよ、今度は俺が悪者か!?」
「やめてっっっ!」
片山と佐恵子の言い争いに、更紗が立ち塞がった。
「やめて! やめて下さい! 今ここで仲間が分裂してどうするんですか!? 私たちは大嶺を探し出して確保して、明後日の船で本土に連れ帰り罰を受けさせる事が今の目標のはずです。それに、高遠先生はこんな争い望んでいない!」
「僕も同感です。ここで皆が分裂してしまったら大嶺捜索どころじゃない。それとも、明後日まで大嶺の存在に怯えて隠れて暮らしますか?」
祁答院が更紗に助け舟を出す。
「分かった。分かったよ。今回は俺が悪かった。だがな、この犯罪は未然に防げたかもしれないと思っているのは事実だ」
「すみません……本当にすみません……」
未来は白石の両の手を取って、そっと微笑むと「大丈夫」とほほ笑む。
「大丈夫です、白石先生。きっと私たちが大嶺を探し出します。そして、明後日の午後四時に来る船で帰りましょう。それまでには、全てが清算されているはずです」
「ありがとう……波岡さん……」
白石はなお涙を流している。
「さ、じゃぁそろそろ就寝しましょうか。昨日は気が動転していてそこまで気が回らなかったんだが、やはり夜は寝ずの番を置いた方が良い。体力がある俺と祁答院君でどうかな?」
山室が提案する。
「OKですよ。僕も寝ずの番をします。夜更かしには慣れているし、徹夜だってどんと来いです」
祁答院は胸を叩いてみせる。
「じゃぁ、他の方は寝て下さい。明日も大嶺の捜索だ。良く休んで下さいね」
メンバーたちは、「ありがとう」と個々が口にして食堂を後にした。
「さ、じゃぁ祁答院君、俺たちは戸締りをチェックして玄関ホールに陣取ろうか」
そうして、長い夜を迎える。
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