24.波岡未来の場合

「私は……大学卒業後新卒で勤めた会社で一般事務員をしているんですけど……」


 未来がポツポツと自分の境遇を語り始める。


「元々私はスウィーツが好きで。ちょっとぽっちゃりしている体型だったんですけど、一般事務員をしている間にどんどん太って行ったんです。それって言うのも、一般事務員ってそんなに専門的なスキルとかいらない職種で、同じ事務でも経理の人からはバカにされるし、営業の人からは八つ当たりされるし、派遣の人達との軋轢とかそういうのもあって、凄くストレスが貯まるんです……」


 未来の言葉のひとつひとつに、祁答院は「うんうん」と大げさに相槌を打っている。


「それで、ストレスが貯まると大好きなスウィーツをバカ食いするようになって。それこそ、山室さんが記事でオススメしているスウィーツ店に行ったり、雑誌の特集記事に載っていたお店に行ったり、歩いていて目に入ったお店に入ってみたりってしていたんです。就職してから、結局二十キロも太ってしまって。制服もどんどんきつくなって入らなくなって。その度に総務の人や人事の人に笑われて。でも、食べる事を止められなくて……。肥満禁止法の準備期間に、スポーツジムにも入ったんです。だけど、元々運動が苦手ですぐに挫折してしまって。ウォーキングやヨガなんかも試したんですけど、どうしても苦手意識が勝ってしまって長続きしなかったんです。両親からも『うちには他に太った人間なんていないのに』って言われましたし。そうなるとストレスにストレスが重なってますます食べてしまって。結局二年間で痩せられなくって。それでこの合宿に呼ばれたんですけど、これが痩せる最後のチャンスだなって思っていたんですけどね……」

「波岡さん、笑顔の裏にそんなに辛い事があったんだね。社会って理不尽だよね」


 祁答院が未来の手をそっと握りながら語りかける。


「社会ってやつは本当に理不尽なんだ。自分に出来ない事でも、隙を見付けてはずけずけと踏み込んでくる。一般事務をバカにする人なんて、その大切さに気付かない愚か者さ。そんなの、跳ねのけてしまえたら楽だったのにね……」

「祁答院さん……」


 と、そこに佐恵子が割って入る。


「はーい、はいはい! ふたりの時間は他所でやってちょうだいねー!」

「「え……?」」

「みんな引いてるわよ。何よ手に手を取り合っちゃってさ」

「や、やだ。私達ったらいつの間に!?」


 未来は真っ赤になって手を引っ込めながらふと更紗の方向に目を向けた。すると、更紗は涙を堪えた様子で俯いている。


「あ……れ……? 更紗ちゃん、私何か更紗ちゃんの気に障る事言っちゃった?」


 更紗はぶんぶんとかぶりを振ると、急いで指で涙を拭った。


「う、ううん。何でもないの。ただちょっと色々思い出しちゃって。未来ちゃんのせいじゃないよ!」

「そう……? ならいいんだけど……」


 未来はまだ合点がいかなかったが、それ以上追及する事を止めた。そうした方が良いと判断したからだ。


「じゃぁ次は手に手を取って熱くまなざしを交らわせていた祁答院君にお願いしようかしら?」


 佐恵子が全員の笑いを誘う。


「す、すいませんでしたってー! でも、はい。次は僕で」


 そうして、次は祁答院の番という事になった。

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