22.初日の成果
日が暮れ始めた頃に未来と祁答院が合宿所に帰ると、他のメンバーも既に帰路に就いており、全員が食堂に集合した。食堂には佐恵子とカネ子が用意した鶏のムネ肉のスープと少しばかりの白米が並んでいる。
「一日捜索した後のこのスープ、五臓六腑に染みるな」
山室がしみじみと感想を述べながらそれを味わう。
「今日はどのグループも大嶺を発見する事は出来ませんでしたね。明日は島の北半分の廃屋群を全員で捜索しましょうか」
祁答院がリーダーシップを持って場を纏めていく。
「北西の方向からは山室さんと畠山さん。中央付近を片山さんと井之上さん。そして北東の方向から僕と波岡さんでどうでしょうか?
「「「異議なし」」」
「ちょっと待って下さい」
更紗が手を挙げた。
「私は一刻も早く大嶺を見付けるために、今夜にでも廃屋を捜索すべきだと思っています」
「やっぱりそう提案するんだ……」
片山は若干引いて更紗の様子を見守っている。
「今夜と言うと、夜の間に? これからですか?」
「えぇ、これからです」
「皆さんの疲労具合や夜間という事情を鑑みると、僕はあまり賛成は出来ませんが、皆さんいかがですか?」
祁答院の問いに、山室が答える。
「夜間は危険だろう。暗闇から大嶺が襲ってきたらどうするんだ?」
「だから皆で回るんですよ」
「皆で……。明るくなってからじゃダメなんですか?」
「それじゃ遅いと思うんです」
「そんなに焦らなくても、夜が明けてからでも十分だと思うんだが……。皆疲れてるんですし」
「わたしは疲れていません。まだ動けます」
「井之上さんは若いから……」
更紗の剣幕に、山室もたじたじになっている。
「ここはひとつ、多数決にしないか? 民主主義の基本的解決方法だろう」
「……分かりました」
「じゃぁ、今夜廃屋の捜索をしたい人は手を挙げて」
山室の問いに、挙手したのは更紗ひとりだった。
「今夜は休みたい人、手を挙げて」
山室、祁答院、片山、未来、琴が挙手をする。
「決まりだな。今夜は休もう」
「……」
更紗は俯いて押し黙っている。
「多数決で今夜の行動は決まりましたし、井之上さんもそれでいいですよね?」
祁答院が更紗に念押しをするが、更紗は黙ったままだ。一同の間に微妙な空気が流れる。
「参ったな。どうすりゃ良いって言うんだ」
山室は頭を掻きながらため息をつく。
「白石先生、白石先生はこの状況をどうお考えですか?」
「え……?」
片山が白石にそう切り込んだ。
白石は高遠の事件があってからすっかり意気消沈し、本来ならば全体をまとめる指導官であらねばならないという立場を放棄し、すっかり憔悴しきっていた。
「本来ならば、あなたがこの状況を仕切るべきだ。しかし、昨日あの事件があってから、場を仕切っているのは祁答院君や山室さんだ。あなたはこの合宿のコーチとして機能出来ていない」
そう、忌憚なく白石に食って掛かる片山に、佐恵子が物申した。
「ちょっ。それは酷いんじゃないの? 白石先生だってうら若い女性よ。同僚があんな殺され方をしたらショックを受けるに決まっているじゃないの」
「だからって、自分の仕事を放棄していい理由にはならないだろう」
「何よあんた。大した活躍もしていないくせに、どれだけ文句言うつもりよ!?」
「何だとこのババア……!」
「誰がババアよ! ああ、私はババアよ! それが何よ。あんただってジジイじゃないのよ! って、なんかこのやりとり前もした気がするわ! あぁ、大嶺としたわ! あんたもその程度の人間ってわけね!?」
「あんな奴と一緒にするな! 侮辱罪で訴えるぞ!」
今にも取っ組み合いの喧嘩をしそうなふたりに、未来が割って入る。
「ちょっと待って待って。待って下さいふたりとも! 今はそんな内輪揉めしている場合じゃないですって!」
「そうだ。今はそんなくだらない事で揉めている場合じゃない」
「山室さん!?」
山室はスッとタバコを取り出すと、火を付けながら言葉を編んだ。
「俺たちは、お互いを知らな過ぎる。だからこんな醜い争いも起こる。寝る前に少し時間をもらって、どうしてここに来る事になったか。どうして太ったのか痩せられなかったのか。腹を割って話してみないか?」
「僕もそれに賛成です。僕たちはもっと分かりあうべきだ。波岡さんもそう思わない?」
「えぇ。私も賛成するわ。いいわよね、佐恵子姐、片山さん?」
「分かったわ。私も賛成する」
「……ちっ。多勢に無勢か。仕方ないな」
「更紗ちゃんも、それでいい……?」
ずっと押し黙っていた更紗が、顔を上げる。
「お互いを……知る……。それってそんなに重要かしら?」
「重要だと思うわ。お互いを知る事で、思いやりや助け合いも出来るって私は思ってる」
「なら、それでいいわ……」
更紗は渋々といった感じで了承した。
「じゃ、これを食べて片したらお茶でもしながら語り合いますか」
「ところで写真バカおじさん、こんな所でタバコはやめてよね?」
「ああ、悪い悪い」
「若ぇ奴らは血気盛んで頼りがいがあるってもんだー」
「そうだねぇ、渡会さん。私たちは良い若者に囲まれているねぇ」
メンバーたちのこのやりとりを見て、白石は涙を流した。
「……皆さん、ごめんなさい。頼りがいの無いコーチでごめんなさい……」
憔悴した白石の様子に、カネ子は彼女を抱きしめてそっと話しかけた。
「いいんだよ、お嬢さん。人間誰にも弱い部分はあるんだよ。泣きたければ泣きなさい。それで気持ちが少しでも楽になるのなら、そうしなさい」
カネ子の言葉に、白石はわっと声を出して泣き始めた。メンバーたちは、そのふたりの様子を見て、今は争っている場合ではないと真剣に思い始めていた。
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