20.捜索初日②更紗&片山

「ひっ。毛虫! 何で俺がこんな事をする羽目に……」


 片山がブツブツと文句を言う。


 更紗と片山は、北側の森の捜索に当たっていた。口を開けば愚痴や文句が多い片山の態度に、更紗は少なからずイラ立っていた。


「そんなに文句を言うなら、もう合宿所に帰ったらどうですか? ここはわたしがひとりで捜索しますから」


 更紗はつっけんどんに片山にそう言い放つ。


「そんな事をしたら俺がどんな非難をされるか分かったもんじゃないだろう」

「保身ですか」

「人はだれよりも自分が可愛い。違いますか?」

「この……非常時に……」


 更紗はとうに片山に何かを期待する事をやめていた。この男は、自分さえ良ければそれでいいのだ。発言の端々にそれを感じ取る事が出来る。


「それでなくても、わたし達が任されたのは恐らく一番狭いエリアであろう北の森ですよ。未来ちゃんと祁答院さんなんて、東と南両方を捜索しているんですから」

「それは分かっているさ。でもな、祁答院君はあれでいて元ラガーマンだろう? 腕っぷしも強いさ。俺は学生時代からスポーツなんてして来なかったし、勉強一筋だったからな。大嶺が現れても互角に戦える自信も無いわけさ」

「……ふん。情けない……」


 更紗はぼそっとそう言ったが、片山の耳にも当然聞こえていた。


「何と言われようと、俺は自分が一番可愛いね。君には悪いけどさ」


 更紗は片山の一言をスルーして、葉が茂っていて薄暗い森を目を凝らして大嶺を探していく。


「隠れるとしたら、どんな所なのかしら。洞窟や大穴がどこかにあるような感じでも無いし……」

「俺なら、廃屋に隠れるね」

「廃屋……」

「だってそれが一番だろう? こんな虫の多い居心地の悪い森なんかより、廃屋の方がまだマシさ」

「やはり今日も廃屋の方も見るべきだったかしら……」

「何せ人数がいないんだ。そんなに手広く捜索は出来ないさ」


 更紗はどこか焦りを感じていた。早く大嶺を探し出したいという一心だった。


「今日の夜にでも、廃屋も見回るべきじゃないですか?」

「夜!? 夜はこの島は真っ暗闇だろうし、突如大嶺が飛び出してきて対処できるとは思えないですよ」

「でも、早く大嶺を見付けないと……」

「何をそんなに焦るんですか? 少なくとも三日後には物資を乗せた船が来る。それが来たら我々は先に本土に帰って、大嶺捜索は警察に任せたら良い」

「それじゃ……駄目なんですよ……」

「え……? 今何て言いましたか?」

「何でもないです。捜索を続けましょう」


 しばらく捜索を続けていると、更紗と片山の目前に大きなクスノキが三本現れた。


「わたしなら、あそこの陰に隠れますね」


 更紗は険しい顔をして大木を見つめている。


「ならば、大嶺もあそこに隠れている可能性があると?」

「無きにしも非ずです。ここは慎重に裏手に回りましょう」


 更紗と片山は、大木にそろそろと近付いていく。


「大嶺! いるなら出て来なさい!」


 更紗が大声で叫ぶ。しかし反応は無い。


「いてもらっても困るが、いなくても困る。アンビバレントな感情が俺を支配する……」

「ブツブツと哲学してないでさっさと裏手に回って下さい」

「ちっ。大嶺! いるなら出て来い!」


 更紗と片山がスッと大木の裏手に回ると、そこには誰もいなかった。


「いない……。でも、ここだけ土が露出している気がする」


 更紗は大木の周囲の地面を凝視している。


「ここに、大嶺が一時期的にでも隠れていたという事?」

「どちらにせよ、今はここにはいないって事でしょうね。ホッとしたような、残念なような……」

「やはり……廃屋に……」


 更紗は顎に手をやって考え込んでいる。


「やはり、今夜にでも廃屋を見回りたいです」

「だから、それは危険だと言っているでしょう。それに、他のメンバーの意見も聞かなくちゃならない」

「皆で捜索すれば、大嶺が暴れても怖くないと思われますが?」

「他のメンバーが何て言うか……」

「他のメンバー、他のメンバーって、他のメンバーの意見がそんなに怖いですか?」


 この更紗の言葉に、片山はかなりムッとした様子で答えた。


「そりゃ怖いさ。和を乱す者は異分子として排除される。大嶺がそうだろう。俺はトラブルになんて巻き込まれたくないし、当事者にだってなりたくない」

「……また、保身……」

「保身の何が悪い? 人間、一番可愛いのは自分だろう?」

「……」


 更紗と片山は、それからは黙々と森の中を見て回った。しかし、大嶺を発見するには至らなかった。更紗と片山の仲には、しこりのようなものが残った。

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