19.捜索初日①琴&山室
「ねーねー写真バカおじさーん。こんなに森の奥まで来て帰れなくならないの?」
琴は山室と捜索に当たっていた。ふたりが捜索を任されたのは主に合宿所の西のエリアだった。海に繋がる道は南西の方向にあった。そう広くはない島とは言え、森には道らしい道もなく、鬱蒼と木々が生い茂っているのみだった。
「写真バカはやめてくれよ。大体真っ直ぐ南に向かって来ているし、そう広くも無い森だ。一応、通った道の木にこう、傷を付けて歩いているから迷う事は無いだろうね」
「ふーん。おじさん賢いのね」
この女子大生は、どことなく事の深刻さを分かっていないのでは、と山室は感じていたが、それはそれで置いておいて、一刻も早く大嶺を探し出し確保しなければという使命感に燃えていた。
パシャ、パシャと、山室は時折写真を撮る。
「おじさん何撮ってるのー?」
「これは記録さ。この島の、そして今回の事件の。俺はこの合宿での出来事をつまびらかに記事にするつもりだ。肥満体を駆逐しようとしたばかりに起きたこの悲劇は、国民に広く知られなくてはならないからな」
「まさかダイエット合宿で殺人が起きるだなんて、国の人間は思ってないよねぇ」
「俺達だってそんな事微塵も想像していなかったさ。まさかあんなサイコ野郎がメンバーにいたとはな。とんでもない野郎を国も選んでくれたものだぜ」
「今後の合宿では心理テストか何かしてからメンバーを選んで欲しいよね」
「ふっ。今後、か。次はもう無いだろうな。さすがにこんな事件が起きたら世間が黙っていないだろう。いくら肥満体が憎くても、こんな事件が起きたら叩かれるのは民慧党さ」
「
「あぁ、そうさ。こういう時謝るためにいる、吊るし上げられるためにいるのがトップってやつだからな」
「総理大臣ってそういうポジションなの?」
「総理大臣に限らずとも、社長やトップっていうものはな、いい給料もらっているだろう? それと引き換えに、有事の際には責任を取らなきゃならないものなんだ」
「ふーん。社会って大変だね」
「あぁ、大変さ」
そう話しながら、山室と琴は四方を凝視していく。
「超デブお兄さんいないねぇ……」
「見付けたとして、どうやって捕まえるかまで相談してなかったが……」
「そこ考えなしでやってボクたち生き残れるの?」
「……痛い所を突いて来るねぇ」
「でもさ、マジで策無しなのー?」
「策が無いわけではない。俺は常日頃暴漢から身を守るために催涙スプレーを持っている。それを今回こう、持って来たわけだ」
山室はポケットから催涙スプレーを出して見せる。
「へぇぇ。おじさんやるじゃん! これなら腕っぷしが弱くても何とかなるわけだ!」
「弱いって決めつけてくれるなよ」
「でも弱いでしょ?」
「……まぁな……」
山室は「ペースが乱されるな」とブツブツと呟きながら頭を掻く。
「で、あの超デブお兄さんは本当に森にいるわけ?」
琴は無邪気に山室に問う。
「さぁな。まだ島には廃屋エリアもあるし、そっちは今日は誰も捜索してないからな。まずはこの森からだ。森だったら隠れるのは容易だろう。廃屋だと中を見られたら一貫の終わりだからな」
「ふーん。あの超デブにそこまで考える脳みそがあるのかねぇ?」
「ディスるねぇ、畠山さんは」
「琴」
「は?」
「名字にさん付けで呼ばれるのあんまり好きじゃない。だから琴って呼んで」
「さすがに呼び捨ては……じゃぁ、琴ちゃんで」
「上出来ですおじさん」
「なら俺の事も山室さんとか和人さんとか呼んでくれない?」
「それは嫌。キモい」
「キモい……なかなか酷いな」
「うるさい。黙れ。とにかく捜索だよおじさん」
「はいはい……」
ふたりはそれから黙々と森を歩いた。大きな木の幹の裏を見る時は緊張が走った。
しかし、山室は琴のあけすけない天真爛漫ぶりに救われていた。この緊張感の中で、相手が気の合わない若い女性だったらどれだけやりにくいだろうかと考えていた。そう考えると、一見適当に決めたかに思えた祁答院のペア決めは、とても的を射ていたものなのではないかと思った。
「あとちょっとで森から抜けるな。そうしたら今日の捜索は終わりだ」
「ふぅ……今日は成果無しかな……」
「分からんな。他のメンバーが見付けているかもしれないし。こういう時、スマホで連絡を取り合えないのは不便だな」
森から海が見えた。ふたりはもうすぐこの日のミッションを終えようとしていた。
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