18.作戦会議

「これから……私たちはどう行動すべきなのかしら……」


 顔面蒼白の白石が消えそうな声でそう呟いた。


「白石先生、私たちが付いています。必ず大嶺を捕まえて、私たちは全員無事で次の船に乗って本土に帰りましょう」


 未来は、精一杯気丈に振る舞った。気を緩めれば涙がこぼれそうだった。この酷い状況を前に、誰もが叫び出したい気持ちになっていた。


「まずはこれからの作戦を立てるべきですね。大嶺確保についてと、我々の安全に関する作戦です」


 祁答院が今後自分たちがやるべき事、今考えるべき事を端的にまとめた。


「夜が明けてから、何組かに分かれて大嶺の捜索をしましょう。一人行動は慎む事。必ずふたり以上で行動しましょう。まずは誰と誰が組んで捜索をするか決めましょうか」


 この祁答院の案に、片山が手を挙げる。


「それには力のある我々男が必ず含まれていた方がいいな。祁答院さんは女性陣はどうするべきだとお考えですか?」

「女性だけを置いて捜索に出てしまうのも、それはそれで心配です。ならば、男性と女性がひとりずつペアになって捜索するのがベストだと思っているのですが。それと、高齢の渡会さんと米田さんはここに残っていて欲しいのですが、ふたりきりというのも少し心もとないですね」


 祁答院の言葉に、佐恵子が手を挙げる。いつの間にか、発言をする前に手を挙げる事がルールのようになっていた。


「それなら、ここは白石先生とあたしが守るわ。白石先生は今にも倒れそうな顔をしていて捜索は無理そうだけど、何かあった時の頼りにはなるわ。あたしは正直、連日のトレーニングで膝の古傷が厳しいのよ。森の中を歩き回るのは辛いわ。でも、元気ならあるから任せてちょうだい!」


 祁答院はふっと微笑んだ。未来や他のメンバーもこの時の佐恵子の明るさに救われた気分だった。


「なら、こうしましょう。僕と波岡さん、片山さんと井之上さん、山室さんと畠山さん、この三組が捜索に行きましょう。そしてここは白石先生、越本さん、渡会さん、米田さんが守る、と」


 すると、ずっと沈黙だった渡会が口を開いた。


「おうおう若造。さっきから随分俺の事を年寄り扱いしれくれるが、俺だってまだまだ現役だ。捜索くらい出来るぞ?」

「そうですか。じゃぁ、その勢いでここに残る女性陣たちを守ってくれますか?」


 この祁答院の言葉に渡会は害していた気分を少し良くしたように、「任せとけ!」と胸を張った。


「私はここに殺人鬼が現れたらどうしようかって怖いねぇ……」


 カネ子が弱音を吐く。すると渡会が鼻息荒く豪語する。


「ふんっ。弱気なばあさんだぜ! 俺がいるんだからあんなデブ野郎に好きなようにはさせねぇぜ!」

「太っているのはお互い様だけどねぇ……」

「あぁ!? 今なんつった!?」


 二人のやり取りに、ずっと神妙な顔をしていたメンバーたちに笑いが起きる。


「全くもう、今時の年寄りは元気よね」


 佐恵子が目の端に涙を浮かべて笑っている。


「本当にそうですね。何て頼もしいのかしら。私、祁答院さんと捜索頑張ります!」

「わたしも片山さんと……高遠先生の仇を取るためにも頑張って大嶺を探します……」

「ボクも空気読めない写真バカのおじさんと頑張って探しまーす」

「写真バカとは酷い言い様ですね。私は職務を全うしているだけですが」

「誰も頼んでないしー。休暇で合宿に来ているのに仕事熱心なおじさんだからやっぱり写真バカー」


 その場にいた全員が、「あはは」と笑い声を上げている。その様子に、「このメンバーならきっと大丈夫だ」と未来は確信した。


「ウォーキングで島を歩いて分かったのは、この合宿所は四方を森に囲まれていると言う事です。明日は森を捜索する事にしましょう」


 祁答院が紙にざっと島の地図を描いて行く。


「北の森はけっこう範囲が広そうなんですよね。西は木がかなり鬱蒼と茂っていて……。東もそうだけど、南と繋がっていてこれは合体して捜索が出来そうな感じ……」


 地図を見ながら、祁答院は「うーん」と唸って考えている。


「どう、持ち場を決めますかね?」

「そうだなぁ。年齢と体力的なものも絡めて決めたら良いんじゃないか?」


 山室が助言をする。


「なら……こうはどうでしょう。北の森を片山さんと井之上さん。ふたりはどちらかというと若手で体力があるから広範囲出来そうです。そして西の森を山室さんと畠山さん。範囲は狭そうですが、木が鬱蒼としているから注意力が必要そうです。山室さんは記者としての審美眼があるからそういう点得意そうなので。そして、東と南の森を僕と波岡さんで。僕達が実質一番若くて体力のあるペアですし、ちょっと範囲は広いですが何とかなりそうです」

「賛成だ」

「俺も賛成」


 男性陣が次々と賛成していく。


 女性陣はどこか不安げにしているが、更紗だけは違った。


「わたしは絶対に大嶺を見付け出してみせます。明日からと言わずに、今この瞬間から捜索を始めたいくらいです」


 更紗の気迫に、祁答院は気圧される。


「でも、もう暗いですから。夜の森は危険ですよ。どんな野生動物がいるかも分かりませんし。明日の夜明けから捜索をした方が良いと思うんです」

「そうかしら?」

「きっとそうですよ」


 更紗は何かブツブツと言っていたが、一応了承をした様子だった。


「じゃぁ、明日は早いです。皆さんももう寝ましょう」


 祁答院がこの場をお開きにする。すると、未来が祁答院の裾を引っ張った。


「祁答院さん……私、明日頑張りますから! どうかよろしくお願いします」

「波岡さん……。えぇ、えぇ。頑張りましょう。絶対に大嶺を見付け出しましょう」

「私には力は無いけれど、一生懸命探します」

「力なら僕に任せておいて下さい。波岡さんを危険な目に遭わせる事はしませんから」

「ありがとうございます」

「いえ、僕こそ……」


 ふたりはしばし見つめあう。


 未来は、今こんな事態でも冷静さを失わない祁答院に、ますます心惹かれていた。


(明日は私、絶対に足手まといにならないようにしなくちゃ)


 そう心に決めて談話室を後にする。


「未来ちゃん、ファイト!」


 佐恵子が未来に話しかける。


「ありがとう、佐恵子姐。佐恵子姐も、合宿所での留守番、どうか気を付けてね」

「ありがとう。あたしなら大丈夫よ」


 それぞれが、それぞれの想いを秘めて眠りに就く……。そうして、夜明けはあっという間にやって来た。

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