16.〇〇カレー

「高遠の野郎は急に体調が悪くなったみたいで、飯は要らないってよ」


 夕食のカレーを配膳しながら、大嶺がそう説明をする。


「体調不良? さっきまであんなに元気だったのに?」


 参加者の誰もがそう疑問に思った。大嶺は夕食作りでよほど奮闘したのか、大汗をかいているようだ。しかし、着替えはしていたようで、トレーニングの時とは違うTシャツを着用していた。


「さっきまで元気だろうが何だろうが知らねぇよ。俺が訪ねてったら体調不良って言われたんだよ」


 大嶺はつっけんどんに答えながらカレーを器によそっていく。


「あいつでもカレー作れたわね」


 佐恵子がヒソヒソ声で未来にそう話しかける。


「やっぱり、カレーって調理実習でも作るくらいだから簡単なんですね。なんとなく出来てるじゃないですか」

「ジャガイモの皮なんてあいつ剥けたのかしら?」

「いや、よく見たらこれ皮はついたままですよ」

「……やっぱり。玉ねぎの皮が剥いてあるだけマシってやつ!?」

「さすがに玉ねぎを皮付きのまま入れる人います?」

「いるかもしれないじゃなーい」

「やだー、佐恵子姐ったら。うふふ」

「そこ! 何ヒソヒソ喋ってんだよ! うるせぇ! とっとと席に就いて食えよ!」

「おーやだ。怖ーい」


 大嶺にどやされ、佐恵子と未来は席に就いた。


「私、高遠先生の様子を見てきます」


 白石が席を立とうとすると、大嶺が大声を上げた。


「今寝てるからよ! しばらくひとりにしてくれってよ! 俺が作ったカレーも冷めるだろうが! さっさと座って食え!」


 白石は納得がいかない様子だったが、ここで大嶺と揉めるのは得策ではないと考えて大嶺の言葉に従った。


「「いただきます」」


 参加者たちが米の少ないカレーを口にする。


「なんだか今日のお肉硬いわねぇ」

「なんかすっごい筋肉質な赤身? 牛? 豚? ん? なんかよく分からない」

 

 未来も佐恵子も、他の参加者たちもカレーに入っていた肉の硬さに驚いている様子だった。


「私この肉に近い食感の肉を食べた事がありますけどね、イノシシの肉みたいですよ」

「さすが元グルメ記者」


 山室の『イノシシ肉』発言に祁答院が合いの手を入れた。


「でも、イノシシ肉なんてここに搬入してましたっけ?」


 未来が素朴な疑問を口にした……と、その時だった。


「あはははははは! 馬鹿共が! 全員喰った! 喰いやがった!」


 大嶺が大笑いをして腕を上に上げて天を仰いでいる。


「な、なに? なによ一体」


 佐恵子がおののきながら疑問をぶつけると、大嶺の口から信じられない言葉が発せられた。


「この肉はなぁ! あいつの肉だよ! あの憎らしい、偉そうな、傲慢なあいつ! 高遠の肉だよ!」

「何ですって!?」


 その瞬間、更紗は口を押えてどこかへ走って行った。残ったメンバーもむせ返りながら大嶺に詰め寄る。


「どういう事だ小僧! この肉が人肉だって言うのか!?」

「おいおい嘘だろう? 俺ら高遠先生を食っちまったって言うのか?」

「そんなバカな……近代日本でそんな事が起きるなんて」

「うえええ、嘘だろう!? そんなバカな」

「どうしよう、お姉ちゃんたち……ボク、高遠先生食べちゃった……」

「どうすんのよこれ。何て事してくれたのよこの超デブめが!」

「あわわわ、人を食すだなんて、昔の物資難の頃でも無かったのに」

「うえっ。うえっ。気持ち悪いです。吐きそう……!」


 白石は顔面蒼白で大嶺ににじり寄る。


「どういう事ですか大嶺さん! あなた、高遠先生を殺したんですか!?」


 天を仰いでいた大嶺は、全員を充血した目で見つめた。


「あはははは! 殺したよ! 殺してやったよあいつむかつくもんなぁ! いつも俺を目の敵にしやがってよぉ! 俺が何したって言うんだよ。俺は悪くねぇ。あいつが悪いんだ! 一思いに心臓を突き刺したら、あいつ口をパクパクさせて死んでいったっけな! あぁ、愉快なザマだったぜ! 最高だよ!」

「とりあえずこいつを取り押さえよう!」

 

 片山が叫び、 祁答院がタックルを掛けに行くが、ふたりとも動揺していて大嶺はその攻撃を寸ででかわした。


「誰が捕まるかよ! 何ならお前らも殺すか!?」


 大嶺は隠し持っていた包丁を振り回す。


「あ! あれ調理場の包丁!」


 未来が叫んだと同時に大嶺は扉を蹴り飛ばして開け、逃げて行った。


「あいつを捕まえるんだ!」


 山室が叫びながら追いかけたが、大嶺は思いのほかすばしっこくてすぐに見失ってしまった。白石はへたり込み、わなわなと震えながら口を開く。


「ど、どうしよう……そうだわ、まず無線で助けを呼ばないと」


 白石は腰が抜けてなかなか立てないようだ。未来はその様子を見て白石を立ち上がらせる補助をしながら聞く。


「無線機はどこにあるんですか!?」

「高遠先生……無線機は、高遠先生の部屋に……」

「じゃぁ、すぐに高遠先生の部屋に行きましょう。確認すべき事もありますし」


 そして、未来と、彼女に支えられた白石を先頭に全員が無線機のある高遠の部屋に急いだ。


 ────ドンッ!


 階段の手前で未来は誰かとぶつかった。


 軽い悲鳴をお互いにあげ、互いを見るとそれは更紗だった。


「更紗ちゃん……? どうしてこんな所に?」


 更紗は腫れ始めていた目で答えた。


「ごめんなさい。部屋で吐いていたんです……」

「そう……そうよね……」


 そこにいた全員がその場で納得をし、更紗も加えて高遠の部屋に到着した。


「開けるわよ……」


 未来がドアノブを掴む。そしてその中には────。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る