12.減らない体重の謎

「それではひとりずつ体重測定をして頂きます。初日から比べて増減がどれだけあったかだけを発表します。皆様は先日配布したダイエットノートに自分の体重とどれだけ増減があったかを表に記録し、グラフにも記入をして下さい」


 白石から事務的な内容が淡々と告げられる。


 参加者たちは、みな一様に緊張した面持ちをしていた。もしも全く痩せていなかったら、むしろ増えていたらと考えると不安でたまらなかった。


 まだ運動のプログラムは昨日しか行っていないが、サラダチキンとブロッコリーがメインの厳しい食事制限に加えての運動だ。一日しか経過していなくても少しは体重が落ちているだろうと希望を持つのが当たり前だった。


 体重計の前には高遠が座っていた。彼はとても厳しい目つきで参加者たちを見回していた。


「それでは畠山さんからお願いします」


 琴は恐る恐る体重計に乗る。


「マイナス〇・七キロ」


 その数値を聞いて琴はホッとする。そこからは流れ作業的に体重測定が行われて行った。


「井之上さん、マイナス〇・五キロ」

「波岡さん、マイナス〇・八キロ」

「越本さん、マイナス〇・四キロ」

「米田さん、マイナス〇・二キロ」


高遠は満足げに微笑む。


「女性陣は全員マイナス数値です。上出来でしょう」


 そして次は男性陣の体重測定だ。


「祁答院さん、マイナス一・〇キロ」

「大嶺さん、マイナス〇・九キロ」

「山室さん、マイナス〇・六キロ」


 次に体重計に乗る片山はやたらとキョロキョロして汗をかいて落ち着かない様子だ。


「片山さん、プラス〇・七キロ」


 参加者たちがどよめく。


「あれだけ運動して食事制限もしてそんなに太る事あるー?」


 佐恵子が未来に耳打ちをする。


「あれだけ動けは普通減りますよね。何で太ってるのかしら」


 高遠が眉間に皺を寄せて最後に測定をする渡会を呼ぶ。


「渡会さん、プラス〇・五キロ」


 またもや参加者たちがざわめいた。琴はあどけない顔でいかにも不思議といった様子で疑問を口にする。


「おじいちゃん何で太ったのかしらぁ? 更紗お姉ちゃん分かる?」

「えぇ……? 分からないわよ。女性陣はオールクリアだったのにね」


 高遠が厳しい顔をして口を開く。


「片山さん、渡会さん、あなたたち、部屋で何か食べていますか?」


 全員がギョッとした。まさか、このふたりは食べ物を持ち込んでいるというのだろうか? いや、だが、持ち込みは禁止されているわけではないし、荷物検査があったわけでもない。そこはそれぞれの自己責任といった所なのだろう。


「く、食ってねぇよ。なぁ? 片山さん!」

「あ……はい……」


 少し動揺を隠せない渡会に対し、片山は汗をだらだらと垂らして俯いていた。


「正直に言って下さい。ここは学校ではありませんし、あなた方を責めたりはしませんから……」


 すると、俯いていた片山がバッと顔を上げ、叫んだ。


「だから俺は最初は断ったんだ! なのに渡会さんがしつこく誘うから、つい酒を……!」


 酒という単語が出て来て、参加者たちは大いにざわめいた。


「お前ら酒なんて飲んでたのかよ! 全員が痩せれば早く帰れるってのに、何てことしてくれてんだ! あぁ!?」


 大嶺が恫喝する。


「ま、まぁまぁ大嶺さん。きっとふたりにも何か事情があるんですよ」


 祁答院が大嶺をなだめるが、大嶺の怒りは止まらない。


「信じられねぇ! 隠れて酒を飲むだなんてよぅ! こんな奴らがいるだなんて最悪だ! 俺はもう帰る!」


 大嶺がどこかへ去ろうとするのを高遠が止めた。


「大嶺さん、あなたいつからそんなにダイエットに熱心になったんですか? 口を開けば帰るだ何だと言い出すあなたにこのふたりを責める資格がありますか?」


 参加者たちの間に緊張が走る。


「確かにこのふたりは隠れて酒を飲んでいた。それは最低です。しかし、持ち込み禁止リストに飲食物は入れていなかった。もちろんアルコールもです。そこは皆様の良心に任せていました。どうです? 渡会さん、片山さん、これを機にアルコールやつまみの類を捨てませんか?」


 高遠の冷静な意見に、渡会も片山も渋々だが従った。


「埠頭で初めて話した時に酒の話になって意気投合して。それでここに来て誘われても断り切れなかったんです。そもそも私は酒が止められなくて太ってしまったんですよ。もしかしたら依存症の一歩手前なのかもしれない。これを機に……酒を断ってみます」

「おう、俺もよう、酒が好きでもう半世紀も飲んだくれてる。だが、この合宿は本気も本気だもんな。悪かったよ。もう酒は飲まねぇよ。あとで先生のとこに持って行くからさ」


 ふたりの様子に、参加者たちは安堵の色を見せた。ただひとり、大嶺だけが険しい顔でふたりと高遠を睨みつけていた。


 ずっと事の成り行きを見守っていた白石が口を開いた。


「はい! それでは気を取り直して皆でウォーキングに参りましょう。今日は昨日より一キロ多い六キロ歩きますよ!」


 そうして、何とか場は静まり、また激しい運動をする一日が始まった。

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