11.プログラムが始まって②

 一時間の昼食休憩を終えると、次は有酸素運動の時間だった。こちらの機器も、トレーニングルームに完備されていた。


 高遠が午後の部開始の号令を掛ける。


「それでは皆さん、有酸素運動のプログラムも午前中にお渡しした表に書いてありますので、そちらに沿って運動をして下さい」


 未来に課せられた有酸素運動は、前半にクロストレーナーを一時間と、後半にランニングマシンを一時間だった。


 それぞれのマシンはテレビが観られるようになっていたので、未来はイヤホンをしてテレビを観ながらプログラムをこなした。


(部屋にはテレビが無いから、ここで運動している間だけ外部の情報に触れられるのね……)


 未来はお昼の時間帯の情報番組を見ていた。たった一日ではあったが、テレビやネットから離れて過ごした時間は思いのほか退屈だった。


(平日のこの時間帯はいつもは仕事だからテレビは見られないけど、お昼の情報番組って、芸能人の不倫から政治経済の話まで色々やるのねぇ。あ、エンタメ情報もある。わんこの動画可愛い!)


 クロストレーナーの運動は段々と息が上がる強度だったが、それでも未来はテレビに夢中でついでに手足を動かしている状態だった。


(テレビを観ながらだったら、一時間なんてあっという間かもしれない!)


 未来の全身からは汗が噴き出ていた。しかし、クロストレーナーに不慣れな未来は途中で汗を拭う事も出来ない。


(あーあー、床や機械が汗でびちょびちょ)


 しかし、「これは痩せる」という確信も持った。


 有酸素運動は参加者たちが思っている以上に苦しい様子で、それぞれが息を切らせながら運動を進めていた。


 年長者の渡会やカネ子は、どうやらエアロバイクが主に課せられているようだった。渡会はブツブツと「自転車漕ぎなんて面白くねぇよー」とぼやいている。


 中年の佐恵子、片山、山室、大嶺はエアロバイクとクロストレーナーが主だった。佐恵子は何やら熱心にテレビを観ているようだった。


 若者三人娘と祁答院は、どうやらクロストレーナーとランニングマシンに振り分けられているようだ。未来がクロストレーナーをやっている両端には更紗と琴が。ランニングマシーンには祁答院がいた。


 それぞれが、機器を奪い合わないように、トレーナーは上手くプログラムを配分していた。


 全員が汗だくになった午後四時、トレーニング初日のプログラムが終了した。


「はぁ、はぁ……きつい……」


 未来は息も絶え絶えだ。クロストレーナーをやっている時はテレビを観る余裕があったが、ランニングマシンとなると話は別で、緩く走っているだけでも息が切れ、足がもつれそうになるくらい苦しかった。


「本当にね……もう……やっている間韓流ドラマ観られたからまだマシだけど」


 佐恵子も肩で息をしている。佐恵子はクロストレーナーとエアロバイク両方で韓流ドラマを観ていたようだが、途中からは内容が頭に入って来ないほどには負荷を感じていた。


 大嶺はその場で大の字に横たわり、ブツブツと「今に抜け出してやる」などと言っている。


 祁答院はさすが元ラガーマンだけあって、汗はかいているが息はそこまで上がっていなかった。


 山室は静かに息を切らし、片山は渡会とヒソヒソ話をしながら汗を拭っている。


 最年長者であるカネ子にはそこまで高負荷のトレーニングは強いられておらず、他の参加者に比べればマシな部類に入っていたが、それでも辛そうにしていた。


 更紗は「ここまでしないとあと少しが痩せられなかったのね」と涙目になっている。


 琴は「これで大学の体育の単位くれたら良いのに」と呟いていた。


 それぞれがそれぞれのプログラムをやってみて、いよいよこれは大変だと自覚した。このプログラムが休み無しに三カ月間、 もしくは全員がBMI二十五を切るまで続けられるのだ。


 未来は息を整えると、山室と夕食の準備をしに行った。


 激しい有酸素運動の後での夕食の準備は正直言って面倒だったが、山室も未来も献立表に沿って淡々と調理をした。


 山室はそんなに口数が多い方では無いらしく、必要最低限の事しか口を開かなかった。


(やっぱり山室さんってミステリアスな人……)


 ふと、祁答院とだったら楽しくこの時間を過ごせただろうか、という考えが未来の頭をよぎった。


(鶏むね肉のソテーと豆腐のお味噌汁。祁答院さんは美味しいって食べてくれるかしら……)


 レシピに沿って作っているだけなのだが、ふとよぎるのは美味しそうに食事を頬張る祁答院の笑顔だ。


(こんな事なら普段からもっとお料理の勉強をしておくべきだったわ。レシピ通りに作って美味しいのは当たり前だものね。ここで何かアレンジをしてみせて、『わぁ、凄い』なんて祁答院さんに褒められたら天にも昇る気持ちになれるのに、私と来たら……)


 未来は普段はコンビニと外食に頼りがちであまり自炊をして来なかった。その事がただただ悔やまれる。


「波岡さん! それ! 焦げてません!?」

「えっ!? って、きゃー! ボーッとしてたらちょっと焦げちゃいました!」

「……気を付けて下さいね……」


 未来は「しくじった」と思いながら、配膳の時にはこの焦げたソテーは自分の皿に盛ろうと心に決めた。


 ちょっとしたトラブルはあったが、料理は無事に完成し、それを全員が食べて、片付けまでして未来の長かった一日が終わった。


「やっとシャワーが浴びられる」


 未来はもうクタクタだった。


 部屋に戻るとシャワーを浴びて、すぐにベッドに倒れ込んだ。そして意識を手放した。他の参加者たちもそうに違いないと未来は思っていた。


 明日の朝には体重測定の初回がある。少しでも減っていたらいいな、と、未来は夢の中でも考えていた。

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