10.プログラムが始まって①

 翌日の朝から、本格的なダイエットプラグラムが始まった。


 早朝六時の矯正島は、空気が澄み渡っていてとても気持ちの良いものだ、と未来は思った。


 木々はそよかぜにたなびき、鳥たちは思い思いにさえずっている。そして何よりも波の音が心地良いBGMになっていた。


(本当に、これがバカンスだったら最高の朝だったんだろうなぁ)


 未来は目を閉じて爽やかな空気を肺にいっぱい吸い込みながら深呼吸を繰り返す。


(あぁ、空気が美味しい。少し潮の匂いがして。痩せたら私も可愛い水着を着て、そして祁答院さんと……?)


「って。きゃっ!」

「なーにひとり百面相してるのよ未来ちゃーん」


 ひとりで照れ笑いをしていた未来に佐恵子がちょっかいをかける。


「な、な、何でもありませんよー。何もしてません! 何も考えてません!」

「はーん。怪しいわぁ。さては祁答院君とふたりでどうにかこうにかとか色々考えちゃってたー?」

「そ、そ、そ、そんな事ないですよ!」

「ますますあーやーしーいー」

「もう! 佐恵子姐ったらからかわないで下さい!」

「あはは! 冗談よーう」


 未来が佐恵子と戯れていると、高遠が歩いてきて号令を掛けた。


「皆さん、今日は初日なので、五キロほどウォーキングを行います。今日の所はスピードは緩めにします。私に付いて来て下さい」


 朝の六時からウォーキングという事で、五時に参加者は起こされていた。なかなか起きなかった大嶺も、高遠に強引に起こされていた。よって大嶺はとても不機嫌だった。


「何なんだよ、朝っぱらから。あの高遠とかいうトレーナー、マジでむかつくぜ」


 ぶつぶつと文句を言いながら大嶺は歩を進める。


「あー、森の中の空気って澄んでいて気持ちいわねぇ。ね、未来ちゃん?」

「そうですねぇ。それにしても佐恵子姐は朝からテンション高いですね」

「だってあたしスーパー勤務だから朝早いのは慣れているのよ。未来ちゃん……はそうでもないけど、更紗ちゃんと琴ちゃんは眠そうね?」

「ボクぅ、普段講義のギリギリまで寝てから大学に行くから眠いですぅ」

「わたしも……朝はあんまり得意じゃなくて」


 女子連中がそんな他愛もない話をしていると、後尾から白石の檄が飛んできた。


「こら! そこ! お喋りできるくらいならもっと早く歩きなさい!」

「おー怖っ」


 佐恵子が笑って茶化して見せた。未来たち若者三人衆はバツが悪そうにしながら歩くスピードを速めた。


 ウォーキングが終わると、琴と渡会は朝食の準備に行った。他の参加者たちはほんの少しの休息時間である。


「波岡さん、お水をどうぞ」


 未来に水を渡して来たのは祁答院だった。


「あ、ありがとうございます……」


 未来は頬を赤らめて対応する。もしかしたら祁答院の方も自分に気があるのではないかと思うと、緊張で汗が余計に出て来た。


「僕、ここ数年は運動不足だったからけっこうウォーキングきつかったです。波岡さんはどうでした?」

「わ、私もけっこうきつかったです。やっぱり運動不足なので。もっと普段から歩かないといけませんよね」

「車の免許を取っちゃうとどうしても車で移動が多くなりますしね」

「分かります。私も近所でさえ車で行っちゃって」

「やっぱりそうなりますよねぇ。近くのコンビニも車で行っちゃったりするんですよ」

「私もそうです!」

「あはは」

「うふふ」


 未来は祁答院との何て事のないこのやり取りに大いに胸を弾ませていた。


(この合宿、辛い事だけじゃなさそう……)


 未来の心に、優しい風が吹く。


 そうしている内に、朝食の時間が来て、全員が食事を済ませると、少し休憩して筋トレの時間になった。ここから三時間は筋トレをする予定になっていた。朝食はサラダチキンと豆腐、それとブロッコリーと少しの米だった。


 元大広間のダイエットスタジオには、各種トレーニング機器が所狭しと置かれていた。


 それぞれの年齢やBMIに合った筋トレをするために、事前に用意されていたプログラム表がそれぞれに手渡される。補足的に、高遠が説明をする。


「皆さん、基本的にその表に従って筋トレを行ってください。痛みを感じた時には無理をしないでトレーナーに声を掛けて下さい。それと、水分補給は忘れないようにお願いします」


 機器の使い方も一通りなされて、参加者たちはそれぞれ筋トレに励んだ。


「くぅー。こんなきつい運動を三カ月もしなきゃいけないのー!?」


 未来はダンベル運動をしながらそんな独り言を言っていた。


「きついと感じるのはまだあなたにそれだけの筋力が無いからですよ。今にその運動を軽々と出来る日が来ますから」


 未来の独り言を聞いていた白石がそう声を掛ける。


「本当ですか? 私、自信がありません」

「若い女子たちは皆さんそんなメンタルの状態なのね。ほら、あちらを見て」


 白石が手を向けたほうを見ると、更紗が高遠から何かアドバイスを受けていた。


「皆さん最初は自信がないんですよ。でも、筋肉は私たちを裏切りませんから」


 未来は、「自分だけが不安なわけではないんだ」と、少し安心した。


 十一時半にお昼ご飯の当番である更紗と片山が抜けて、残った参加者たちは黙々と自分たちのプログラムを進めていた。


「ったくよー、やってられっかよこんな事!」


 大嶺がまたもや大きな独り言で不平不満を漏らす。それにいち早く気付いた高遠がきつく注意をする。


「大嶺さん、不満を口にしているだけではダイエットは出来ませんよ。今は淡々とプログラムを進めるべきです」

「へっ。うるせぇこの国家の犬め!」

「少し暴言が過ぎますね」

「はっ。悪ぃかよ」


 一触即発の二人の様子に、他の参加者たちは不安の色を隠せなかった。


 そうこうしている間に十二時になり昼食の時間となった。昼食は、鶏むね肉のサラダとプロテインだった。

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