13.大嶺VS高遠
ダイエット合宿が本格的に始まって数日が経った。
ほとんどの参加者たちは運動を率先して行い、計量初日に飲酒が発覚した片山と渡会も順調に体重を落として行っていた。どうやら、あれから酒は飲んでいないようだった。
未来を始めとした女性陣たちも順調に体重を落としていて、これは全員がBMI二十五を切って帰宅する日は三カ月の訓練満了よりも早いかもしれないという期待が高まっていた。
しかし、その流れに水を差す者がいた。大嶺剛史、その人である。
「あーもー、足が痛ぇ。これは重傷だから次の船が来たら俺も帰してもらおうかなー」
大嶺は全員に聞こえるような大きな独り言を言っている。
「それでは足を診察しましょうか? 私は内科医ですが、整形外科領域も得意ですので」
高遠が冷えた目をして大嶺を見下ろす。
「うっせぇ! 少し休んだら痛み引いて来たわー」
この所、このような大嶺と高遠のいさかいが増えていた。事あるごとに帰宅願望をほのめかす大嶺に対し、高遠が理詰めでにじりよる。他の参加者たちは、その攻防を肝を冷やして見つめていた。
「あの大嶺って人さ、ぜんっぜん協調性ないわよね。そう思わない? 未来ちゃん」
「そうですね……。佐恵子姐の言う通り全く協調性が無いですね。あぁやってすぐ帰りたがるし、他の参加者と打ち解けようともしないですし、社会不適合な感じはしますね……」
コソコソ話をするふたりを大嶺は鋭い眼光で睨みつける。
「おー怖っ」
佐恵子はそそくさと自分のトレーニングに戻る。
大嶺とて、体重が減っていないわけではないのだ。元々引きこもって運動など一切してこなかった人間が、コンスタントに運動をすればスルスルと減量していくものなのだろう。大嶺は参加者たちの中で一番体重が重く、当初は百三十七キロでBMIが四十八・五もあった。だが、この数日間で三キロは体重が落ちている。
なのに、大嶺は常に帰りたがった。この集団生活に馴染めないのもあるだろうが、その割に本人の努力というものが見られなかった。
高遠は大嶺にはこと厳しく接していた。他の参加者たちは弱音も言わずに黙々とダイエットに励んでいるのに対し、大嶺はあまりにも弱音を吐きすぎていた。
「大嶺さん、もっと真剣にダイエットに向き合って下さい」
「他の参加者さんたちともコミュニケーションを取るように努力して下さい」
事あるごとに、大嶺と高遠は対立した。
大嶺は高遠から何かを言われるたびに「うるせぇ!」「この国家の犬!」と暴言を吐いた。メンバーの誰から見ても、大嶺は異分子で厄介者だった。
それを大嶺も感じてはいるのか、「見てんじゃねぇ!」と事あるごとに周囲を恫喝した。
高遠と白石も、大嶺の存在には頭を抱えていたが、現状ではどうする事がベストなのか考えあぐねていた。
そんなある日の就寝時間、未来は佐恵子の部屋で歓談していて二十一時の消灯時間を過ぎてから部屋に戻ろうとしていた。
「ヤバっ。先生達に見付かったら怒られるかしら?」
未来と佐恵子の部屋は隣同士だ。部屋に戻るのは数秒だ。スッと帰れば見付からないと思っていた。
が、佐恵子の部屋のドアを閉めて後ろを振り向いた瞬間、誰かにぶつかった。
「いったたたた……すみません、大丈夫ですか!?」
顔を上げて誰にぶつかったかと見ると、そこにいたのは高遠だった。
「高遠先生!? 何故こんな時間に女子フロアに!?」
高遠は一瞬目をぱたつかせたが、落ち着いて口を開いた。
「すいません。今日は白石先生が少し体調不良なようで、私が見回りをしていました」
「白石先生が体調不良?? 夕ご飯の時も普通にしていましたけど?」
「……あれからめまいがしたそうですよ。それじゃ、波岡さんも早く部屋に戻って下さいね」
「あっ! すみません!」
未来は納得いったようないかないような感じで高遠を見送った。
(白石先生が急病??)
未来は不審に思ったが、確認するわけにもいかない。ここの消灯時間は過ぎているのだ。
厳密には、個人の部屋の灯りは自分で消すので、消灯時間を過ぎていても問題は無いのだが、翌日も朝が早いのだ。
未来は自分を自分で納得させて、部屋に入って一息つくと、また高遠の事を考えた。
(そもそも今まで見回りなんて来ていたのかしら? 今日までは二十一時過ぎに部屋から出ていた事が無いから分からなかったけど、この時間になると白石先生が廊下を見回っていたって事?)
考えれば考えるほど、謎が謎を呼んでいた。
(でも、他に高遠先生がこのフロアにいる理由ってないわよね?)
未来はクタクタに疲れてはいたが、この疑問のせいでなかなか寝付けなかった。
(早く寝ないと……明日もハードな運動が待っているんだから……)
何か他に気晴らしになるような事を、とも思ったが、未来は小説もマンガもゲームも何も持ってきていなかった。スマホを見てみるが、相変わらず電波は無く何もする事が無い。
しばらく、過去に撮った写真をスクロールしていたが、その内に未来は寝てしまったようだった。
そして、また夜が明ける。
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