7.初の食事

 未来が食堂に向かうと、続々と参加者たちが集まって来ている所だった。白石が席の案内をしている。


「参加者の皆さんは名札がある場所に座って下さい」


 長テーブルをくっつけたテーブルには大きいビニールのテーブルクロスがかかっている。ひとつの塊になったテーブルをぐるりと囲むように参加者は座る。トレーナーの席は両端で、その間に参加者が座るようになっていた。


「未来ちゃん! こっちよ!」


 佐恵子が手を上げて未来を呼ぶ。


「あ、佐恵子さん。私たち隣同士ですか?」

「隣同士もなにも、この席順って部屋割りと同じじゃない。それに、見た感じで判断すると年齢順になっているしね」

「へぇ、そうなんですかー」


 未来は佐恵子の観察眼に感心した。


 未来の目の前には山室が座っている。


「どうも、山室です。以後よろしくお願いします」

「波岡未来です。よろしくお願いします」


 山室は淡々と挨拶をした。それに未来も答える。


(何だか山室さんって、怖そうな感じ……)


 ぶっきらぼうな山室の様子に、未来はふと不安感を感じた。


(祁答院さんは男性で最年少なのかしら? 席が端っこの方でトレーナーの横だわ……)


 未来は気が付くと自然に祁答院を目で追っていた。


(私、初日から気になる男性が出来てしまっただなんて不謹慎かしら)


 未来は埠頭の小屋での祁答院の振る舞いに感銘を覚えていた。柔らかい物腰だが、しっかりと自分を持っていて自信が伺えるかのような態度で、毅然として渡会とも接していた。


(佐恵子さんは茶化すけど、私は遊びでは恋愛は出来ない……)


 未来は今までに異性と恋愛関係になった事がないわけではなかった。しかし、どうにも奥手と言うか、好きな異性を前にすると緊張してしまう節があり、深い関係になった相手はいなかった。


(祁答院さんは、リードしてくれるタイプかしら……)


 合宿はまだ始まったばかりだが、未来の脳裏には祁答院の存在が大きくこびりついていた。


 そうこうする内に全員が席に着くと、白石から号令が掛かった。


「それでは、こちらで配膳を開始します。皆さん、ご自分で食事を取りに来て下さい」


 参加者たちが席を立ちぞろぞろと食事を取りに行く。


「何だよこのメニュー! サラダチキンとブロッコリーとほんの少しの米だけかよ!」


 大嶺が大きな声で不満を露わにする。


「基本的にここでの食事は高たんぱく低カロリーです。ご自分がダイエットのためにここに来ている事をお忘れないように」


 高遠がぴしゃりと大嶺を諫める。


「年寄りにはあっさりしている食事がありがたいねぇ」


 カネ子はむしろ食事の内容を歓迎しているようだった。あっさりした食事が好きならば何故そんなに太っているのだ、と他の参加者は一様に疑問を持った。だが、今は誰もそこに言及はしなかった。


 参加者全員が食事を受け取り席に座ると、トレーナーふたりも席に座り高遠が号令を掛ける。


「それでは食事にします。食事はよく咀嚼して食べて下さい。それもダイエットの一環です。早食いはダイエットの敵です。それでは、いただきます」


 パラパラと参加者から細い声で「いただきます」が聞こえたが、ほとんどの参加者は「いただきます」も無しに食事を開始した。


 未来も佐恵子も、食事を開始して五分後にはすでに完食してしまっていた。


「よく噛むって言っても限度があるわよねぇ。この量じゃ、ねぇ……」

「あはは、これは本当に痩せますね」

「こんな食事内容なら家からカップ麺でも持ってくれば良かったわ」

「でもそれだと痩せなくないですか?」

「空腹よりはマシよぉ。でも、私達ここに痩せに来ているんだものね。全員が早く痩せたら早く帰れるんでしょう? 早く家に帰ってカウチポテトしたいわぁ」

「あはは。それってまた太りますよ?」

「でも二度は合宿に呼ばれないでしょう?」

「国のする事は分かりませんよー? この合宿が本当に開催されるとは思っていなかったですし」

「確かに。脅しだけの案だって思っていたわよねぇ。まさか本当にやるとはねぇ。道祖土総理大臣ってなかなか頑固そうね」


 未来と佐恵子がそんな事を話していると、未来の右隣に座っていた井之上更紗が手を挙げた。


「あの……先生……」


 高遠がこれに答える。


「なんですか? 井之上更紗さん」


 更紗は気まずいようにポツポツと話す。


「あの……わたし、ブロッコリーが苦手で……残してもいいですか?」


 高遠は毅然とこう答えた。


「ここは学校ではありませんので、食事を絶対に残すなとは言いません。ただ、間食などは出しませんので、ここでの食事を残すと後からお腹が空くかもしれませんね。無理に食べろとは言いません。ご自分で判断して下さい」

「あ、ありがとうございます……」


 更紗は顔を赤らめて下を向くと、ブロッコリーを突いて半分涙目になっていた。そして、結局ブロッコリーは残した。


 他の参加者たちはこのメニューに特別問題は無かったらしく、全員が完食していた。


「あーあー、こんなんじゃ足りねぇよー」


 大嶺だけが不満を口にしていた。


 白石がこれからの予定を参加者たちに伝える。


「それでは、食器を片付けた後にこのままここでオリエンテーションを開始します。今日は食器の片付けも我々トレーナーがやりますが、明日からは持ち回りで皆さんにやってもらいます」


 参加者の間から小さな声で不平不満が聞こえたが、トレーナーふたりは聞かないふりをしていた。

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