6.自室にて

 未来は部屋に入るとまず全体を見回した。


 部屋のサイズは一般的なビジネスホテルのツインルームと言った所だ。ベッドは二つ設置されていて、両方にベッドメイクがなされている。好きな方で寝て良いとの事なのだろう。枕も柔らかいものと硬いものの二種類が用意されていた。


「元は保養所だったからツインルームなのかしら。今回整備する時にベッドはひとつにして空間を広げてくれれば良かったのにー」


 窓際には二人掛けのソファが置いてあり、小さなガラステーブルも設置されている。


 テレビは無く、冷蔵庫も無い。箪笥は大き目のものがひとつ設置されていた。


 トイレと風呂は一体型のユニットバスだが、ひとりで使う分には何の問題も無いだろう。トイレットペーパーは一袋置いてあった。小さな洗面台も備えられている。


 トイレと風呂の横、入り口付近の場所にはコートを掛けられるクローゼットもあったが、今は夏なので必要は無いだろう。クローゼットの中には部屋の消臭剤とハンガー数本が掛けられていた。


 未来はカーテンを開けると、外の景色をまじまじと見た。


「うーん。平地だから海は見えないのかぁ。残念……」


 見えるのは宿泊所の周りを取り囲む木々ばかりだった。この宿泊所は森の中に建てられていると言った感じで、四方を木々に囲まれていた。


 未来は窓を開け放とうとしてギョッとした。


「やだ。この窓十センチしか開かないじゃない」


 窓は少ししか開かないように作られていた。


「脱走防止かしら……」


 未来は一瞬不安感に襲われたが、それを振り払って、ガラステーブルに置かれていた館内の見取り図を手に取った。少しでも新鮮な空気を取り込もうと、窓は開け放しておいた。


「食堂は一階にあるのね。ダイエットスタジオ……元大広間か何かって感じね。そこで私たちは特訓させられるのね……」


 未来は持って来たキャリーバッグを開けると、中身を箪笥に仕舞って行った。


「痩せないと帰れないんだから……お菓子は持って来なくて良かった……ジュースも……冷蔵庫すら無いし……」


 未来はふとスマートフォンに目を落とした。電波は圏外だ。Wi-Fiが設置されている様子もない。


「ああ、友達とも家族とも連絡できないなんて最悪。せめて家族とLINUして癒されたかったぁ」


 未来は衣服を仕舞い終わると、歯ブラシやドライヤー、生理用品を洗面台に置きに行った。


「シャワーが個室にあるのだけは良かったわよね。生理の時とか大風呂だったら嫌だもの」


 未来はこの部屋の良い所を探そうと必死だった。少しでも自室という名の唯一の自分のテリトリーに快適さを見出さないと、気が滅入ってしまいそうだったからだ。


「テレビも無いのよね……電気が来ているだけマシかしら。トイレも一応温水洗浄便座だし。テレビなんて見てる余裕もなく寝ちゃうわよね、多分。それにしても、この部屋……静かだわ……」


 メンバー達は自室で静かに過ごしているのか、雑音があまり聞こえてこなかった。無人島で車の往来も無いため、外からうっすらと波音が聞こえるような気すらしていた。


 ──ピピッ。ピチュピチュ。ピピピッ。


「鳥の鳴き声が聞こえる……」


 未来は今まで東京のベッドタウンに住んでいたが、とりわけて鳥の鳴き声を気にして生活をした事が無かった。


「……かわいい……」


 ここに来て、清閑な空間の中で慰めを見出したのかもしれない。鳥たちのさえずりは、未来の琴線に触れたようだった。


「あ、もう食堂に行かなくちゃ」


 与えられた一時間はあっという間に過ぎて行った。


「結局荷物を片付けていたらゆっくりする時間が無くなっちゃったわ。こんなに何も無い部屋なら小説とかマンガを持ってくれば良かったかも。ただ、読む気力があれば、の話だけど。これから毎日運動と食事制限のダイエット。気が滅入るなぁ。あぁ、『ぷるぷる』のジャンボシュークリームと、『美味食堂』の大盛りオムライスが食べたい」


 未来はしばらくは口に出来ないスウィーツや大好物に想いを馳せた。


「こんな事なら太ってもいいから思いっきり食べたからここに来るんだった……」


 しかし、後悔先に立たずであるし、今より太るという事はよりダイエットを過酷にするという意味だった。


「無理無理。これ以上太ったらもっと大変になっちゃう。自分に甘えずに、早く痩せておうちに帰らないと! 一人暮らしだし待ってる人なんていないけど!」


 未来はふと、埠頭に来る前に見たペットショップの犬を思い出した。


「無事に痩せて帰ったら、あのわんちゃんをお迎えしちゃおうかしら……。とっても可愛いトイプードルだったなぁ……。でも、鳥もいいかも。さっきの鳥ちゃんの鳴き声とっても可愛かった。インコなんて、カラフルで可愛くて最高よね」


 ふと未来は時計に目をやった。


「あ、もう三分前! しまったぁ! 食堂に行かなきゃ!」


 そうして未来は、メンバーたちの待つ食堂へと自室を後にした。

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