2.引き出し屋
「
「うるせぇババァ! 俺は合宿なんて行かねぇって言ってんだろう!」
築四十年は経っていようかと思われる民家の二階の一室で、大嶺剛史は駄々を捏ねていた。
大嶺は高校卒業後に一旦は就職したが、人間関係で躓きすぐにその会社を退職した。その後アルバイトをするでもなく、再就職をする努力もせずに引きこもりになり、その歴は二十五年に達していた。
大嶺を甘やかして育てて来た母親は、ここに来て途方に暮れる事になった。大嶺が国の行うダイエット合宿に参加しないと言って部屋にバリケードを張って出てこないのだ。
「そんな事言ったって、玄関に国のお役人さんが来ているのよ。行くしかないのよ。ねぇ、出てらっしゃい剛史ちゃん!」
「うるせぇババァ! 役人どもなんて帰らせろ!」
大嶺は大きな声を出し威嚇する。
「お母さん、ここはひとつ私たちにお任せ下さい」
国から派遣された引き出し屋がいつの間にか家に上がり込み、階段を上がって大嶺の部屋の前まで来ていた。しかも土足のままである。
「あああ、お役人様。どうか手荒な事だけはなさらないで下さい……」
「大丈夫ですよ、お母さん。心配なさらずとも、傷ひとつ付けずに合宿に連れて行ってみせますから。私達はプロですから」
国が手配したのは、屈強な男性三人組の引き出し屋だった。裏世界の人間でも、普段から引きこもりを相手にしている人間でもなく、プロのSP集団の人材で冷静かつ的確にターゲットを確保する事には手練れていた。
「私たちは逃げる相手を追い詰めて確保するプロですから。息子さんは犯罪者ではないが、国の決めたプログラムから逃げている事に変わりはありませんからね」
そう言うと、一番筋骨隆々とした、しかし細身のひとりがドアの前に立った。
すると、間髪入れずにドアに体当たりをし始めた。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
「うわぁぁぁ、何するんだこの野郎! 早く帰れっっっ!」
中では大嶺が騒いでいる。
ドンッ! ドンッ! ドンッ! バキイッッッ!
内開きのドアは、ドアを塞いでいた箪笥をもなぎ倒して開いた。
「大嶺剛史さん。お迎えに上がりました。ダイエット合宿への参加は強制です。拒否は出来ません」
「うるせぇ! 誰が行くもんか! 行くなら死んでやる!」
大嶺はカッターナイフの刃を首筋に当てながら絶叫する。
すると、後ろにいたふたりの男が大嶺にずかずかと近付いて来た。
「来るなぁぁ! 来るなら死ぬぞーーーー!」
大嶺はなおも叫びまくる。しかし、歩を緩めないひとりの男が大嶺の面前まで近付き、大嶺の腕を手刀で叩く。その拍子に大嶺はカッターナイフを床に落とした。
「こんなもので死ねると思っているのか? パフォーマンスもいい加減にしろ」
男は大嶺の両手を締め上げる。
「いてぇぇぇ! いてぇぇぇ! こんな暴力許されると思うのか! 訴えてやる!」
もうひとりの男が大嶺の両足を持つ。
「訴えたければ訴えればいい。我々は国の命令で動いている人間だ。負けはしない」
両手両足の自由を奪われた大嶺は、それでも逃げようと暴れている。
「離せぇぇぇ! 行くもんか! 行くもんかぁぁぁ!」
母親は涙を流しながらその様子を見ていた。
「ああ、どうか私の剛史ちゃんに怪我をさせないで……お願いです……」
扉を破った男が母親にこう宣言する。
「それでは息子さんを合宿に連れて行きます。後の事は国にお任せ下さい」
「あぁ、天国のお父さん。どうか剛史ちゃんを守ってあげて……」
そうして、大嶺は男達に持ち上げられて車に無理矢理乗せられた。
「ちくしょう! 一生恨んでやるからな!」
大嶺がどんな悪態を付こうが暴れようが、プロのSPである引き出し屋の前では歯が立たなかった。
「皆さんもう埠頭でお待ちだ。お前のせいで出発が遅れている。自覚するように」
男たちはどこまでも事務的に大嶺に接していた。そしてそのやり取りに容赦は無かった。
そうして大嶺は合宿に向けて出発させられる事になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます