あの時、この時。

加賀倉 創作

第1話『初めての小説執筆』

 私が初めてオリジナルの小説を書いたのは、高校生の時だった。


 そのジャンルは、やはりSF。


 世間では「発明王」と呼ばれる男エジソン(個人的には彼のアンチですファンの方すみません)が出てきて、宇宙人にアブダクションされ、脳をいじられたせいで夥しい数の発明のアイデアを得る、というなんの変哲もない短編だった。


 その小説を、当時一番仲良くしていた友人(あくまでこちらから仲良くさせてもらっていた、という話です)に見せた。


 ちなみに、彼/彼女とは、いつもクラスの定期テストの成績で、首位争いをしていたくらいなので、妥当な評価を下してくれると、信じていた。


 そして見せる際は、前提条件として、「これが駄文なのはわかっているから、一旦細部は抜きにして、あくまで話が面白いかどうかを、評価してほしい」と伝えてあった。


 彼/彼女は、原稿用紙四、五枚ほどの物語に、ささっと目を通す。


 すると彼/彼女はオモムロに、本棚から一冊の小説を取り出した(場所は彼/彼女の家でした)。


 そしてこのようなことを言った。


「これ、私/僕/俺の好きな小説家の小説なんだけど……」


「もっと、描写を細かくしたらいいんじゃないかな? ほら、こことか、これとか、これみたいに」


 彼/彼女は、小説のあちこちを指さして、そう助言してくれた。


 うん、ありがたくはある。


 だが、話を聞いていたか?


 細部は抜きにして、面白いかどうかを判断してくれ、そう私は言ったのだ。


 もちろん、私の駄文を、時間を割いて読んでくれる。それだけで、嬉しいし、ありがたい。


 だが、私が頼んだ内容とは話が違ったことに、少しモヤっとした。


 そしてまた同時に、おっしゃる通りだな、とも思った。


 私はその時彼/彼女に、「そうじゃなくて、面白いかどうかを聞かせてほしい」とは聞かなかった。


 なぜなら、彼/彼女の一言で、私の書いた文にはあまりに抜け落ちた文が多く、読み手に行間の補完を強要にす流ものだと、気付かされたからである。


 面白いかどうかなど、言っている場合ではない。


 駄文どころか、文にすらなっていなかったわけである。


 今、彼/彼女があの時、指摘してくれた、「もっと細かく描写する」という指摘が抜群に効果を発揮し、私は現在小説を執筆するに当たって、詳細な情景・心情の描写をするのに、ほとんど苦がなくなった。


 で、一番話したいところは、ここからなのだが、


 最近、ふとその記憶を想起して、こう思った。


 彼/彼女はおそらく、私の書いたその小説を、当時、面白いと思ってくれていたのではないか。


 なぜそう思ったか。


 私は「一旦細部は抜きにして面白いかどうかを見てくれ」と頼んだ。


 そして彼/彼女は、「細部」を評価した。


 お分かりだろうか。


 彼/彼女は、私の小説の「面白い」と思った部分を、敢えて描写せずに飛ばして、「細部の甘さ」を指摘したのだ。


 つまり……


 「私が小説の中で細部を描写できていない」という事実を、「彼/彼女が私の小説の面白さに対する評価を描写しないこと」に準えて、もしあなたの小説の如く評価して差し上げますと、私の回答はこのようになりますよ、と機知に富んだ返しをしてくれていたのではないか。


 もう少し言い換えれば……


 彼/彼女は「(あなたの小説は面白いけど)描写が雑だと思う」と、一部省略して言ったのだ。


 よくよく考えると、彼/彼女は、人の努力に対して、ただただ辛辣な言葉を投げかけるような人ではなかった。


 そう解釈することが、ただの私の思い込みでもいい。


 私は今、少なくとも世界の誰かにとっては面白いと思える話を、書くことができている自信がある。


 私は彼/彼女に、非常に、感謝している。

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あの時、この時。 加賀倉 創作 @sousakukagakura

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