第27話

 027



「シロウさんとデートしたいんです」

「……は?」



 花の都、フランポー。



 次の目的地は、この街の港から船で二時間の場所にある島のボルカ村だ。しかし、島までの海路は特殊な海流によって非常に荒れており、凪の日にしか客船を出すことが出来ないため、俺たちは次の凪まで待機することになっていた。



 行動は、各自自由。



 だから、俺はウォーグローの力を扱うために左目の修行を街外れの川辺で積む日々を送っていたのだが。今日も朝から出掛けようとすると、そこへいつものローブではない、やたらと清楚なワンピースを着たモモコがやってきたのだ。



 因みに、アオヤも目をこすっていやいや同席していたのだが、今の言葉で眠気が吹っ飛んだらしい。ここは、宿近くの食堂。俺とアオヤの間には、妙な緊張感が走っていた。



「どうやって誘ったらいいですかね」

「バカ。シロウさんが、この冒険中にそんな気の抜けたことをするワケねーでしょ」

「わ、分かってるよ。だから、こうしてキータさんとあんたに相談してるんじゃん。せっかくフランポーに来たから、なんとかしてシロウさんと二人きりでこの街を歩きたいの」



 顔を赤くして目線をチラチラと動かすモモコは、存外かわいらしかった。



「別に、歩くだけなら許してくれるんじゃないの? 例えば、『装備を見に行きたいから付き合ってくれ』とでも言えば喜んでついてきてくれると思うよ」

「でもですね。私、シロウさんに剣を持っていて欲しくないんです。冒険に関する理由をつけたら、あの人は絶対にいつもの格好で来ちゃいますから」

「なんで、それが嫌なの?」

「だって、どこからどう見ても冒険の仲間にしかならないからです」



 ……例え武器を携帯せず二人で歩いても、親子か歳の離れた兄妹くらいにしか見えないと思うよ。



「お願いします! 私、実はこの街のお花畑に憧れてたんですっ! 協力してくださいっ!」



 深々と頭を下げるモモコを、アオヤはため息をつきながら眺めてベーコンエッグを一口食べた。



「仕方ねーなー。お前のことは僕も応援してるし、一緒に考えてやるよ」

「本当!?」

「俺は、恋愛経験が無いから参考にならないかもしれないけど。それでよければ」

「ありがとうございます!!」



 ということで、早速作戦会議が始まった。この旅が始まって以来、こんなにも気の抜けるホンワカパッパとした空気は初めてのことだった。



「けど、結局は素直に言ったほうがいーと思うんだよなー。シロウさんだって、幾ら鈍感つってもそろそろ気が付いてるだろうし」

「どうだろう。仕事中以外のシロウさんって、本当にただの優しいおじさんだからね。モモコみたいに倍近く歳が離れてる女の子だと、恋愛自体があり得ないって思ってるかも」

「うぅ……っ」

「そういえば、シロウさんの奥さんはどうやってシロウさんとくっついたんすかね。その糸口さえ掴めれば、何かしら思いつきそうっすけど」



 ということで、俺とアオヤは宿にてモンスターや野草のスケッチを仕上げているシロウさんの元へやってきた。



「俺、消防屋だったろ? リラは、火事の中から助けた女なんだ。そんで、ある日に礼を言いに来たと思ったら、テーブルの貧相な食いモンを心配したのか勝手に俺の家に住み着いてな。俺は恋愛なんて分からねぇし、しばらくして混血だってことも伝えたのに、それでも離れようとしなかったから結婚したんだ」



 ……そういうことらしい。



「つまり、余計な作戦は必要ないんだよ。昼間あたり、ご飯を食べてるところに突撃して何も言わず手を引っ張って行けばいい。流石に、この食堂に武器を持ってくることはないだろうし」



 俺たちは、モモコの元へ戻るとそんなことを伝えた。



「分かりましたっ! やってみますっ!」



 ということで、昼食時。



 俺とアオヤは、食堂の外で窓からシロウさんとモモコが食事する姿を眺めていた。どうせやることもないし、暇だから観察しようとアオヤが提案したから乗ったのだ。



「相談してきたんだから、これくらいの娯楽は提供してもらわないとっすよね〜」

「きみって、本当にいい性格してるよなぁ」



 もちろん、俺も興味があるから修行をサボってまで悪ノリに付き合ってるんだけど。



「あ、動きましたよ。出てくるっぽいっす」

「隠れよう」



 顔を真っ赤にしたモモコが、ラフな格好をしたシロウさんの右手を掴んで無言で前を歩いている。「どうした?」と彼が首を傾げ、彼女は「なんでもないんです、なんでも……」と意味不明な返事をして歩いていく。



 一応、手を繋いでいることになるのだろうか。武器も持っていないし、ある程度はデートの体裁も整っているように思えた。



「いいお天気ですね」

「あぁ、そうだな」

「シロウさんは、お花のことを知ってますか?」

「いいや、キータに教えてもらったモノくらいだ。あいつは、元植木屋で植物に詳しいからな」

「では、なぜこの街が花の都と呼ばれているのかは?」

「さぁ。俺の目には、普通の街にしか見えんよ」

「……お、お、教えてあげます。着いてきてください」



 理由付けにしては上々だろう。尾行という怪しい行動のせいもあってか、なんだかこっちまで楽しくなってきた。



 更に、シロウさんとモモコの会話は続く。



「そういえば、クロウとアカネさんの前に仲間はいたんですか?」

「唐突な話題だな、どうしてそう思った?」

「パーティメンバーの変更があるならって、なんとなく思っただけです」

「……あぁ、いたよ。当初の十五代目勇者パーティは、俺とアドベントランクの冒険者が二人、そしてキータの四人で構成された部隊だったんだ」



 まさか、その話が出てくるとは。内容をアオヤに伝えると、近くで直接聞きたくなったのか俺よりも更に前の物陰に張り付いた。



「チャコルルとムラサメ。十年も冒険者をやってたモモコなら、名前くらいは知ってるかもな」

「も、もちろん知ってますよ。大魔道士のチャコルルとアサシンのムラサメと言えば、生ける伝説とまで言われた冒険者じゃないですか」

「あいつらは、俺と同じく王様から勅命を受けたメンバーだ。厳密に言えば、アドベントランクの冒険者の全員に声がかかったんだが、他の連中は適合者じゃなかったってことさ」



 いつの間にか、二人の歩幅が合っている。案外、悪くない雰囲気なんじゃないだろうか。



「キータさんのことは、シロウさんがスカウトしたって言ってましたもんね」

「あぁ。けど、この二人は歳上だったし、何より冒険者でもない俺がリーダーを務めるのが気に食わなかったみたいでよ。アドベントって肩書を振りかざしちゃ俺の指示をシカトしてたんだ」

「なんか、どこかで聞いたような話ですね」

「王様が俺をリーダーに選んだ理由に、強さなんてのは関係なかったのにな。まぁ、今となっちゃあ、その辺の人間らしさを理解できなかった自分も悪かったと思ってるよ」



 どこか、懐かしむように空を見上げるシロウさん。無数の花びらが風に舞う、長閑でファンシーな風景が広がっている。



「それで、お二人はどうしたんですか?」

「死んだよ、悪魔にブッ殺されちまった」



 ……。



「三回目に潜ったダンジョンの悪魔、こいつがとんでもねぇ強さでな。チャコルルが使役してたモンスターを片っ端から食い殺すわ、斬れねぇモノはねぇと言われてたムラサメの宝具の刀を正面から叩き割るわで、シャレにならねぇ状況に陥っちまった」



 あの日のことは、よく覚えている。



 なんとかして協力しようと説得するシロウさんを、チャコルルさんとムラサメさんは激しく拒絶した。理由は、一介の消防屋だったシロウさんの実力を認められず、そしてスキルと宝具の力を過信したことだった。



 ……いや。



 本当は、タンクのシロウさんが傷付く理由が自分たちの弱さのせいだと自覚してしまって、その不甲斐なさに怒っていたんだと思う。それなのに、シロウさんは文句の一つも言わないから、彼らはストレスのやり場を失って暴走したのだ。



「でも、シロウさんとキータさんは生きてます。あの二人をモノともしない悪魔から、どうやって勝利をもぎ取ったんですか?」

「なんてことはない、俺がキータの指示に従ったまでさ。あいつの的確な分析と戦略によって、命からがら勝ち残れたんだ」

「だから、シロウさんはキータさんのことをそんなに信用しているんですね」

「知ってるか? あいつ、あんなに現実主義なのに戦闘じゃ一回も諦めたことが無いんだ。そこが、俺はどうしても気に入っちまってなぁ」



 は、恥ずかしくなってきてしまった。



「ただ、世界に五十人しかいないアドベントランクの冒険者の敗北は、世間からすりゃ絶望に等しい。だから、あいつらの死は隠されて適当な理由をつけ別任務に行ったことにされてるんだ」

「それで、クロウとアカネさんと出会ったワケですね」

「あぁ」



 そんな話をしているうちに、二人は花畑に辿り着いた。物陰が少ないせいで、いつの間にか俺もアオヤに追いついてしまっている。隣につくと、彼はニヤニヤした表情で馴れ馴れしく肩を組み、「よかったっすね」などと呟いて頷いた。



 ……少し遠くから、クロウたちが近づいてくるのに気がつくまでは。

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