第28話

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「世界を救う旅の途中でデートとは、随分と余裕だな。シロウ」



 女を三人も連れてるあいつが言うのは納得いかないが、シロウさんは首を傾げて考えてから、ゆっくりとモモコの顔を見てハッとしたように呟いた。



「そうだったか、気付かなくて悪かったな」

「い、いいえ。その、はい。えっと、えへへ……っ」



 モモコもモモコで、ここで押せば少しくらいは意識してもらえたかもしれないのにもったいない。



「それで、クロウ。調子はどうだ?」

「俺が悪魔を殺したのは知ってるだろう。お前の目的を一つ奪えていい気分だ」

「なるほど、そいつはよかった。ただ、デートだって分かってんなら邪魔しないでくれると助かる。モモコにも、息抜きが必要だからよ」



 肝心なところでズレてるのが、ヤキモキして仕方ないシロウさんだった。



「逆ハーレムかと思ったら、そういうことだったんですか。モモコとか言いましたっけ。あなた、男の趣味が悪いですね」

「……あぁ?」



 瞬間、モモコの髪が逆立ってワンピースの裾がユラユラと揺れ始めた。彼女のドスの効いた声は、相変わらず迫力がある。



「クロウ様を追放するような無能に恋するあなたも、相当なバカだって言ってんですよ。分かりませんか?」

「おいおい。急にしゃしゃり出てきて私の邪魔した挙げ句、シロウさんの悪口までこくとはいい根性してるじゃねぇか。こんがり焼いてやっからこっち来いや」

「言葉で勝てないからって暴力とは、やっぱり勇者もその仲間もバカばっかりですね」



 呆れたようにクロウを見るシロウさんと、青筋をブチ切って掌に炎を浮かべるモモコ。流石にヤバそうだったから、俺とアオヤもすぐに飛び出せるように体制を整えた。



「落ち着け、モモコ。せっかくの綺麗な花を燃やしちまうつもりか?」

「……はっ」

「見たかったんだろ、そんなことしちゃダメだ」

「でも、あの女が……っ!」

「男に言われたからって怒りを収めるなんて、やっぱりあなたってその程度の女ですよ」



 舌戦が得意ではないモモコは、ワナワナと震えて拳を握りしめている。シロウさんに肩を持たれているとはいえ、あの理不尽によく耐えられていると感心するが――。



「……あ、そっか」



 突然、モモコはヒナの顔を見て腑に落ちたように冷静になった。なんだ。一体、何に気がついたんだ?



「あんた、私が羨ましいのか」



 ……花弁を乗せた風が、モモコとヒナの間を通り抜けて行った。



「私がシロウさんと二人で花を見てるのが羨ましいから、嫉妬してガタくれてるんでしょ。本当は、クロウと二人で来たかったんでしょ?」

「ち、違いますよ! ヒナはそんなに傲慢な女じゃありません! クロウ様と一緒ならどうだっていいんです!」

「なら、あんたって人を本気で好きになったことないんだね」

「……あ、あ、あぁ!?」

「可哀想」



 同情は、決定的な一撃だった。



 先程まで余裕な笑みすら浮かべていた顔を真っ赤にしてブチギレたヒナは、原始的な動きで花畑を走りモモコに殴り掛かる。しかし、彼女はそれをスルリと躱してハイキックで応戦。更にガードして受け止めたヒナは、牙を剥き出しにして吠えるように言った。



「あ、あんたに何が分かるんですか! ヒナにはこれで満足なんですよ! あの地獄から救ってくれたクロウ様に、これ以上を求めることなんて出来ないんですよ!」

「いや、私に言い訳されても困るし。なんていうか、ライバルにすらなってないから話も出来ないよ?」

「ふざけやがってぇ!!」



 ヒナの拳が顔面にヒットした瞬間、モモコも負けじとクロスカウンターを叩き込んで互いによろけた。そんな様子を、シロウさんは静かに見ている。一方で、クロウはシロウさんを睨みつけ、セシリアは不安そうにクロウを見て、アカネは腕を抱き俯いていた。



 相変わらず、歪な関係だ。



「いいよ、殴り合いなら付き合って上げる。私は、アオヤみたいに口で戦うのは得意じゃないし」

「上からモノを言ってんじゃないですよ! このブス!」

「な……っ! だから! 私はブスじゃねぇって言ってんだろ!! このペチャパイ!!」



 それは怒るのか。



「ヒナはペチャパイじゃない!!」



 叫ぶと同時に、モモコはヒナの顎を目掛けてアッパーを繰り出す。それを躱したヒナは、サマーソルトキックでモモコの体を弾き飛ばす。花畑に倒れた彼女を、すぐさま抑えつけるように飛び掛かったが、しかしモモコは迎え撃って腹を蹴り上げブッ飛ばした。



「このヤロー……っ」



 お返しと言わんばかりにマウントポジションを取って、ヒナの顔面を五発もブン殴る。六発目を必死で避け腕を逆十字に固めたヒナは、モモコの振り払いを避けると立ち上がろうとする彼女へ膝立ちのまま強烈な回し蹴りを顔面へ炸裂。再び、モモコは吹っ飛んで地面に突っ伏し、更にヒナの追い打ちのサッカーボールキックが細いウェストを捉えた。



「はぁ……っ。はぁ……っ」



 立ち上がり、睨み合い、またしても打撃戦。最初は格闘術を見せつけ合う攻防戦だったが、インターバルの無い戦いに段々と余力を奪われていく。今では、互いに互いの攻撃を避ける余力が残っていない。息を切らしながら、振りかぶるような雑な一撃を交互に繰り出している。



 ――ゴッ!! 



 顔面を捉える拳の音が、規則的に美しい花畑に響く。もう、何発やりあったのだろう。顔面を真っ赤に腫らしてボコボコになった女の子が二人、プライドをぶつけ合う戦いもようやく終わりを迎えようとしていた。



「死ねぇ!!」

「テメーが死ね!!」



 これまでで一番大きな打撃音の後で、二人は同時に花畑に倒れた。勝負は、ダブルノックダウンで引き分けだ。



「いい戦いだったな、モモコ。ナイスファイトだ」



 すぐさま、シロウさんはモモコの元へ歩きゆっくりと跪いた。



「……し、シロウさん。……と、止めないでくれて。ぜぇ……っ。ぜぇ……っ。ありがとう、ございます……っ」

「当たり前だ、こういう譲れねぇバトルは止めねぇよ」



 言いながら、彼は彼女をお姫様抱っこで持ち上げ微笑む。それが何よりのご褒美であると、流石に自覚してあげて欲しいモノだ。



「えへへ、幸せ……」

「おい! シロウ!! また逃げ――」

「ヒナのこと、看病してやれよ」



 厳しい声で言い放ち、シロウさんは踵を返して街へ向かう。一方で、ヒナに一番に駆け寄ったのはアカネだ。クロウは、自分のために戦ってくれた女の子よりもシロウさんへの恨みを優先したと言うのだろうか。



 ……いいや、違う。



 あいつは、既にヒナの回復を終わらせている。アカネの肩を借りて立ち上がった彼女は元の綺麗な顔だ。クロウの回復スキル"リザレクション"は、欠損まで含めたすべての傷を即座に元の状態へ巻き戻すティアSの代物なのだ。



 けれど、治るのは体の傷だ。むしろ、深刻なのは立ち上がって今の幸せそうなモモコを見せつけられた心の傷だと俺は思った。



「どうして、ヒナの傷を治したんですか……」



 クロウには聞こえないくらい小さな声で、ヒナは辛そうに呟く。全能の力が、明らかに負の方向へ作用している。モモコが羨ましくて仕方ないと、俯いていた表情が痛いくらいに語っている。



 それは、決して看病ではないのだ。



「……っ」



 しかし、治してしまえるクロウは気付かない。それどころか、ヒナに戦いを褒める言葉も掛けずに、ただ去っていくシロウさんを睨みつけている。ひょっとすると、なぜ殴り合いが始まったのかも、天才のあいつには分かっていないのかもしれなかった。



 完璧に治せてしまうということは、つまりこういうことだ。すべてのことに意味を見いだせない。それが、クロウの明確な弱点であり苦悩なのだろう。



「いやぁ、凄い戦いでしたね。解説のキータさん」

「はい、実況のアオヤさん。俺は、モモコのことは絶対に怒らせないようにしようと思いました」

「うはは、僕もっす。でも、ただのデートよりいいモンが見れて満足っすよ」



 その後、クロウはようやくヒナに労いの言葉をかけた。すっかり元気になっている彼女は、しかし一度俯いてから顔を上げ、歪な笑顔でクロウを心配させまいと返事をする。



 俺たちは、それを見届けてから花畑を後にした。

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