第25話

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 ようやく辿り着いたチェンバーの付近のダンジョンだが、どうやら今までのモノとは事情が違ったらしい。



「……あなたは、勇者のシロウですか?」



 なぜなら、中には調査クエストに駆り出されマスターとチーフのみで構成された一流の冒険者パーティがいたからだ。



「よぉ、確かマスター冒険者のレターズだったな」

「わ、わたしを知っていてくれているのですか。光栄です」

「今、王都で一番の勢いのある冒険者だって王様に聞いたよ。若いのにやるじゃないか」

「い、いやぁ。あなたにそう言ってもらえると嬉しいです、ありがとう」



 レターズと呼ばれた、マスターのバッジを襟につける二十代後半で長髪の男冒険者は、そのやけに美形な造形に似合わない照れたような様子で小さく笑った。



「それで、どうしてここに冒険者がいるんだ? 悪魔の住み着くダンジョンには、冒険者たちは近寄らないモンだと思っていたが」

「その悪魔が討伐されたからに決まっています。……というか、あなたたちが攻略したからわたしにダンジョン調査のクエストが発注されたのではないのですか?」

「いいや、ここはまだだ。俺たちは、エリュシオンから旅して昨日ようやくチェンバーに着いたばかりなんだぜ?」



 すると、レターズさんは顎に手をやって不思議そうに首を傾げた。



「妙ですね。確かに、悪魔討伐の手続きがチェンバーの冒険者ギルドで行われています。だからこそ、わたしたちは王都から派遣されてきたのですよ?」

「なら、俺たち以外の誰かが悪魔を殺したってことだな」



 その心当たりに、マスターランクの冒険者が思い当たらないハズもない。レターズさんは、驚嘆の表情でシロウさんに向き直った。



「まさか、例の追放された黒い剣士ですか」

「だろうな。他に、悪魔を殺せる人間なんて思い浮かばねぇよ」

「いや、本当に驚きました。公開されているステータスを見てなにかの間違いかと思っていたが、どうやらあの数値は本当らしいですね」



 しかし、それにしてはレターズさんたちが殺したであろうモンスターの死体が多い。恐らく、クロウは大した探索をせずに分け身の悪魔を殺してしまったのだろう。



 本当に、悪魔を殺して俺たちの邪魔をすることしか考えていない。まったく、迷惑極まりない男だこと。



「ハッキリ言って、調査用に揃えたメンバーでは強敵の対処に困っていたのです。みんな消耗して、これ以上は進めそうにない」

「なら、あとは俺たちに任せろ。静かになった後で、ゆっくりダンジョン探索を楽しむといい」

「……噂通りのお人だ。地上とは違う凶暴なモンスターを相手に、そんなに余裕でいられるとは」

「ただの慣れだよ、レターズ」



 そんなワケで、俺たちは悪魔不在のダンジョンを進むことになった。目的の無い危険というのは実に不毛で虚しいような気がするが、この尻拭いもきっと勇者の仕事であり、それを手伝うことが俺の使命なのだ。



「よろしく頼みます」

「あぁ」



 岩の階段を降りてしばらく行くと、その先には牙を剥き出しにしたモンスターたちが睨み合っていた。周囲には、傷ついた別のモンスターも倒れている。どうやら、人間の関係ないところで一悶着あったらしい。



「どういうことっすか?」

「縄張り争いだよ。悪魔の存在するダンジョンの中では、例外的に魔界のルールが適応される。地上を生きる自由な野生モンスターたちと違い、ここの連中は分け身の悪魔の指示の元に侵入者を阻むワケだからね」



 指で三人に指示を出しながら、静かに状況開始のタイミングを伺う。



「なるほど。つまり、あいつらは新しいボスを決めようとしているワケっすか」

「その通り。気が立って凶暴化してるから、いつもより気を付けてね」

「はいっ!」



 返事とともに、突撃の合図をかけるとアオヤとモモコが両サイドに展開し、モンスターの元へシロウさんが突っ込んで行く。恐怖によるプレッシャーをバラ撒くと、争い合っていた二体は示し合わせたようにシロウさんに注目してけたたましく吠えた。



 フェンリルとミノタウロス。旅の始まりの頃のダンジョンでは、中層のボスを担っていたほどのモンスター。ウェイストに近づくほど、ダンジョンのモンスターも強力になってきている。



 しかし、本気で神経のイカれた戦士たちにとって、咆哮による威嚇などわざわざオープニングアタックを献上してくれているような愚行だ。眼前に迫るシロウさんに反応が遅れながら、ミノタウロスが焦った様子でダンビラを振り下ろす直前――。



「半歩後ろ」

「了解」



 当然、それは空を斬って完全に隙を生み出す。すかさずフェンリルがシロウさんに噛み付こうと突撃したが、彼はダンビラを思い切り踏み付けたままフェンリルの口を両手で掴んで両開きにし受け止めて、二体を力任せに拘束した。



 剣すら抜かずに抑えつけられ、モンスターたちは更に動揺を見せた。



「アオヤ、あんたはそっち」

「わーってるよ」



 フェンリルの土手っ腹へ、アオヤの鋭い槍が深々と突き刺さる。その瞬間、シロウさんは獣の体を覆い被さるように掴むと地面に埋まる岩へ思い切り投げつけた。



「ギャ……ッ」



 凛々しい獣の、あまりにも情けない声が漏れる。そして、シロウさんが離れたことによってモモコの大技のチャンスも到来。地面からダンビラを引き抜こうとするミノタウロスの元へ、やや下の角度からフレア・ネクスを発動。



 ――ジュ……。



 ミノタウロスの右半身が吹き飛んで、断面からは鈍く焼き焦げた肉の匂いが香ってくる。最後に、シロウさんが組み伏せたフェンリルの首の骨をへし折って戦闘は終わった。



 服についた砂埃を払う姿を、モンスターたちは怯えた表情で見ていた。モンスターの感情というのは、案外地上の動物よりも分かりやすいモノだ。シロウさんを捉える目は、ただ生き延びたいと願っているようにしか見えなかった。



 それは、魔王から受ける寵愛に喜びを返すための機能だったのかもしれない。



「逃げる奴は見逃せ。地上の野生モンスターと同じように、勝手に暮らすようになるだろ」

「分かりました」



 特に問題もなく最深部へ辿り着いた。



 いつ見ても大袈裟で仰々しい石の扉だか、これも重さを使った原始的なセキュリティシステムだ。例えどれだけ鍛えても、並の人間ではこの扉を開くことなど絶対に出来ない。



「よっと」



 そんな、何トンもある扉をシロウさんは軽々と開き悪魔の部屋へと入っていく。続いていき、ふと天井を見ると、そこには上層まで続いている不自然な穴がポッカリと口を開けていた。



 なるほど、クロウはあそこから入ってきたというワケか。



「……悪魔の死骸は?」



 疑問を口にすると、アオヤとモモコが武器を持って構える。しかし、シロウさんは部屋の奥へ向かい破壊痕にも似た穴の一つを眺めるだけだ。



 そこは、更に奥へと繋がる道になっている。どうやら、悪魔はそこへ逃げたらしい。二人も続いて目を向け、ゆっくりと歩きながら機会を伺った。



「もしかして、地上に出たのかな」

「……いや、まだそこにいるっすよ。こいつは、間違いなく悪魔の匂いっす」

「どうやら、心臓を抜き取っても死んでなかったみたいだな。トドメを刺すには、やっぱり宝具が必要ってワケか」



 松明に火を付けて奥へ投げ込むシロウさん。そこには、何かを守るようにして蹲る三メートルほどの悪魔の姿があった。肉体を見るに、どうやら女の悪魔らしい。



 こいつらに性別があったことを、俺は初めて知った。



「行くんですか? なんだか、空気がいつもと違っていて嫌な予感がします」

「心配するな、モモコ。ヤバそうなら、今度こそブッ殺しておくよ」



 言って、中へ入って悪魔の元へ静かに近づいていく。そして、彼は悪魔を見下ろすと、幾つかの言葉を交わし、震えながら振り向いた悪魔から何かを受け取った。



 そして、シロウさんの手によってトドメを刺され、悪魔は静かに生命を終えていく。微かに放出されていた瘴気が消え去り、後には爽やかな空気だけが漂っていた。



「何を、受け取ったんですか?」

「赤ん坊だ」



 ……なんですって?



「どうやら、ここにいたモンスターと分け身の悪魔のガキらしいぜ」



 穴蔵から出て来たシロウさんの胸には、確かに悪魔の赤ん坊が眠っている。獣の耳に浅黒い肌と悪魔の目を持つその子は、静かに目を開けるとシロウさんの指を掴み無邪気に微笑んだ。

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