第24話

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 シロウさんは、冒険者ギルドへ『月光蝶の捕獲依頼』のクエストを発注した。月光蝶は、ナベル・ロックに生息する珍しい蝶で、その体は一時的に使用者の能力を激的に上昇させる効果がある。



 難易度はゴールド、条件は四人以上のパーティ。受け渡しは三ヶ月後で場所はシナトラという東洋の街。報酬は、拘束時間も考慮しゴールドランクにしては破格の三百万ジェルだ。



 ……有り金はミランダさんへの報酬で消えるのに、その金はどこから?



「ミレイに事情を聞いたよ。俺からの依頼なら、彼女たちがワケの分からん人間とパーティを組むようなこともないだろう」

「そうですね」

「まぁ、辛い現実を見せちまった罪滅ぼしってヤツさ。さっき、無事に彼女たちが受注したってギルドから連絡あったぜ。ホールマスターとの癒着って点には目ぇ瞑ってくれや」

「もちろんです。ありがとうございます、シロウさん」



 ……ありがとうって、何が『ありがとう』なんだか。自分がまるでバカみたいだ。



「行こうか」

「えぇ」



 アオヤはが、やたらと馴れ馴れしく俺の肩を組んでヘラヘラし、モモコもニパーっとした似合わない笑顔を張り付けている。一体、どうしたというんだろうか。



「気味が悪い」



 俺がいない間に、ミレイから何を聞いたんだ。というか、ヒマリは彼女に何を話していたと言うんだ。皆目検討つかない不気味な雰囲気に、俺は戸惑いながらマントへ顔を埋めた。



「春っすね、先輩」

「はぁ?」

「ヒマリさんっていい人ですよね、先輩?」

「ねぇ、その先輩ってのやめてくれる?」



 妙な雰囲気に戸惑いつつ、工房へ辿り着くと義肢装具を取り付けることになった。



「こいつは、あんたらが持ってきたドラゴンの目を人間用に改造したモンさ。キー坊、これを付ければあんたは人を超えた力の先触れを手に入れることになる」



 どうやら、ミランダさんは自分の作った装具を身に着けている人間を自分の子供だと考えるようにしているらしい。最初から両親のいない俺としては、こそばゆくて不思議な感覚だった。



「ドラゴンの力って、具体的にはどんな力なんですか?」

「知らないよ。なにせ、こんな素材を義眼に使った前例なんて無いからね。そいつは、あんたが戦いの中で見つけていきな」



 要するに、俺はモルモットというワケだ。



 どんな力があるのか分からないが、俺がイキり散らせばドラゴンの目を手に入れようとして人間と共存している温厚なドラゴンを狩り出す連中が現れそうだし、能力は仲間内だけで公開するとしよう。



「いくよ、キー坊」

「あいだだだだだだっっ!!」



 なんだこれ! いってぇ!!



「ほら、シロ坊も。あんたの義手も、ドラゴンの素材を使った特別製だよ」

「いでで!」



 あまりの痛さに意識を集中出来ないでいたが、しばらく耐えていると右目に妙な感覚があることに気が付いた。意識をしてみると、そこにはなんの景色も映らない暗い世界。



 一見、脳が目の存在を錯覚しているだけにも思えたが、これは違う。何も映っていないだけで、俺には何も無い暗い世界が見えているのだ。



「どうだ、キータ」

「……不思議な感覚です。なにか、既視感のようなモノを植え付けられた気がしています」

「既視感? 前にも、こんなことがあったっていうのか?」

「いいえ、そんなハズがないのですが」

「なら、そいつはウォーグローのスキルってことなんだろう。あいつ、確か戦闘中に時間と存在についてブツブツ言ってただろ」



 ……確かに。



「既視感ということは、キータの左目には先の未来が見えているのかもしれねぇ。ただ、今は能力に適応していないから、解像度の低い暗闇の世界が映し出されてるんじゃねぇかな」

「つまり、目に映っているけど脳が認識していない状況。ということですか」

「あぁ。前に、似たような症例を見たことがある。義眼には不思議な現象が付き纏うみてぇだ」



 納得して、俺は再び眼帯を装着する。閉じてしまえば、既視感はないみたいだ。



「シロウさんの左腕には何か能力はないんすか?」

「あるよ、とっておきのカラクリを仕込んでやったわい」

「婆さん、勝手なことすんなよ」

「ひっひっひ」



 見てみると、どうやら手首のあたりに歯車と小型のポンプのようなモノが取り付けられている。更に、手首の裏に隠されるように設置されたコックを開くと、そこに何かを装填する穴が設置されていた。



「ありったけ、炸薬を詰め込んでおきな。そうすりゃ、一撃必殺の強力なパンチが撃てるようになる。その腕はドラゴンの素材とアダマンタイト特殊合金を組み合わせた超一級品さね、例えこの世界が滅んでも壊れたりしないよ」

「へぇ、面白いな」



 面白いって、それは流石に人外過ぎませんかね。



「あんたが呼吸をするたびに、内蔵したポンプで圧力を溜める仕組みになってる。炸薬と圧力のエネルギーで握った拳を音速に加速させ、悪魔をブチ抜くって寸法じゃ」



 確かに、ミランダさんは世界一の義肢装具士だ。音速ともなれば、通常の兵器でも悪魔にダメージを与えられる力は十二分にある。



「パンチが使えるようになるまで、どれくらい圧力が必要なんだ?」

「シロ坊の肺活量でも一日は掛かるよ。因みに、溜まった時にだけ炸薬装填のコックが開くようになってる」

「なるほど、一日に一発だけの必殺技か。使い所が重要そうだ」



 興味深そうに腕を見つめるアオヤが、やがてヘラヘラと笑ってシロウさんの腕をツンツンと突っついた。



「また一つ、人間から遠ざかったっすね」

「頼もしいだろ?」

「はい、メッチャ頼りにしてるっす」



 久しぶりに緊張感のほぐれた状況だったが、身に余る力を手にしつつある自覚のある俺は、彼にどうしても伝えたいことが一つあった。



「例え、俺がどんな力を手に入れようと絶対にシロウさんのことは裏切りません」

「分かってる。それに、もしお前に裏切られたなら、俺の器量がその程度だったと思うさ」



 間髪入れないその返答に、俺はまた一つシロウさんに尽くす理由を見つけたような気がした。



 早く、チェンバーへ向かおう。みんなのために、俺の目とシロウさんの腕を組み込んだ戦略を編み出さなければ。

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