第22話

 022



「おい、シロウ」



 ……なんか、当然のようにクロウが声をかけてきた。せっかく楽しく食事をしていたのに、こいつに絡まれればすべてが台無しだ。



「よう、クロウ。今回は、割と久しぶりだな」

「……その腕、どうした?」

「義手がぶっ壊れちまってよ、今は新しいのを作ってもらってる最中なんだ」



 すると、クロウはニヒルを潜め黙ってしまった。今さら、欠損程度の痛みなど見慣れてきているというか、そもそもシロウさんの左腕が無いことは知っているハズなのだが。



「なんだよ、今ブチ殺しても面白くないじゃないか」



 そう呟いて、クロウのパーティは俺たちと連結したテーブルに座った。用が無いなら、とっとと帰って欲しいことこの上ないというのに。



「何と戦ったんだ」

「ウォーグローだ、手強かったぜ」

「ふん、ドラゴン程度でそのザマとはな。まぁ、お前の周りがザコだらけの中、左腕だけなら運が良かったと言うべきか」

「はぁ? あんた、いつまで私たちが弱いと思ってんの? その情報、流石に古過ぎなんだけど?」



 モモコが噛み付いた。珍しい。



「ザコはザコだろ、シロウの負傷はお前たちの実力不足のせいだ」

「……そこは認めてあげる。でもね、あんたんところの女共と違って私たちはちゃんと戦って強くなってんのよ。まぁ、一人ぼっちのあんたには協力して戦うなんてこと理解出来ないだろうけど」

「なんですって!? ヒナたちだってクロウ様のために戦ってますよ!!」



 やはり、ヒナはモモコに対抗意識を燃やしているようだ。アオヤや俺が言ったことには黙っていられても、モモコの言葉には耐えられないといった様子が今の行動に現れている。



「なに? 見たところ、いい装備してるみたいだけど。まるで、ブランド品で固めただけの中身空っぽなお人形さんにしか見えないよ?」

「は、はぁ!? あんたこそ、ちっとも宝具に相応しくない見た目ですよ! このブス!」

「ブスじゃない!!」

「ブスですっ!!」

「ブスじゃないってば!!」



 ……低レベルなやり取りだ。



 まぁ、年頃を考えれば相応なのかもしれないけど、それよりもこの子たちって本当は仲良くなれるんじゃないのかと思った。



「あ! やっと見っけた!」

「ひ、ヒマリ?」



 もう既にややこしいことになっているのに、更なるエクスキューズが頼みもせずやってきた。ハイボルで別れたハズのヒマリが、見知らぬ魔術師風の女性を連れてやってきたのだ。



 ヒマリと一緒ということは、彼女も冒険者なのだろう。フレイルになっている杖を持った紫髪の魔術師。モモコともクロウとも違う、東洋風の神秘的な雰囲気が漂っていた。



「なんか、随分と大所帯になってない?」

「ふざけるな、俺は仲間じゃない」

「じゃあ、あなたは誰なの? シロウさんの味方?」



 無知が罪というのは俺の持論だが、この時ばかりはヒマリのオープンな社交性がありがたかった。クロウは俺たちにとってなんなのか、あいつ自身の口から聞くいいチャンスだと思ったのだ。



「……敵だよ」



 女の子には優しいのな、お前。



「えぇ? じゃあ、なんでキータたちと一緒にいるの? あたしの知らないところでなにがあったの? ねぇ、教えてよキータ!」



 ……ウザいなぁ。



「あっ! でも、先にあたしの友達を紹介するね! 占星術師のミレイちゃん! 因みに、冒険者ランクはあたしと同じゴールド!」

「よ、よろしくお願いします。あの、勇者のシロウさんですよね?」

「あぁ」

「他の皆さんもそうですが、世界を救って頂いてありがとうございます。機会があったら、是非ともお礼を言いたいと思ってたんです」



 ちょっと感動だ。



 そう、これだよ。周りがおかしいだけで、本来なら誰もやりたがらない勇者をやって世界を救おうとしているのだから、普通の反応はミレイみたいなモノのハズなんだよ。



「それで、どうして敵がいるの? もしかして、好き避け?」

「なぁ、キータ。スケキヨってなんだ?」



 シロウさんが、小さな声で聞いてきた。



「好き避けですよ。好きだからこそ逆に遠ざけたり蔑ろにするっていう、精神が未成熟な人間の特徴です」

「へぇ」

「何が好き避けよ、クロウ様は勇者を心から憎んでるの。いきなり割り込んできて、適当なことを言わないでちょうだい」

「でも、同じテーブルで食事してるじゃない」



 ふと気が付くと、アオヤはミレイとアカネと三人でメニューを決めていた。アカネもそうだが、自由奔放なヒマリと気が合うだけあって、ミレイもマイペースな人間に足並みを揃えるのが得意らしい。



「そ、それは……」

「クロウくん、だっけ? きみは、どうしてシロウさんのことを恨んでるの?」

「勇者パーティをクビにされたからだよ」



 答えあぐねているクロウの代わりに、俺が端的に答える。



「え? それが全部?」

「そうだよ」

「……ん〜。なんだろ、なんか釈然としないなぁ」

「どうして?」

「だって、今は新しい仲間と楽しく? やってるんでしょ? だったら、別に過去のことなんてどうでもよくない? むしろ、変わるチャンスをくれたって解釈も出来るんじゃない?」

「それは、個人の価値観によるんじゃないか?」

「まぁ、そうだけどさぁ。なんていうか、上手く言えないけど変な感じ。ちゃんと話し合えば、そうなる前になんとかなったと思うんだけどなぁ」



 ……なるほど。



 彼女は、そういう人なのか。



「シロウさん、もう一回だけ話し合ってあげたらどうですか?」

「ふざけるな! どうして俺が話してもらわなきゃいけないんだ!? 大体、もうそんなことでシロウを許したりなんて出来ない! 絶対にブチ殺すまで俺の復讐は終わらないんだよ!!」

「そ、そっか」



 ヒマリは、ビビって黙ってしまった。



 ほとんど普通の女の子だから、流石にそういう圧力には耐えられないようだ。そういう弱さも含めて、なぜ彼女がバルトにあれだけ気に入られたのかもよく分かった。



 ……だが。



「みっともねぇマネしてんじゃねぇぞ、クロウ」



 俺は、思わず立ち上がっていた。



 なぜ、自分がそんなふうに熱くなってしまったのかは分からない。ヒマリが悲しんでしまったことを、こんなふうに咎める理由が見つからない。、みんなの意見を傍観して、それを嚙み砕いたり注釈を入れたりするだけなのが俺のスタイルだったハズなのに。



 俺は、自ら争いを呼び込んだのだ。



「なんだよ、ザコがイキがるんじゃないぞ」

「き、キータ。何も知らないあたしが口を挟んだのがいけないんだよ」

「黙ってろ。おい、お前は自分が強いことが自慢みたいだけど、それの何がそんなに偉いんだよ」



 もう、止まれない。ずっと溜め込んでいた俺のストレスが、洪水のように口から放出されていく。



「強さを使って何かを成すから、人は強さを称えるんだろ。それを、お前がやってることはなんだ? クビにされた憂晴らしにストーカー紛いの旅をして、その先々でお前に強く言い返せないシロウさんに文句垂れまくって。挙句の果て、最強を振りかざして何も悪くない女の子に恫喝か? お前、生きてて恥ずかしくねぇのか?」

「ザコの言葉は響かねぇよ!」

「だったら、まずはそのザコの一匹くらいブッ殺してみたらどうだよ!? お前、シロウさんにガタガタ言ってる割には毎回なんにもしないで帰っていくじゃねぇかよ! そんなふうに口ばっかだから、シロウさんにすら見放されてんじゃないのかよ!?」



 黒い剣先は、いつの間にか俺の目の前にあった。



「やれよ」



 ……剣は、俺の右目を貫いた。



 ヒマリが悲鳴をあげ、ミレイも腰を抜かし椅子から落ちる。ポタリポタリと血が刀身を流れ、テーブルの上に流れる。しかし、もうあと数センチ押し込めば脳みそを破壊するその剣は、それ以上俺の中へ入ってくる気配がない。



「それが、お前の最強の限界だよ」



 剣を掴み、手を傷つけながら眼球ごと引き抜く。熱い感覚が全身を支配し、今まで見えていたモノが消え去っている。ヒナとセシリアは言葉を失い、アカネはクロウの体を抑えて何かを叫んでいた。



 勇者パーティは、いつも通り。誰一人として、狼狽える者はいなかった。

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