第21話
021
チェンバーへ行く途中の戦闘にて、シロウさんの左腕が破壊されたので修理するために機械の街メカトロへやってきた。
駆動する歯車と大きな時計塔が特徴のメカトロは、歩いている人間も職人ばかりで気難しそうな空気が流れている。ここに、昔から付き合っている義手の整備士がいるらしいが、どうもシロウさんは及び腰であった。
「おっかねぇんだ」
「お、おっかない? シロウさんの顔がっすか?」
「いや、その整備士の婆さんだよ。下手すれば、王様より頭が上がらねぇのさ」
信じられない。
まさか、シロウさんが恐れる生物がこの世界に存在しているとは。おまけに、それが人間の女性だとは。俺は、にわかに信じがたい話に興味をそそられつつ、滞在する間の宿を探した。
「行きたくねぇなぁ」
「いや、行きましょうよ。マントで隠してるから目立たないとはいえ、今のあなたには左腕が無いんですよ。そんな不便な体で過ごさないで下さい」
「ううむ……」
シロウさんは、ステータス鑑定をしにきた冒険者ギルドホールの酒場に座ると、まるで椅子に根を生やしたかのように動かなくなってしまった。
「シロウさん、流石に腕は直しましょう。私も一緒に行きますから」
「う、うむ……」
「ここまで来たんすから、ちょっと診てもらうくらいいいじゃないすか」
「まぁ……」
まったく。
「もう、子供じゃないんですから駄々を捏ねないでください。自分の体のこと、ちゃんとしなきゃダメですよ?」
「あー……」
「魔王を倒せなくてもいいんですか? 最後までその腕でいるんですか?」
ソフトドリンクで死ぬほど粘った挙げ句、シロウさんはようやく重い腰をあげトボトボとギルドホールを出た。周囲は、いつの間にか夕方になっている。もしかして、『営業時間を過ぎた』だなんて言って誤魔化すつもりじゃないだろうな。
「すまん、婆さんの工房の営業時間が終わっちまった」
「シロウさん?」
「……う、嘘だよ。そんな怒るなよ」
三人でプレッシャーをかけると、シロウさんは覇気のない顔で俯きダウンタウンの裏路地の方へ歩き出した。寄り道して迷ったとでも言い出すんじゃないかと思って不安になったが、どうやら観念して目的の工房に来ていたらしい。
彼は、店の軒先で立ち止まると、死ぬほど嫌そうな顔でため息をついた。
「行くかぁ……」
ようやく覚悟を決めたシロウさんが、古くなった金属製の扉をギギギと開く。そして、「婆さん。俺だ、シロウだ」と挨拶をすると、突如として奥からスパナがシロウさんの顔面めがけて吹っ飛んできた。
「あいだっ!」
「こらぁ! シロ坊! あんた五年も連絡の一つ寄越さないでどーこほっつき歩いてたんだい!! 今さら来たって許しゃしないよ!!」
「ひぇ……っ」
お、恐ろしいお婆さんだった。
前を開いた作業服に袖を通し、黒い髪を一本にまとめゴーグルを首にかけた七十歳くらいの彼女だが、その迫力がシャレになっていない。どう贔屓目に見たって平均的な女性の体躯のハズなのに、四十センチ以上大きなシロウさんか小さく見える。
一体、俺たちの目の前で何が起きてるんだ?
「……ん、あんたたちは?」
「あの、シロウさんの仲間です。魔王を倒しに――」
「こらっ! 若い子の前でみっともない恥晒してんじゃないよっ! 恥ずかしくないのかい!?」
「いでっ!」
「ごめんね、シロ坊が無茶してないかい?」
「い、いえ。その、はい。大丈夫っす」
シロウさんが不憫過ぎて、あのアオヤが言葉を濁した。正直に「いつも傷だらけっす」だなんて言ってしまえば生身の体まで解体されかねない。そんな危機感があったのだろう。
「無茶しないで魔王が倒せるかい!! このバカたれ!!」
り、理不尽過ぎる……。
「も、もう叩くな。俺が悪かったから」
「だったら最初っからちゃんとやりな!!」
ついでにもう一発ぶん殴られ、シロウさんはすっかり凹んでしまった。具体的に言えば、クロウを追放した時と同じくらい凹んでいた。
このお婆さん、一体何者なのだろう。
「紹介する。彼女はミランダ、世界一の義肢装具士だ。俺が生身の体と同じように剣を振り回せる腕を作れた職人は、ミランダの婆さんしか居なかったんだ」
シロウさんの鬼神の如き剣捌きは、もう嫌と言うほど目にしている。考えてみれば、確かにあの衝撃に耐えきる義手を作れる人間などそうそういるワケがなかったのだ。
「アップタウンに、ワームズ・インダストリアルという世界一を謳ってる工房もありましたが」
「あれは偽モンだ。このダウンタウンには、アングラを好む本物が住んでる。婆さんは、そのうちの一人さ」
「ふん、おだてたって許しゃしないよ」
その割には嬉しそうだ。多分、シロウさんのことをちゃんと知っている人なのだろう。
「それで、どうしたんじゃ。整備でも依頼しに来たのかい?」
「いや、新しいのを頼みたいんだ」
シロウさんは、恐る恐るマントを捲って左腕を晒した。それを見たミランダさんは、目を丸くしてシロウさんの顔と腕があるハズの場所を交互に見ている。
「驚いたね。あんた、何と戦ったんだい?」
ミランダさんは、怒らなかった。それどころか、シロウさんの腕の切断面を優しく撫でて心配したように彼を見上げたのだ。
「原因は悪魔との戦闘の蓄積だと思うが、決定的だったのはドラゴンだ。イカれちまった"ウォーグロー"が山から降りてきたところに、偶然俺たちが通りかかったのさ」
悪魔にも匹敵する実力を持つドラゴンは、敬意と畏怖を込めて一体一体に個別の名前をつけられている。エルフ並の高い知能を持つため、通常では人間との共存を努めているドラゴンだが、極稀に膨大な知識と自己矛盾により気が触れて人間を襲うドラゴンが現れる。
今回、俺たちが戦ったウォーグローは二千年もの長い年月を生きたドラゴンだった。しかし、彼は恐らく何かしらの真理を見つけてしまったのだろう。時間に関する言葉をブツブツと呟きながら、虚ろな目で俺たちを襲ったのだ。
「ウォーグローかい。こりゃまた、大物をブッ殺したモンだねぇ」
「お陰で金はあるんだ、幾ら掛かっても構わない」
「なんじゃ、前回のミスリル合金製じゃ不満かい?」
「魔王の攻撃には耐えられねぇ可能性がある。もっと丈夫な腕を頼むよ」
「……クク、血が騒ぐねぇ。いいじゃろう、有り金を全部寄越しな。あんたの全身が吹っ飛んでも残ってるような、頑丈な腕を作ってやるわい」
「恩に着るよ、婆さん」
頭を下げると、ミランダさんはシロウさんの頭をガシガシと撫でた。もしかして、シロウさんが俺たちを褒めるとき大袈裟に頭を撫でるのは、ミランダさんの影響だったりするのだろうか。
「有り金を全部ってのは、流石にボリ過ぎじゃないっすか?」
「ひっひっひ。いいかい、坊や。金はな、よく燃えるんじゃ。多ければ多いほど上質な火が生まれるんじゃよ。ガメついのは、わしじゃなくて鍛冶の神さね」
お、おぉ。この人も大概ヤバいなぁ。
「二週間だ。それまでは、この街でノンビリしておきな」
「分かった。残しておいたドラゴンの素材を置いておく、他にも必要なモンがあったら言ってくれ」
「これだけありゃ十分。とっておきのインゴットと金の火があれば、他には何もいらないわい」
そんなワケで、俺たちはミランダさんの工房を後にしてメカトロへ繰り出した。
「シロウさん。なんで、ミランダさんに頭上がらないっすか? 単なる客と職人って話じゃないっすよね?」
「……その話は、また今度するよ」
とにかく、疲れ切ったシロウさんはタバコに火をつけて深くため息を吐いた。今までのどの瞬間よりも安堵したような表情が、なんだかおかしくて笑ってしまった。
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