第20話
020
エリュシオンのダンジョンを攻略した俺たちは、次なる目的地であるチェンバーへ向けて歩いていた。ここからチェンバーまでは六万キロメートルもある。そんな距離を陸路で行くというのだから、中々に骨の折れる話だ。
「シロウさぁん」
「どうした、モモコ」
「あのですね、私ですね。さっき、珍しい花を見つけたんです摘んできたんですよ。これ、シロウさんにあげますね?」
言いながら、桃色の小さな花を渡す。あれは、確か"スモルブロム"だったっけ。
「……なんだ、これ。食べればいいのか?」
「またまたぁ。これはですね? とってもいい匂いがするんです。あと、花言葉に秘密があってですね? きゃあ!」
「きも」
「あぁ!? テメー、アオヤ! 今なんつったんだよ!?」
恋愛経験の無さがモロに出ているせいなのか。モモコは、デレ過ぎて本当に意味の分からない拗らせ方をしていた。エリュシオンを立ってから、何かを思い出す度こんなふうに浮ついていてシロウさんにダル絡みをしている。
きっと、俺たちの聞いていないところでエラく元気づけられてしまったのだろう。そういえば、アクセルの受付嬢もそうだった。他意はないとはいえ、シロウさんは罪な男だ。
因みに、スモルブロムの花言葉は『密かな恋』である。
「いや、キモいなって」
「ちゃんと言い直すな! というか! キモくないから! ねっ!? シロウさん! 私はキモくないですよね!?」
「あ、あぁ」
「普通にキモいよ」
「テメー! アオヤ! 私に喧嘩売ってんのかぁ!?」
戦闘になれば、もちろん悪魔への恨みで戦闘モードへしっかり移行し、仕事をしてくれるから勇者パーティとしての職務に支障があるワケではないので問題はないのだが。
「落ち着け、どうしてそんなに喧嘩腰なんだ」
「だって、アオヤが……」
「どう考えても僕は悪くないっすよね」
こんなふうに、最後に二人が喧嘩して静かになるのを繰り返していた。
タジタジになるシロウさんは、珍しくてそれなりに見応えのあるモノだった。一回り以上歳下の女の子に翻弄される普通のおじさん感があってなんだか面白い。
多分、シロウさんは個に対する感情を向けられることに慣れていないからなんだろうけど。ならば、リラさんとはどうして結婚することになったのだろう。
「まぁ、似たようなやり方で押し切られたんだろうなぁ」
呟いて、一番後ろからパーティの全体を見た。
この半年で、二人は驚くほどに成長していると思う。ポテンシャルは言うまでもなく素晴らしいし、『慣れ』も出来て余裕のマージンを持ちながら戦えているから、先の悪魔戦では少しくらい目を離しても不安にならずに済むようになったくらいだ。
一人一人では敵わないかもしれないけど、この四人でならきっと魔王を殺せる。脈々と受け継がれてきた勇者の系譜をここで終わらせるサポートをすることが、今の俺の使命だと思った。
「なぁ、キータ」
アオヤにモモコを任せたシロウさんが、いつの間にか俺の隣を歩いていた。
「そろそろ、お前も俺たちのことを理解しただろうしよ。前衛の俺が指示を出すより、後衛のお前が司令塔になった方がいいと思うんだよ」
「司令塔、ですか?」
「あぁ。言ってみれば、今の俺たちは目の前の危機に対する瞬発的な戦術を連続させて戦ってるだけだ。連携力というより、アオヤとモモコの戦闘を邪魔しないよう俺とキータが場を整えてるって感じだろ?」
言われてみればその通りだ。俺たちは、おおよそ戦略というモノを持っていない。
「その点、キータが指揮を執ってくれれば俺も攻撃に参加出来る。俯瞰視点で次の次まで相手の動きが分かっていれば、更に効率的にやれると思ってるんだよ」
「なるほど、考えてみれば当然ですね」
「次の戦闘からはキータに任せる。何度かお前のやり方で戦って、慣れてきたら計画を取り入れて戦う。それを繰り返して、チェンバー付近のダンジョンに潜るまでに本格的な『戦略』を獲得していこう」
……嬉しかった。
こんなに嬉しいこと、今までの人生にあっただろうか。今までは憧れて、ただシロウさんの役に立ちたいと思っているだけだったのに。彼は、隣に並べと言ってくれたのだ。
貰ってばかりの俺が、シロウさんに何かを返せる。そんな期待が、いつの間にか胸いっぱいに膨らんでいた。
「……俺、やれますかね」
「やれるさ」
心強い言葉だ。
たった四文字、僅かばかり残っていた迷いを一瞬で吹き飛ばしてくれた。ならば、これまで通り悩む必要なんて無い。俺は、俺に与えられた役割をこなして、その結果訪れた流れに身を任せるだけだ。
俺は、それだけでいいのさ。
「分かりました。それでは、改めてよろしくお願いします」
「おう、頼むぜ」
シロウさんは、ガシガシと頭を撫でて笑った。半分は悪魔なのに、こんなにも温かいのが本当に不思議で仕方ない。
……ひょっとして、悪魔がみんな魔王に従順に付き従うのは、シロウさんのように心強くて頼もしいからではないだろうか。あいつらの社会も恐怖による支配ではなく、本当は魔王が褒めてくれるから頑張っているのではないだろうか。
「さぁ、どうだろうな」
言うと、シロウさんは人差し指で頬ををかいて前を向いた。
まぁ、どうでもいいことだから考えなくてもよさそうだ。
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