第14話

 014



「今の話を聞いて、あなたたちはバカげてると思わないんですか?」



 すると、後ろの一人が代表して答えてくれた。



「ヒマリみてぇな上玉を好きに出来るってんなら、別になんとも思わねぇよ。それに、そいつの剣は俺らが必死こいて手に入れたモンなんだ。いい女だから預けてやってただけで、くれてやったワケじゃねぇ」



 欠けてる俺からすれば、その性欲は少し羨ましいね。



「け、剣は返すよ! だから許してよ!」

「分からねぇ奴だなぁ。俺らは、テメーをブチ犯すって言ってんだよ。許すとか許さねぇとか、もうそういう話じゃねぇんだ」



 ……なんていうか。



 ヒマリって、森の中に煙が上がってるのを見ただけで、縁もゆかりも無い人間を一人で助けに来るような女だし。多分、パーティ内でも散々優しい性格を発揮していたんだと思う。



 だから、例え媚びたようなところが無くても、この男たちが恋愛的、或いは性的な目で見てしまっていた理由はよく分かる。むしろ、媚びてないから自分に気があるんじゃないかと勘違いしてしまった可能性すらあるくらいだ。



 実は、俺にもそういう経験がある。だから、お前らの気持ちはよく分かるよ。



 ……ただ。



「彼女には恩義がある、見過ごすワケにはいかない」

「あぁ!?」

「悪いけど、お前らには罰を受けてもらう。後悔はムショの中でしてくれ」



 瞬間、俺は一番後ろにいた弓使いにサンダーマッシュルームのエキスの入った瓶を投げ付けた。割れて中身を浴びた弓使いは、ビリビリと痺れたような感覚に体を震わせた後で完全にラリって地面に突っ伏しピクピクと気持ちよさそうな顔を見せた。



「て、テメー!」

「ヒマリ! 剣を抜いて右に展開しろ!」



 続いて、ドリームフラワーのエキスを飲みながら鍵爪付きのロープで木に登り、過剰摂取により心拍を無理やり下げて精神を集中させると飛来する火炎に瞬き一つせず、宝具を構えてビームのように一直の射線でバルトの膝に矢を撃ち込む。



「い……っ! ヒーラー!!」

「顎を引っ叩け!! ヒマリ!!」



 叫び、俺は回復術士へ矢を放つ。奴はそれをガードするのに意識を使い、バルトが負傷して統率を失った他のメンバーは俺とヒマリのどちらを狙うべきか迷っている。



 その混乱の中を、先程のホワイトスネークベリーで瞬間的に滑るように移動出来るAGIを手に入ていたヒマリが縫うように進み、バルトの顔面を鞘に収まったままの剣で横薙ぎに引っ叩いた。



「おげ……っ!」



 ヒマリに襲いかかったプラチナ冒険者に対して、ダガーナイフ化させた宝具を投げて手を後ろの木に張り付ける。そのまま、今度は鍵爪付きロープで一気に距離を詰めると飛んだ勢いを使ってロープで木にグルグル巻きに拘束した。



「て、テメー! ナニモンだよ!?」



 質問には答えず、手の甲からダガーナイフを引き抜いて踵を返す。緊張で息も絶え絶え、涙目で必死に戦う彼女にチルザクロの鎮静効果を付与したポーションを投げ渡す。それを飲んで、ヒマリは落ち着いたように深呼吸した。



 ……見事に使い切るモノだ。



「ヒマリを抑えろ!!」



 突っ込んでいくゴールド冒険者を、今度は外したマントを広げ頭を包み、その状態で端を締め上げ背中に背負って首を絞める。呼吸を封じられたことで酸素を求める彼を、残った二人のうち近かった方へ投げ捨てた。



 それに気を取られた刹那、投げた男の体で死角になった場所からヒマリが突っ込んでくる。もう、身を捩るほどの時間もない。迷いを持って振り抜いた剣は、しかしギリギリ届かない間合いから放たれヒマリの表情も曇った。



「ぐへ……っ!」



 しかし、その剣は鞘を着ていた。



 先程の一撃で緩んでいた鞘が、勢いよく振り抜かれたことで剣から飛び出したのだ。その一撃をコメカミに叩き込まれたゴールド冒険者は片膝をついて頭を抑える。



「ヒマリ、どいて」



 誰をヒールすればいいのか分からなくなっていた回復術士のミゾオチへ、廻し蹴りをブチ込む。「おえ」と息を漏らしたのを最後に、しかし気絶させるほどの力は無いため逆に苦しそうに蹲った。



「……こ、降参」



 鞘で頭をぶん殴られたゴールド冒険者が、両手を挙げて俯いた。どうやら、終わりにしてくれるらしい。



 ぶっちゃけ、手札はすべて使い切っているから抵抗しないでいてくれるのなら助かる。これ以上は、きっとジリ貧で負けてしまうだろう。



「あ、ありがとう。キータって凄いんだね」

「初めてのヒマリの方が凄いよ。俺のは努力で手に入る力だし、俺と同じ力を持ってる人なら誰だって同じことをしたハズだ」

「え、えぇ? なにそれ、かわいくないなぁ」



 倒れている連中を拘束してからが大変だった。



 連中を憲兵へ明け渡すには、この手負の男たちをハイボルまで連行しなければならないということだ。野放しにすれば、どうせまたヒマリを襲うだろうし、見過ごすことが出来ないのが厄介だ。



「こ、これだけ痛めつけたんだから、流石に大丈夫じゃないかな。私だって、剣を借りたまま出てきちゃって、ちょっぴりおあいこな部分もあるし」



 何を言ってるんだ、この子は。



「ダメだ。こういう人間は、必ずまた同じことをやらかす。その時、こいつらからきみを守ってくれる人間がいるとは限らない」

「でも、一回は助けてくれたんだよ?」

「見逃す理由には足りない」



 その時、俺を見上げたヒマリが肩を震わせて一歩後退った。



「……こ、怖いよ。キータ」



 怖いって、なにが。



「どうして、そんなに怖い顔をしているの?」



 そして、ヒマリは俯いた。



「そんなの、人を助けた男の顔じゃないよ」



 ……。



「ご、ごめんね! その、変なこと言っちゃった! そうだよね! こんな悪いことしたんだもん、捕まえるのが当然だよね!」



 俺は、マントを拾って羽織りバルトを見た。怯えた目の奥には、後悔の色が滲んでいる。だが、こいつの反省は一時だ。なんの罰も与えられなければ、それが悪いことだとも気付かない大バカ野郎なのだ。



 誓っていい。



 こいつは、必ずまたヒマリを襲う。それを防ぐために、罰は必ず必要なハズなのだ。



「……ヒマリ。こいつはやめとけ、イカれちまってる」



 俺の顔を見たバルトが、どこか見下したように呟いた。



「マトモでいたら、世界を救えない」

「それで、イカれる理由に選んだのがの正しさかよ? お前、歪過ぎるぜ?」

「構わない。俺は、俺を必要としてくれる男のためならなんだってする」

「百年前の常識で、今も残っているモンが幾つあるんだよ。え? お前が信仰してるのは、いつまた変わるかも分からない習慣だけじゃねぇか」



 そういえば、アオヤが似たようなことをセシリアに言っていたっけ。だからといって、こいつのように何の挑戦もしない人間の言葉は、少しだって響かないが。



 俺は、バルトの体を立たせて手綱を掴んだ。



「見ろよ、ヒマリ。こいつは、こんなにナメ腐ったことを言われてんのに自分が絶対的に強い場所に立ったら敵を殴りもしねぇ。これが、本当に人間の反応か?」

「黙って歩け。そもそも、俺とヒマリの間には何も無い」

「な……っ! 何も無いってなによっ!」



 今度は、ヒマリが怒って俺の腕を掴んだ。彼らは、さっきから一体何に対してそんなに憤っているんだ。

 


「きみの恩義には尽くした、借りは返したハズだ」

「恩義? あたしが勘違いして勝手に助けに来たことを言ってんの?」

「その優しさが嬉しかった」

「バカにしないでよ! あたしなんて、無自覚なことした挙句にここへ迷惑を持ってきただけだよ! 助けてもらってばっかじゃん!」



 ……それは、大声で言うことなのか?



「そりゃ、キータが大変なのも分かるけどさ! 助けたならちょっとくらいあたしの気持ちを考えてくれてもいいんじゃない!? そんなに怖い顔で助けられたら、どうしたらいいか分からないよ!」



 俺は、何も言い返せなかった。



 言い返さなかったのではなく、言い返せなかった。こんなことは、シロウさんに出会ったとき以来の経験だ。あの人に常識をブッ壊されたときと同じ衝撃を、彼女から受けたのだ。



 しかし、逆ギレに思うことがあるだなんて。俺は、少し疲れているのかもしれない。



「……決めた。あたし、キータのことを助けてあげる」

「助けるって、なにから?」

「分かんない! でも、とにかくあなたを助けるの! ここで助けてくれたお礼なんだから、断ったらダメなんだからね!?」



 仮に助けられてしまったら、また昔に戻ってシロウさんの為に働けないではないか。



 そう思ったが、どうせハイボルから出れば二度会うこともないだろう。彼女のような人間が、気分や雰囲気で突拍子もないことを言う習性を持っていることも知っているのだから。



 俺は、これ以上綻ばないように喋るのをやめた。

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