第13話

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 植物採集の為に近くの森を探るうち、随分と深いところまで来てしまった。中には摘んでからすぐに枯れてしまうレアな素材もあるため、早く帰らなくてはならないのだが。



「参ったなぁ」



 迷ってしまった。



 ……仕方ない。



 すぐに枯れて使えなくなるであろう素材は、ここでエキスを抽出してアイテムにしよう。ロクな設備もないので品質は落ちるが、全部無駄にしてしまうよりはよっぽどマシだ。



 俺は、火を起こすと川で汲んだ水を沸かし、幾つかの植物を煮て成分を溶け出させ、水が蒸発するまでゆっくりとかき混ぜ植物のエキスを手に入れた。これらは、水よりも成分の軽い不思議な植物なのだ。



「ねぇ、なにしてるの? 助けて欲しいワケじゃないみたいだけど」



 ……どうやら、彼女は煙を救難信号だと勘違いして助けに来てくれたらしい。バッジを見るに、ゴールドランクの冒険者みたいだ。金のためだけに働く現代の冒険者にしては、とても珍しいタイプの人情家だと俺は思った。



「帰り道が分からなくなったから、ここで素材を加工してしまおうと思って火を使ったんだ」

「なんだ、じゃあ助けに来てよかったんだね。大丈夫? 怪我はない?」

「無いよ、ご親切にありがとう」



 振り返ると、彼女は俺のバッジを見た。



「だ、ダイアモンドランクなの?」



 彼女は、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに固まった。



 快活な目に明るい髪色を肩の辺りに揃えた、元気が雰囲気として溢れでいるような如何にも天真爛漫ってイメージの女の人だった。歳は、多分俺と同じくらいだろう。



「ダイアモンドが道に迷うってなに? もしかして、ここってヤバい森なの?」

「いや、初めての土地だったから分からなくなっただけだよ。モンスターも多くない長閑な場所だった」

「あ、あぁ。そうなんだ。安心したぁ」



 イメージ通りだった。ちょっとしたポンコツ感がチャーミングだ。



「なんの植物をエキスにしたの?」

「"サンダーマッシュルーム"、"ドリームフラワー"、"チルザクロ"」

「うわ、快楽物質ばっかり。もしかして、君って悪い人?」

「違うし、別にトリップしたいワケじゃない。付与効果のあるポーション系アイテムは高級だから、自作しようとしてるってワケ。売らなければ犯罪にならないからね」

「ダイアモンドなのに、お金のことを気にするの?」

「クエストばっかりやってられないんだ、俺は勇者パーティのメンバーだから」



 彼女は「一つ良い?」と言って俺が広げていた素材の一つである"ホワイトスネークベリー"の房を取る。頷くと、彼女は一粒を摘んで果実を食べた。



 完熟していないから、とんでもなく酸っぱかったハズだ。悶える彼女にボトルを渡すと、全身を震わせながら酸っぱさに耐えつつゴクリと水を飲んだ。



「えほ……っ。ゆ、勇者ってことは、あのシロウって人のパーティ?」

「そうだよ、俺は狙撃手のキータ」

「ねぇねぇ。勇者の顔ってさ、なんであんなに傷だらけなの? ドワーフくらい筋肉ムキムキで、しかもリザードマンくらいデッカイし。普通にメッチャ怖くない?」

「傷のことは分からないけど、優しくていい人だよ」

「本当に? あたし、あの人が勇者って聞いた時は驚いたよ。だって、どう見ても悪い人って感じだもん。宝具の貸与式のとき、周りの兵士がビビりまくっててちょっと面白かったけど」



 どうやら、王都で行われたパレードに彼女も来ていたようだ。俺も式典には出ていたんだけど、確かにクソおっかないシロウさんとビビりまくりの周りの異常さを思い出せば俺を覚えていないのも当然か。



 懐かしい。まだ、クロウとアカネが仲間になる前の話だ。



「あたしはヒマリ、よろしくね」

「よろしく、一人でクエストに出てたの?」

「ちょっと、前のパーティでトラブっちゃって。今はソロなの」

「そっか、いい仲間が見つかると良いね」



 なんて言った時、遠くから矢が飛んできた。煙を見つけていたのがヒマリだけじゃなかったのか、それとも一人で俺を助けに来てくれた彼女を追ったのか。



 多分、どっちもだ。ゴールドのバッジを見て、仲間共々追い剥ぎしてやろうと考えたのだろう。



「て、敵……っ!?」

「そうみたいだね。ヒマリ、きみの職業とロールは?」

「一応、剣士のアタッカーってことになるのかな」

「対人戦の経験は?」

「……な、ないよ。モンスターとの戦闘も、実はあんまりやったことない」



 一口に冒険者と言っても、強力なモンスターの討伐を行う冒険者は少数派だ。それに、採取や調査を専門に行う戦闘経験の少ない冒険者もかなりの数がいるため、彼女のような存在は決して珍しいモノではない。



 まぁ、珍しいモンスターならまだしも、強力なモンスターの素材が必要になることってそうそう無いし、どこかの村が襲われて壊滅することだって毎日あるワケじゃないからな。



「よぉ、ヒマリ。元気してたかよ」

「……げっ、バルト」



 どうやら、知り合いのようだ。さっき、前のパーティとトラブったと言っていたからその関係者だろうか。矢も、当たらなかったのではなく威嚇射撃で放ったってところか。



 バルトという男の後ろには、四人の冒険者が立っていた。ヒマリを入れれば六人。大人数のパーティは、モンスター討伐を生業にしている冒険者たちの特徴だ。



「お前のこと、随分と探したんだぜ。まさか、ハイボルまで来ていたとはな」



 つまり、ヒマリは戦いたくなくてパーティを抜けた、ということか。



「な、なんであたしがハイボルにいたって知ってるのよ」

「俺のスキルでマーキングしてんだよ。わざわざこんな静かなところに迷い込んでくれるなんて、お前は相変わらず間抜けだな」



 ……キモいな、この男。



「そんで、その男は誰だ? お前の新しい仲間か?」



 見たところ、シロウさんと同じくらいの年齢だろうか。三十五なんだとすれば、あの人と比べるのも申し訳ないくらい幼稚な性格をしている。



 ランクは、バルトがダイアモンド、プラチナが三人、ゴールドが一人。装備も整っているし、戦力の整ったいいパーティだと思った。



「か、関係ないでしょ。なんで追っかけてくるのよ」

「クソナメられたままでムカついてんだよ。テメーは、ひん剥いてブチ犯してから首だけにして捨ててやらねぇと気がすまねぇ」



 クロウのこともそうだが、どうしてそんなにも誰かを恨んで憎み怒っていられるのかが分からない。お腹が減るだけなんだから、とっとと忘れて別の楽しいことを探せばいいのに。



 というか、ヒマリは一体何をしたんだ?



「だ、だってタイプじゃないんだもん! バルトとは仕事の仲間ってだけなんだから! 変な勘違いしないでよっ!」



 ……失恋かよ。



「テメーが妙な色気出して俺を誘ったんだろうが!」

「誘ってないよっ! 仲間に入れてくれて助かったけど、モンスターを殺すのが嫌になったから抜けたいって相談したかっただけ!」



 頭痛くなってきた。こう、今から少し。いや、かなり。……メチャクチャ性格の悪いことを、敢えて考えるけど許して欲しい。



 俺は、こういうみっともないバカな男が大嫌いなのだ。

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