第15話
015
数日後。
シロウさんは、すっかり元気になって帰ってきた。砕けた肩甲骨が食い込んでたような傷が、どうしてたった一週間で治るのだろう。毎度のことながら、相変わらずこの人の化け物染みた能力には驚かされる。
そして、そんな治癒能力を持つ彼の全身に残る古傷は、一体どうやって刻まれたのだろう。俺は、そんなことが少しだけ気になった。
「へぇ、随分と集まったな。この光ってる液体は?」
「森の禁域に、SPを回復する効果があるスキプラの果実を見つけたので、その回復成分を濃縮して水で割りました」
現在、俺たちは旅に出る前の最終調整中をしていた。必要なモノと不必要なモノを、パズルを解くように考えるのは不覚ながら楽しかった。
「知らねぇ素材だ。これ一本作るのに、そのスキプラの実がどんだけ必要になったんだ?」
「三個です。レアな素材ですから、それ以上は占有になりそうでやめたんです。禁域自体、勇者パーティのメンバーだから特別に入れたようなモノですし」
「なるほど」
シロウさんは、スキプラのジュースの匂いを嗅いで頷いた。とうやら、お気に召す香りだったらしい。
「無駄遣いは出来ねぇなぁ、教会の生臭神父がエーテルを出し渋らなきゃもっと楽になるんだが」
「仕方ありませんよ。寄付だけじゃ賄えない分は、彼らも自分で稼がなきゃいけないんですから」
SPを回復するエーテルは、教会が販売する独占アイテムだ。
遥か昔、彼らの先祖はエーテルが湧き出す不思議な泉に目を付けそこに教会を建てていった。だからこそ、王都の中心から辺境の僻地にまで彼らの拠点は存在し、安定した布教活動によって信徒を増やすことが出来ている。
つまり、俺たちの世界の神はエーテルだ。スキルという特別な力を司る存在だといえば、そんな宗教が最もポピュラーになったことも当然の帰結だと言えるだろう。
因みに、五十年前まではポーションでも同じことが起きていたが、錬金術ギルドがポーション産業に革命を起こしたことで価格が大暴落し、今では多くの人間の手に渡るようになったという背景がある。
そのうち、エーテルも似たような道を辿るのだろうか。だとすれば、その時に人々が何を神様とするのか気になるところだ。
閑話休題。
「アオヤとモモコは?」
「クエストに出てます。どうやら、コカトリスが町外れの畑を荒らしているようで。路銀を稼ぐついでに力試しをしてくると言ってました」
「モモコのランクはダイアモンドだろ? アオヤと一緒に出れたのか?」
「シロウさんの名前を出したら、割とあっさりでした。昨日は、俺も同行してダイアモンドランクの洞窟調査に出ましたから」
「こういう時は、勇者の肩書も便利だな」
実際、俺が禁域に入れたように、危険に挑戦する事柄は大抵が『勇者パーティ』の名を出すだけで片がつく。こういう既得権益を振りかざすのはあまり好きではないが、俺はスキルを磨くことで強くなれるワケじゃないから考えどころだ。
「そういえば、俺んところにクロウが来たぜ」
「……やっぱり、そういうことでしたか」
酒場で会ったのが三人だった時点でなんとなく察してはいたが、実際に言葉にされると呆れるな。
「なんか、怪我してる俺を見て散々笑ってたぜ。元気そうで安心したよ」
「そんなにナメられてるんだから、少しは怒ってくださいよ」
「そりゃ、少しは怒ったよ。病室には俺以外にも患者がいるんだから、もう少し声を抑えろってな」
「……そうしたら?」
「別に、いつも通りさ。俺の言うことは聞きたくねぇってよ」
あいつ、本当にどこまでふざければ気が済むんだよ。
「でな、どうやら一人で悪魔と戦ってきたみてぇなんだ。珍しくボロボロで、あいつの話をまとめると戦闘中に"リーブル"で離脱したんだと」
リーブルとは、どんな場所からでもマーキングした所定の位置へ戻ってこられるティアAの特殊な移動スキルだ。
「それで?」
「さぁ。ただ、最強の自分が無理だったんだから俺らにも無理だろうって、なんか色んなボキャブラリーでのべつ幕なしにまくし立ててたよ」
「……あのですね、シロウさん」
俺は、ため息をついてシロウさんの目を見た。
「なんだ?」
「ここらでハッキリして欲しいんです。あなた、クロウのことをどう思っているんですか?」
「どうってのは?」
「あいつのやってることは理不尽過ぎます。冒険中、何度もチャンスをもらっていたのに職務をまっとう出来なかったから追放されたんです。にも関わらず、何故か被害者ヅラして、その上世界が滅ぶかどうかの戦いを邪魔してきてるんですよ?」
シロウさんは、タバコに火を付けて天井を見上げた。
「もう一度聞きます。あなたは、クロウのことをどう思っているんですか?」
「俺たちは、世界を救ってるんだろ」
「え、えぇ」
「あいつを、その世界から除け者にするつもりか?」
……息を吐くまで、時間が止まったような気がした。
「キータ。お前、もしもクロウが俺よりも弱かったら、そんなに頭にきてたか?」
「い、いいえ。しかし、それでは前提が破綻します。シロウさんより弱ければ、最強を理由にして楯突くことも命令無視することも無かったハズです」
「まぁ、それはそうか。失敬失敬」
紫煙を吐き、再び言葉を考えるシロウさん。俺は、彼の考えを聞きたがったのにも関わらず、欲しがったモノではないと判るや否や、衝動的に言葉を否定してシロウさんを黙らせてしまっていた。
……何をやってるんだ、俺は。
これじゃ、クロウとやってることが変わらないじゃないか。
「最強ってのが、どういう気持ちなのか俺には分かんねぇ。けど、誰にも理解されないって気持ちは、実は少しだけ分かったりするんだ」
「は、はい」
「それに、あいつは俺にちょっかいかけてくるだけな分、まだかわいい方じゃねぇか。世の中には、信じらんねぇ悪いことをする奴がわんさかいる。そいつらすべて引っくるめて、俺たちは世界を救おうとしてるんだからよ――」
そして、シロウさんは俺の頭をガシガシと撫でた。
「お前の質問に答えるならこうだ。あいつは、クビにした瞬間から俺たちが救うべき人間になった」
……そういう考え方ですか。
「なら、あなたが勇者でなくなった時、それでも復讐を続けるようならどうするんですか?」
シロウさんは、小さく笑ってタバコの火を消した。
「分からねぇ。俺は、目の前のこと以外を考えられるほど頭が良くねぇからよ」
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