第7話

 007



 勇者パーティが再び四人になってから一週間が経った。



 俺たちはアクセルにて、王城からアオヤとモモコの装備が届くのを待っている。その間、出来る限りチームの連携力を成長させるために、作戦会議と郊外での戦闘訓練を繰り返し、夜には路銀を稼ぐ意味も兼ねて近隣へ出現する強力なモンスターの討伐クエストを請け負っていた。



「わっかんないかなぁ!? アオヤは引き過ぎなんだって! 傷を追うことにビビってたらダメなんだからね!?」

「分かってないのはモモコだろ!? 回復アイテムやキータさんのSPを無駄遣いするワケにもいかないんだから、継戦能力を意識して無傷で勝つことが一番重要なんだよ! だって、悪魔の住むダンジョンは長くて大変なんだぞ!?」

「ダンジョンに潜ったことないくクセに偉そうなこと言わないでよ! 因みに、私は一人で行って生きて帰ってきたから!」



 ダイアモンドランクの敵であるワイバーンの死骸を横目に、二人はガミガミと言い合いをしていた。この前の戦闘からずっと言い合いしてるけど、よく疲れないでいられるなぁ。



「そのやり方じゃ、シロウさん以外のタンクと一緒に戦った時に致命傷を負いかねないんだぞ!? この人だからお前は好き勝手にスキルをぶっ放せてるんだぞ!? なんでそれが分かんないんだよ!!」

「いいじゃん、今はシロウさんが仲間なんだから! 何も問題はないでしょ!? ねっ! シロウさん! ねっ!?」

「よくないっすよね! シロウさん! そうですよねっ!?」

「わははっ」



 笑ってる場合じゃ無いと思いますけど。



 そんなことを考えながら、俺はワイバーンの火炎袋を抜き取った。こんな化け物級のモンスターが地上に現れるようになったのは最近の話だ。クエストの難易度も明らかに上がっていて、依頼書を眺めれば本来ワンランク上の仕事が全体的に増えていると感じる。



 そんな事実が、俺には魔界のモンスターの戦闘力が底上げされているのと同時に、住処を探し溢れ出して魔王が地上征服を実行する日が近いことを示していると思わせた。早く魔王を殺さなければ、近い未来モンスターによって人類が滅ぼされるかもしれない。



 みんなに比べて明らかに弱い自分が不安になる。俺は、少しでも強くなりたかった。



「いいんですか? シロウさん。あの二人、本当にずっと喧嘩してますよ?」

「いいんだよ、二人とも優秀なんだから衝突するのは当たり前だ。むしろ、あぁやって互いの意見を言い合える相手がいるっていうのは、ある意味じゃ恵まれた環境なんだと思うぜ?」



 ……そういう意味で言えば、あなたが本心を語れていないことになりそうで、相当に寂しいですよ。



「心配してんじゃねぇよ。俺よりも頭の良い男がいるんだから、困った時は相談するに決まってるだろ」

「シロウさんより頭の良い男?」

「他でもない、キータに決まってるだろ。言わせたがるだなんて、お前は本当にイジワルだなぁ。えぇ?」



 あまりにも突拍子もないことを言われて、俺は頭をフリーズさせてしまった。この俺が、無個性でみんなについていくことが精一杯な俺が、シロウさんよりも頭が良いだって?



 そんなバカな。だって、実際に俺のせいで迷惑が――。



「バカタレ。実を言えば、俺はお前が俺よりも。いや、誰よりも勇者に相応しい男だと思ってんだぞ。自分を卑下して、俺の好きな男を否定してんじゃねぇよ」



 言葉が出なかった。



 ……いや。



「俺は、使われる方が実力を発揮する人間なんだよ」


 

 否定してみたモノの、やっぱり適切な言葉が思い浮かばなかった。この俺が、なんの特徴もない一般人に毛が生えた程度の才能の俺がシロウさんよりも勇者に相応しいなんて信じられないだろう。



 ないない。それはない。



 絶対に、そんなことはあり得ない。



「それはさておき、そろそろ喧嘩を止めるべきだって意見には賛成だな。……オラ、ガキ共。お前ら二人とも完璧だったんだから喧嘩してんじゃねぇぞ?」



 おっかねぇシロウさんのガナリ声を聞いて、ステータスでは上回っている二人が言い合いを止めピタリと固まったように背筋を伸ばし言うことを聞いた。



 彼らの敏い点はここだ。



 ステータスで計れないシロウさんの強さを、なんの注意も無く理解している。本能的に、自分よりも強い戦士だと理解している。クロウやアカネには無かった危機管理能力の有無が、より魔王を殺す勇者パーティに相応しいと俺が感じるポイントなのだった。



「で、でもですね。シロウさん。魔術系の遠距離スキルなのに、無駄に近寄って攻撃するモモコの挙動が疑問でしてね……?」

「違うんですよ、シロウさん。アオヤはビビり過ぎなんですよ。私は、ある程度仲間を信じて前に出てるんですよ。それに、放出するスキルってオートエイムじゃないですからですね……?」



 言い訳を繰り返す二人は、なんだか可愛らしくて不覚にも癒やされてしまった。黙って、わざとらしく厳つく振る舞うシロウさんにビビって、二人して俺に目線で助けを求めている。



 だから、俺はシロウさんに「まぁ、いいじゃないですか」と言って嗜めるフリをした。彼はその演技に乗って「お前が言うなら」と語気を弱める。



 俺を信じてくれるシロウさんに信頼を寄せる俺は、ハッキリ言って彼らと大差の無い人格なのだが。しかし、示し合わせたハッタリが通用したようで、二人は両サイドから俺を挟んで「怖いよぉ」と俺の背中に隠れた。



 モモコもすっかり馴染めたようで、本当によかった。



「一体なにが気に食わねぇんだ、二人とも間違ってるワケじゃないだろ」

「ご、ごめんなさい。でも、ビビってるアオヤが悪いんです」

「すいませんした。けど、モモコってシロウさんにいいとこ見せたがってすぐにイキるから」

「何よ!?」

「何だよ!?」



 俺を挟んで喧嘩するのはやめてよ。



 なんて思った時、街の方から冒険者パーティらしき連中がこちらへ歩いてきた。明らかに違和感のある、通りすがりではない雰囲気を持つ冒険者パーティだ。



「敵っすか?」



 高難易度のクエストでは、モンスターを倒した後に他の冒険者たちに襲われ命ごとアイテムを盗まれてしまうこともある。モンスターを相手にすることと、人間を相手にすることでは、戦い方がまったく違うため当然スキルにも得手不得手が生じる。



 だから、対人に優れた冒険者は、対モンスターに優れた冒険者を襲う。巷では、そのような冒険者を"ロベリー"と呼んでいるようだ。



「会いたかったぞ、シロウ」



 しかし、彼らはロベリーではなかった。



 それ以上にタチの悪い、剥き出しの憎悪を纏った最強の冒険者だった。

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