第8話
008
彼らの姿を見て、シロウさんは「ほぉ」と感心するような表情を見せる。しかし、俺はといえば呆れてしまって思わずため息を吐いてしまった。
クロウ。
嘗て、というか一ヶ月前までこの勇者パーティに所属していた世界最強の回復術士。回復術士といいつつ、実際は器用貧乏な俺とは別次元に強力なスキルを持つ本物のオールラウンダー。
全能。
そんな言葉が似合ってしまう、神に選ばれた男だ。
「よう。どうした、忘れ物か?」
「何をトボけたことを言ってるんだ。俺は、無様なお前を笑いに来たんだよ」
「無様?」
「そうだ。見てみれば、そいつら二人ともブロンズランクじゃないか。適合者だからといって、使えない人材を仲間にしなきゃならないほど人望が無いとは。お前もヤキが回ったな」
小バカにされ、アオヤとモモコが怒りを顕にする。かく言う俺も、そんなクソくだらないことをわざわざ探し出してまで言いにくるクロウの精神性に腹がたった。
「ざまぁないな」
しかし、シロウさんは特に何も言わず後ろにいる女冒険者を見ていた。目線の先にはアカネともう二人。どうやら、クロウの新しい仲間のようだ。
アカネは、伏し目がちでシロウさんのことを見ようとはしない。見れない、という方が正しいかもしれなかった。
「そっちの仲間も、アカネ以外はブロンズのバッジを付けてるみてぇだが」
「彼女たちはいいんだ。事情があるし、何よりも俺が最強なんだから」
「なるほど、そういう考え方か」
頭がクラクラしてきた。こんな幼稚な事をいう男に一瞬でも腹を立ててしまった自分が情けない。
「キータさん! なんなんすか!? この無駄にスカしたカマヤローは!?」
「マジで本当クソ激烈にイライラするんですけど!!」
ヒデェ言い草だ。
「カマヤローはあんたですよ! クロウ様になんてこと言うんですか!?」
「まったく、下品な容姿にお似合いの下品な言葉遣いね」
……まぁ、開幕戦は引き分けってところか。
「あー、彼はクロウ。ちょっと前まで、俺たちと一緒に旅をしていた回復術士だよ」
「例のクビになった最強の男ですか」
「今は戦士だ。俺は、お前たちが大した回復スキルを持っていないから仕方なく回復術士なんて役を請け負ったんだ」
「回復って、戦闘で一番重要なロールだと思うけどな」
ほら、見てよ。
あまりにも低次元のやり取り過ぎて、あのシロウさんが状況を理解出来ずにズレたことを言ってる。一体、今何が起こってるのかまったく分かってないじゃないか。
「まぁ、なんだ。クロウ、せっかくだからお前の仲間を紹介してくれ。見たところ、聖女と格闘士みたいだが」
シロウさん。違う、そうじゃない。そうじゃないんですよ。
「なんで、お前にそんなことをしてやらなきゃいけないんだよ」
「そうか。まぁ、いい。俺は勇者のシロウだ。きみらは?」
「黙って下さい、あなたの言葉なんて聞きたくありません。あなたは、クロウ様を傷つけたクソヤローです」
……おい、それは許されねぇぞ。
「クロウ。お前、なんて奴を仲間にしてんだよ。そいつ、亜人みたいだけど元奴隷か? 常識がないのか?」
「黙れ、キータ。俺は、お前みたいなザコを相手にしに来たワケじゃない」
「相手って、お前は俺たちがなんの旅をしてるのか忘れたのか? 暇じゃないんだぞ?」
「それはお前たちの事情だろ。大体、一ヶ月も経ったのに――」
「このクソゴミ女ぁ! テメーはシロウさんになんつー口聞いてくれてんじゃゴラァ!!」
突如として、モモコが烈火の如くブチギレた。ヒュドラと対峙した時にも聞いた、ドスの効いた黒い声だ。
「なんですか? 叫べばビビると思ってるなら大間違いですよ?」
「いるのよね、ヒスれば相手が言うことを聞いてくれると思ってる女。わたくし、そういう女は見下すことにしてるの」
多分、モモコってそういう弱い女から最も遠い場所にいると思うけど。
「……僕、久しぶりに頭にきたっすよ。こいつら理不尽過ぎないっすか?」
「アオヤ、落ち着け」
「落ち着けないっす、シロウさん。あいつ、自分の周りを言いなりになる女で固めてるビビリなキモい承認欲求激高男のクセに、何を勘違いして勇者にちょっかいかけてるんですかね」
マズい、アオヤが本格的にキレた。
「な、なによ。あんた」
「売女がいっちょ前に喋んな。あんた、口から股の臭い漏れてるっすよ」
「は、はぁ!?」
うわ、エグいこと言うなぁ。相手の聖女、効き過ぎて口隠して涙目になっちゃってるじゃん。
「どうなんすか、クロウ。あんた、何考えてウチらのボスに迷惑かけてんすか?」
「黙れ、格下が。お前みたいなザコがシロウの仲間だなんてあり得ない。俺が話してやる価値もないな」
「ほぉ、面白いっすね」
アオヤが宝具を抜いた瞬間、すぐさまシロウさんが柄を掴んで攻撃を止めた。
「落ち着け、アオヤ。お前はザコじゃない」
……だから、そこじゃないんですって。
「まぁ、状況はよく分からんが。クロウ、お前に大人として一つ教えておいてやるよ」
「な、なんだよ」
「暇人ほど、無意味に人を傷つけたがるんだ。お前、やりたい事とかねぇのか?」
クロウは、顔を真っ赤にして何かを言いかけたが、言葉にならなかったのか挙動不審に手を動かしてシロウさんに盾突こうとしている。
やっぱり、ステータスって意味がないなぁと、本当にどうでもいいことを俺は思った。
「プライド傷付けるやり方でクビにしちまったのは気の毒だったと思うけどよ、今のは流石にどうかと思うぞ」
「お前が俺の実力を認めないのが悪いんだろうが!」
「うぅむ、分からねぇ奴だな。適材適所って言葉、知ってるか?」
「バカにしてるんじゃないぞ!!」
怒髪をついたクロウがシロウさんへ差し向けた黒剣を、俺は間に割って入りダガーナイフへと変化した宝具で素早く持ち上げ躱した。今の一撃、こいつは殺す気で放っていなかったようだ。
「どけ! ザコが!」
「どけない。世界には、勇者が必要だ」
「お前まで……っ! なんだよ! なんなんだよ! なんでお前らはそんな目で俺を見やがるんだよォ!!」
更に加えられた力をいなし、スキル"パリィ"でクロウを弾き返すと奴はバックステップで距離を取り初めて俺の目を見た。恐らく、最初に仲間になってから数えても初めてのことだった。
「その宝具が無ければ、今のスキルだって俺にはなんの効果も無かったハズだ。キータ、お前はその程度のザコなんだよ!」
「その仮定にはなんの意味も無い」
「ナメやがってぇッ!!」
瞬間、モモコがクロウへ殴りかかり、それを相手の格闘士が止めて反撃を繰り出す。危険を察知したアオヤか更に横から蹴りを放ち止めにかかれば、聖女の防壁によってガギンと弾かれる。
それぞれがそれぞれに武器を向け、一触即発の空気が流れる。そんな緊張の中、シロウさんだけが空手をズボンのポケットに突っ込み落ち着いた声で尋ねた。
「クロウ。お前、俺にどうして欲しいんだ?」
「あぁ!?」
「イマイチ、お前のしたいことが分からねぇんだよな。そんなに恨んでたなら後ろからブスーッと殺っちまえばいいのに、ずっと能書きこいてグダグダやってるし。話し合いがしたいのかと思えば、仲間に悪口言わせて喧嘩おっ始めるし」
「違う、お前が――」
「俺の無様さを笑いに来たって言ってたのに、なんか辛そうだしよ」
……きっと、耳が痛くて、心がはち切れそうになっただろう。
「本当に、どうしたいんだよ。お前は」
シロウさんの言葉は、あまりに正論過ぎて、大人過ぎた。
そして、俺は同時にクロウを理解した。あいつが、本当は何をしたかったのかを。なぜ、俺やアオヤやモモコをザコと貶したがったのかを。自分の力を誇示するのに、わざわざ勇者パーティに加入した理由を。ネチネチと追い縋り、ここまでやってきた真意を。
たった今、クロウは自分を見失ってしまったということを。
……俺は、理解してしまったのだ。
「お、俺は……っ」
「まぁ、なんだ。今日は、一回帰って自分の考えを纏めてみろよ。そんで、それが本当にやるべきことなのか。それが出来なきゃ、お前自身がどうなっちまうのか。全部引っくるめて答えが出た時に、また俺を追って来いよ」
まるで、自分を見ているようだ。実力や境遇に何一つ共通点など無いハズなのに、手に取るように、感じるように、あいつの気持ちが分かってしまう。
それが、俺は無性に恥ずかしかった。
「許さない。俺は、お前を絶対に許さない。この俺をここまでコケにしやがって。人を裏切っておいて、楽しそうに旅をしやがって。お前には、そんな資格は絶対に無いハズだ」
それを聞いて、シロウさんは踵を返す。
「帰ろう。そろそろ、宿に装備が届いてるハズだ。アクセルでアイテムの整理を終わらせたら、次のダンジョン付近にあるロウギア村に向けて出発だ」
「待てよ! 逃げるのか!?」
しかし、シロウさんは何も言わない。そんな彼に熱を奪われたのか、アオヤとモモコも武器を収めて静かにその場を立ち去る。二人は、後ろ髪を引かれるように鋭い目付きで格闘士と聖女を睨んだが、それは向こうも同じことだった。
「必ず奪ってやる! お前の大切な目的を俺が奪ってやる!! その旅の意味を無くしてやる!! 意味の無いことを続けてる自覚を植え付けてやる!! その先の未来でだって永遠に俺が消し続けてやる!! ざまぁみやがれ!!」
……歪だ。
脆い最強とは、こんなにも歪な形をしているのか。
「好きにしろ」
そして、俺たちは次の旅へ向かった。王様の、そして世界の悲願である魔王討伐を達成するために。
……これが、もう一つの始まり。
いつか誰かが俺たちの旅を書き記し物語となったのならば、この本を手に取った読者には勘違いをさせてしまったかもしれない。なぜなら、本作は魔王討伐を目指して艱難辛苦を乗り越える勇者御一行の冒険活劇などではないのだから。
追放された回復術士が、ハーレムを連れて「ざまぁ」と言いに来た。
これは、とある最強の戦士の虚しい復讐を、追放した側から見る物語だ。
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