第6話

 006



 狂った魔術士モモコの過去は、魔王軍の進行によって齎された悲劇的なモノだった。



「十年前のある晩、突如としてモンスター共が村を襲撃してきたんです。その時、私はまだ六歳の非力な小娘でした」



 つまり、彼女は十六歳というワケか。



 丸い目鼻に少しくすんだ短めの桃色の髪。体躯のサイズは年頃の女の子とさして違いないが筋肉質で、辿ってきた過去のせいかシロウさんと少し似た修羅の雰囲気が醸し出されている。



「魔王軍は、村のすべてを焼き払いました。私の両親も、目の前で殺されました。そして、私は聞いたんです。軍を率いる悪魔が、その殺戮を『暇潰し』と言ったことを」



 シロウさんが、無言で頷く。



「奴らは、私の大切なモノを理由も無く奪い去った。なんの必要もないゲームのような感覚でお父さんとお母さんを殺した。だから、私は誓ったんです。あの外道どもを、必ずブッ殺してやるって」



 だから、魔窟に単身で乗り込むような無茶をやらかしていたのか。ヒントが無ければ、地底へ伸びる穴を探ることでしか魔界へ辿り着く方法も無いもんな。



「その為に、十年も旅して来たのか。仲間はいなかったのか?」



 確かに、幾ら天才とは言え六歳の少女が一人で生きるのは難しいだろう。



「最初は、旅中のパーティに入れてもらって街まで行き活動を始めました。しかし、お金の為に戦う冒険者たちと私の価値観は合わず、自ら一人を選びました。その後、私の力に目を付けた人と協力することもありましたが、信じても最後には裏切られるばかりでした」

「そうか」

「私は、バカだった。裏切られることがあんなに辛いだなんて、考えたことも無かった。ただ、魔王を殺してやりたいだけなのに、それをバカにされて無様に置き去りにされたことだって何度もありました」



 彼女は、肩を震わせて静かに語る。



「何度も、騙されたんです。私は、自分のバカさが恥ずかしい……っ」



 ほとんど最強とも呼べる実力を持つ彼女だが、やはり精神的にはまだまだ十六歳の女の子だった。彼女は、きっと耐え難い屈辱を受け続けて、ようやく今の実力を手に入れたのだろう。



 この子は、アオヤとは違う。ナチュラルにイカれていたのではなく、戦いを続ける内にイカれていったのだ。「ブッ殺す」と強く思い続けなければ、心が折れてしまう精神の持ち主だったのだ。



「分かってます。本当は、私は寂しいんです。でも、その寂しさから救って貰うために、どれだけ傷を負えばいいのか分かりません。手に入れたと思ったモノが消えていくと、心が押し潰されるほど苦しいんです。そして、その辛さに負けてしまえば、いつか魔王への恨みを忘れてしまうんじゃないかって怖くなるんです」



 モモコは、泣いてしまった。



「だから、私に仲間はいりません。助けてもらったことは感謝してますが、私は――」

「俺たちは、裏切らねぇよ」



 ピシャリと言い放ち、シロウさんはゆっくりとラム酒を飲んだ。



「……え?」

「俺は、目的のために人類最強の仲間をクビにした。分かるか? モモコ。それくらい、俺にとって魔王討伐は悲願なんだ。裏切るだ裏切らねぇだやってる暇もないくらい、必死に旅をしてるのさ」

「でも、それはあなたが不必要になった私を捨てることもあるってことじゃないですか? 負けそうになった時、私を切り捨てて新しい仲間を手に入れる可能性を示唆してることになるんじゃないですか!?」

「そうだ。だから、モモコ。もしも、俺が目的を裏切っていると感じたら、その時は後ろから焼き殺してくれて構わない」

「シロウさん!?」



 彼は、俺に手のひらを向けて黙るように指示した。



「魔王を殺せるなら、誰だっていいんだ。俺よりも強い奴はこの世界に幾らでもいるだろうし、実際にそうだと思ってる。それでも、俺が王様に勇者として選ばれた理由は、他の誰よりも魔王を倒す可能性を見出されたからだろう」

「……はい」

「可能性とは、つまり精神力だ。イカれちまったメンタルと、絶対にブッ殺してやるって執念が俺を勇者足らしめてる。その強さがお前にはあると俺は思った。ならば、お前だってその強さを持つ仲間が必要なんじゃねぇか?」



 ……際どい取引に使われる言葉には、ただならぬ緊張感が付き纏う。俺は、絶対に裏切らない理由を冷たく突き放すように語るシロウさんが、それを欲するモモコが、恐ろしく感じて仕方なかった。



「そっちの二人も、同じ気持ちですか?」

「いや、正直言って俺はそこまで魔王に思い入れは無いよ。世界が滅亡するって話もイマイチ現実感無いし。ただ、せっかく認めてくれた人がいるんだから、与えられた使命を果たそうとしてるだけ」

「僕は、別に目的なんてどうでもいい。ただ、特別な人間になりたいだけ」



 あっけらかんと言い放つアオヤ。俺には、爽やかにすら聞こえる彼の本音が羨ましかった。



「それに、宝具があれば魔王を効率的に殺せる。どうだ? 俺たちと一緒に来ねぇか?」



 モモコは、諦めたように笑った。



 それは、決して心からの仲間を見つけ、二度と裏切られる心配が無いと安心した表情ではない。ただ、それでも魔王を殺すという無理難題を理解してくれる人間を見つけて、どんな顔をすれば分からないという戸惑いの色が滲んでしまったと言った笑顔だ。



 利害の一致。



 それだけを信じろと言われた女の子の気持ちは、それだけを信じざるを得ない道を歩んだ女の子の心は、一体どれだけ荒んでいるのだろう。心の通わない関係に準ずるだなんて、彼女にとってあまりにも救いが無さ過ぎる。



 しかし、俺が何をしても無意味なことは彼女の話が証明している。だから、あまりにも冷たいシロウさんを責めるように、ついつい目配せで優しくして上げて欲しいと訴えてしまった。



 どれだけ修羅を潜っていても、彼女は女の子なんですよ。



「……まぁ、なんだ。実を言えば、単純にモモコを助けてやりたいって気持ちもあるんだ。せっかく出会ったんだし、もう一人ぼっちにしたくない」



 それですよ、それ。彼女も嬉しそうです。



「僕はそうは思わないけどね。だって、どう見ても特別なのに悩む意味が分からないし」

「アオヤ!!」



 しかし、俺たちのズレたやり取りに安心したようで、今度こそ素直に笑ってくれた。誰一人として嘘を言っていないことが、どうやら彼女にも伝わってくれたらしい。



 嘘がないということは、少なくとも騙される心配が無いということだ。もしも時間がかかるなら、今はそれでいいのかもしれないな。



「分かりました。シロウさん、キータさん、アオヤ。私を、あなたたちの旅に連れて行ってください」



 こうして、俺たちは最後の適合者を仲間にした。ひとまず、抜け落ちた穴が埋まってくれて、俺は心から安堵したのだった。



「待ってよ、なんで僕だけ呼び捨てなのさ」

「だって、二人と違って大人じゃないもん。落ち着きが足りないんだから」

「はぁ? なんだよ、それ。助けてやったのは僕なんだぞ?」

「私がいなければヒュドラには勝てなかったでしょ? あんまフザけたこと言わないでよね」

「ムカチーン! シロウさん! この女クビにしてくださいよ!」



 早速、仲のいい二人を眺めてヘラヘラと笑うシロウさん。いつの間にかさっきまでの冷たい戦士の顔つきは息を潜め、またしても休日のおじさんモードへと優しく変貌していた。



 それを見たモモコは、少しだけ頬を染めて前髪を直し。



「よろしくお願いします」



 ボトルからラム酒を自分のグラスに注ぐと、乾杯を求めてニコリと笑った。

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