第5話
005
「きみ、大丈夫?」
なんてことの無い顔をして突っ込んでくるヒュドラの首を躱すと、アオヤは魔術士に向かって首を傾げた。人を見て油断したのだろう。彼女は意識を取られた瞬間にフラついてブレスをくらいかけたが、アオヤは彼女を支えると抱きかかえ一時的に前線を離脱した。
「飲む?」
「あ、あなた誰?」
「勇者パーティの見習い。あと、きみの仲間になる戦士って感じ」
「……?」
そりゃ、そんな感じになるだろうさ。
「どうだ、キータ。あいつらの声、聞こえるか?」
「はい、バッチリです」
アオヤの鼻がいいように、俺もスキルではない生まれ持った耳の良さがある。これらを上手く扱って通常では感知できない相手を索敵するのが、俺のオーソドックスな戦術の一つだったりする。
「まぁ、話は後にしようよ。これ飲んだら、体力も回復すると思うよ」
ハイポーションを飲んだ彼女は、再び殺戮衝動を剥き出しにしてヒュドラへと桃色の炎のスキルを放った。道中のモンスターの体を粉々にするようなシャレにならない攻撃の正体はあれなんだろうけど、ヒュドラには危険性を察知され相殺されてしまっている。
「シロウさん!! アドバイスくらいくださいよ!! 僕キツいっす!!」
素直な性格だ。あれは、得するだろうなぁ。
「全部を一度に相手しようとすんな! 首一つが一体、九体のヘビと戦ってるって考えりゃ対処法も見えてくるだろ!!」
瞬間、アオヤは首の注意を誘うように魔術士の前に躍り出た。あれは、"シャドウ・ステップ"。短距離ながら、一瞬で任意の場所に移動することの出来るティアAのスキルだ。
ステータスで見た通り、アオヤのスキルは敵陣を掻き乱して隙を作り出す能力に長けている。強みを自覚して一瞬で作戦を理解し戦う姿は、なるほど。確実に、この勇者パーティに向いている能力だ。
「クタばれッ!!」
その一瞬の隙をついて、魔術士のスキルの炎が首を撥ねる。どうやら、戦い方を覚えたらしい。二人は互いに顔を見合わせて頷くと、同じ要領で次々にヒュドラの首を殺していった。
「いいコンビネーションだ、あれを"青春アタック"と名付けよう」
シロウさんのダッセぇネーミングセンスはさておき、問題はラストの中央の首だろう。あの首は不死身であり、どれだけスキルによる攻撃を加えても完全に消滅させることは出来ない。
しかし、アオヤが持っているのは宝具だ。試されているのは、さっきまでと違う戦術へ即座に切り替える対応力。果たして、彼はこの死闘の中で退魔の力の真価に気が付けるだろうか。
「やべぇかも」
無理だった。
もう、アオヤもあの魔術士も限界だ。何度か受けた攻撃によって相当消耗しているし、魔術士に限ってはダメージを受け過ぎて気を失いかけている。
「ここまでだな、キータ」
「了解です、ボス」
俺は、弓を構えると中央の首に向かって一直線に矢を放った。その一撃は、光を放ち不死身の力に対しても破壊を行った。ヒュドラにとってもギリギリの戦いの中、完全なる死角から飛来した攻撃には、奴も対応しきれなかったようだ。
「な、なるほど」
そして、最後にアオヤが怯んだヒュドラへ宝具の一撃を突き刺し戦いは終わった。この一戦で、俺はアオヤという戦士がどんな戦術を好むのか、はたまた危機に陥った時、勝機を見つけた時、どんな行動に出るのかをあらかた理解した。
「いいですね、俺たちとの相性も悪くないでしょう」
「上等だ。それじゃ、キータはそっちの女の子の治療を頼む。俺は、アオヤと一緒に毒袋を回収してくる」
「分かりました」
気を失って倒れた彼女に、俺はティアBのスキル"ヒーリング・エフェクト"をかけた。名前の通り、体の欠損を治すことは出来ないが、対象の治癒力を高め傷と体力を回復させる便利なスキルだ。
「ブッ殺す、ブッ殺す、ブッ殺す、ブッ殺す……」
うわ言のように「ブッ殺す」と連呼する彼女を落ち着けるため、鎮静効果のある花の"ディジー・アロマ"から抽出したエキスを水に溶かし飲ませた。元植木屋の俺だから、こういった植物のアイテムを駆使して戦うのが得意なのだ。
「落ち着いた?」
「あれ。私、なんで……」
彼女が意識を取り戻したのと同時に、シロウさんとアオヤが毒袋を持って戻ってきた。これほど傷のない状態での納品なら、依頼主からのボーナスも期待出来そうだ。
「なぁ、少女よ。力が欲しいか?」
なんですか、その誘い文句は。完全に悪魔側の勧誘じゃないですか。
「……欲しいです」
こういう、素性の知れない人間からの甘い言葉はあっさり了承しない方がいいと思うけど。まぁ、助けてくれたから敵意は無いと解釈してくれたってことにしよう。
「ならば、くれてやる。その宝具を手に取るんだ」
彼女は、俺が手渡した短弓を手に取った。すると、宝具は形を錫杖へと姿を変えて、まるで最初から持ち主が彼女だったかのようにピッタリと手の中に収まった。
彼女も、適合者のようだ。
「決まりだな、キータ」
「御しきれますかね」
「俺がなんとかする。なぁ、少女。名前は?」
すると、彼女はぺたんとおしりを地面につけて座り、聖なる錫杖を握り締め、しゃがみ込んで目線を合わせたシロウさんに向けて静かに口を開いた。
「……モモコ」
「よし、モモコ。まずは、俺たちと一緒にアクセルへ来い。そこで飯を食おう。俺たちの正体とお前が暴れていた理由を、互いに満足行くまで語り合おうじゃねぇか」
「私、仲間はいりません。一人でいいんです」
「よくない、一緒に来るんだ」
俺の時と同じだ。
彼は、迷ったり悩んだりする相手の気持ちを察していながら、本心を暴き出した上で強引に連れ出そうとする。怖い顔をしているクセに、まるで寄り添うような語りかけてくるから、断りきれず話を聞いて、結局納得させられてしまうのだ。
けれど、俺はそれでよかったと思ってる。たった一人、人生に迷っていた俺を救ってくれたことを感謝している。
願わくば、彼女も俺と同じように感じてくれるといいと、そう思って魔窟の出口へと引き返した。
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