第3話
003
アクセルに滞在している間、俺たちは街と周辺の夜間警備クエストをこなしていた。
勇者パーティの資金は現地調達。歴代の勇者の中に適合者として武器を持ったまま援助を受け魔王討伐に繰り出さなかった不届き者がいたせいで、俺たちは常に貧乏を強いられることとなっている。
一応、防具は王城の開発部が日夜研究をして最新の物を届けてくれるため装備に文句はないのだが、それにしたってもう少しくらいは手厚い待遇を用意してくれてもいいのではないだろうか。
因みに、達成報酬は十億ジェルとのこと。十億ジェルといえば、もはや孫の代くらいまでは遊んで暮らせる金額である。使い切れないような金を貰うのも、それはそれで対価として相応しくないのではないかと俺は思うのだった。
「平和ですね」
「アクセルの憲兵は優秀な人材が揃ってるからな。この街で争い事を起こすような奴は、よっぽどのバカか捕まりたがりのアホだけだ」
おまけに、勇者シロウが警備に出向いているワケだから悪党だって息を潜めるに決まっている。魔王の魔の手が迫っていることを感じさせない、静かな青い月の夜だった。
「戻りましょうか」
「あぁ」
憲兵の詰め所に戻ると、やる気のなさそうな表情で本をパラパラと捲る男の子がいた。どうやら、今日の当直らしい。この仕事のやり甲斐の無さを感じる反面、ならばどうしてクエストにするほど憲兵が足りていないのかとも思った。
「おつかれっす」
「お疲れさん。きみは?」
「はい。僕は、憲兵団第三部隊に所属しているアオヤ上等兵であります。よろしくお願いしま〜す」
見たところ俺よりも若そうだが、その歳で上等兵とは。キャリアということはないだろうから、類まれなるポテンシャルで採用されたということだろう。
暗く青い短髪に、どこか爽やかさを覚えるキレの長い目が特徴的。長い手足を見るに、槍を扱うのが得意そうだ。そして、天才の持つ独特の雰囲気を放っている。間違いなく、彼は憲兵の中でも指折り戦士だろう。
「よろしく、俺はシロウだ」
「俺はキータ、よろしくね」
「……シロウ? シロウって、あの勇者シロウっすか?」
「あぁ、そうだ」
すると、アオヤ上等兵は姿勢を正し真っ直ぐにシロウさんを見た。その目からは、羨望の色が見て取れる。年相応のキラキラとした視線を送る彼が、何だか可愛らしく見えた。
「え、なんでこんなショボい仕事してるんすか? 勇者が見回りなんて暇なことしてちゃダメっすよね?」
「路銀が尽きちまってな。パーティに欠員が出たから仲間を探さなきゃならねぇんだが、滞在費もバカにならんからこうして働いてるってワケだ」
「欠員? え、なんすか? 勇者パーティってメンバー変わったりするんですか?」
「あぁ。因みに、現在メンバー募集中だ」
そんな会話をした翌日。
「来ちゃいました」
アオヤは、テヘっと舌を出しながら俺たちの前に現れた。
「いや、親が『安定した職業を探せ』だなんて言うんで憲兵になったんですけど、暇過ぎるし目的のない仕事って萎えてくるんですよね。それに、せっかく僕が生まれ持ったモノもあるんですから、それを発揮出来るような人生にしたいじゃないですかぁ」
軽いノリと口調ではあるが、アオヤの言うことには非常に興味深かった。歳は、十八歳か。
「生まれ持ったモノ?」
「スキルですよ、スキル。ティアAが四つ、Bが二つの計六つが僕のスキル数です」
「流石に優秀だな。修練は積んでるのか?」
「暇な時にちょちょいとって感じっす。ただ、冒険者でも無いですし、十メートル以上のモンスターとの戦闘も、ちょっと経験無いっすねぇ」
「いや、いい。アオヤには特別試験を受けてもらうとしよう。構わないだろ? キータ」
頷くと、アオヤは俺たちの顔を見て楽しそうに笑った。
「試験? どんな試験すか?」
尋ねる彼に、宝具を手渡す。
形は、槍へと変化した。
「実戦だよ」
というワケで、アオヤは冒険者登録をして俺たちと共にクエストに参加することになった。本来ランクが一つ以上離れていると、同じパーティでも上位ランクの冒険者のクエストに参加することは禁止されているのだが。
「勇者様なので特別ですよ?」
生真面目そうなギルドの受付嬢は、メガネをクイと持ち上げて困ったようにシロウさんの提案を承諾した。
「悪いな、お嬢さん。感謝するよ」
「い、いいんです。お気にならさらず」
一体、どんな交渉をしたのだろう。あの受付嬢さん、少しときめいた顔をしてますけど。
「お〜。やっぱ、勇者って特別なんすね。いいっすね、特別って」
どうやら、彼は『特別』というモノに憧れているらしい。何者かになりたいという願望は、なるほど。世界を救うという目的に共感が無くとも、同じ旅の出来る数少ない要素になり得ると思った。
「俺たちは、そりゃ特別ではあるわな。アオヤが持ってる宝具も、選ばれた人間にしか扱えない退魔の武器だしよ」
ただし、その特別が決して恵まれた環境に身を置けるワケではないことを、シロウさんの夥しい数の古傷が語っている。アオヤは、彼の顔の大きな火傷痕を見てゴクリとツバを飲んだ。
この子、直感も鋭敏で俺の機微も読み取り、更に察して考える頭の良さも兼ね備えている。どうやら、スキルの力やステータスだけがすべてとは考えていないみたいだ。
「要するに、力には代償が伴うってことなんだよ。スキルにはSP消費、マスターランクの冒険者には死地へ赴く責任、適合者と宝具には魔王討伐。ってな具合にな」
「ですかぁ……」
「ただ、悪いことばっかでもねぇのは確かだ。その最たる理由といえば、特別を自覚すると自信が湧いてくることだろうな」
「自信が付くと、どうなるんですか?」
「生きてるのが楽しくなるのさ」
いい言葉だと思った。俺も、覚えておこう。
「さぁ、行こう。今回のクエストは、アクセルから百キロほど行った海岸線にある魔物の巣窟でヒュドラを殺し、劇毒を溜めてる内蔵を依頼者に上納する仕事だ。アオヤ、実力見せてくれよ」
「……待って下さい。ヒュドラって、あのヒュドラですよね? バカでかくて、不死身で、触れただけで死ぬような毒のブレスを吐いてくる八つ首のドラゴン」
「正確にはヘビだけどな」
首の数も九つだし。
「あれを三人で倒すんですか? ダイアモンドランクの中でも、明らかに難易度高そうっすよ?」
すると、シロウさんはアオヤの頭をガシガシと撫でて笑った。
「安心しろ、今の俺とキータだけで倒せるモンスターだ。ヤバくなったら逃げればいい」
「……ふぅん。なんだ、そんな感じなんすね。じゃあ、僕も頑張りま〜す」
彼のあっさりした雰囲気と、いい意味で気が抜け肩肘張らない性格は戦士に相応しい。あれくらいイカれていた方が、魔王を殺そうとする人間として正しいというモノだ。
「馬車を用意してくるから、アオヤは自分の荷物を取ってきな。今は、兵舎に住んでるのか?」
「いや、もう全部ここにあるっすよ。だって、面接受ける為に憲兵辞めましたもん。元々嫌だったんで、何の問題も無かったっす」
……適合者じゃ無かったら、一体どうするつもりだったのだろう。
ちょっとイカれ具合が過ぎていて、少しだけ心配になってしまった。
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