第2話

 002



「『勇者パーティのメンバー募集! キミも、伝説になろう!』。……なんですか? これは?」



 二週間後。



 ようやくアクセルへ辿り着いた俺たちは、冒険者ギルドでステータス鑑定を済ませてからホールに併設されている酒場に来た。そして、先に鑑定を終わらせたシロウさんが、近くの店で買ってきたであろう大きな高級羊皮紙にコテを押し付け焼き文字を刻印しているところだ。



「メンバー募集のポスターだ。さっき、ホールマスターと話をつけてメンバーを集める活動に協力してもらうことになった。こいつは、そのための目印さ」

「いや、ノリが軽過ぎませんか?」

「これくらいの方が、若い奴も気軽に声をかけやすいだろ。ここで集める以上、来るのは冒険者だろうし何とかなるさ」

「国を背負う資格は?」

「んなもん、実際に自分より強い奴とバトルして死にかけないと見抜けねぇ素質なんだから探せねぇよ」



 ……なるほど。それは、よく分かりました。



「しかしですね、戦闘経験やスキルに条件を付けないとはどういうことですか? 俺たち、勇者パーティなんですよ? 戦える力が無いとこの先は無理ですよ?」

「でも、俺だってティアBのスキル一つしか使えねぇし。自分に無いモノを条件にするのはちょっとな」

「命賭けるって言ってんのに、そういうところで他人を甘やかさないでくださいよ!!」



 言うと、シロウさんは困ったように頬を書いてコテで羊皮紙へ以下のように焼き文字を追加した。



 -加入条件について-


①冒険者ランクがダイアモンド以上であること。


②ティアA以上のスキル持ちであること。また、そのスキルを使いこなす技術を持ち合わせていること。


③十メートルを超える巨大なモンスター、或いは未知なる幻獣との戦闘経験があること。


④適合者であること



「まぁ、これならいいでしょう。適合者については、最初に記述して欲しかったところですが」

「悪い悪い。まぁ、この世界に知らねぇ奴のいねぇ常識みてぇな条件なんだから、そう怒らないでくれ」

「怒ってません。ただ、俺の感性の話です」



 "冒険者ランク"とは、アドベント、マスター、チーフ、ダイアモンド、プラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズの八段階で仕事ぶりを評価するギルドの格付けのことだ。初心者は等しくブロンズからスタートし、上に行けは行くほど高難易度のクエストに挑戦することが出来るようになる。



 ……また、言うまでもないと思うが。



 "冒険者"は、ギルドから発注されるクエストを達成して報酬を得る職業のことだ。未知の大陸が今よりも多かった時代、冒険を生業とした者たちが集まったギルドが元締めのため、その名残で冒険者となっている。しかし、今の時代ではクエストは討伐や収集、護衛が大多数を占めているため名前に意味は無いのだ。



 閑話休題。



 そして、"スキルティア"とはスキルの有用性をS、A、B、C、Dの五段階評価にしたクラスのことだ。当然、Sが最も高い価値を持つが、その評価は殺傷能力に限らずあくまで有用性に由来するため、高いティアだからといって使いこなせなければ戦闘に強くなるということもない。



 因みに、俺はティアAのスキルを一つ。Bのスキルを二つ持っている。歴代の勇者パーティで二番目に才能が無いという、実に不甲斐ないスキル数となってる。



 もちろん、ワーストはスキル数一つのシロウさんだけど。



「俺は消防屋でお前は植木屋だったんだし、冒険者ってだけでも充分な条件だと思うんだけどな。脅威とのバトルに慣れてるなんて、戦士として破格じゃんか」

「……まぁ、そうですけど」

「つーか、こんだけの条件を持ってる人材ならフリーで稼げるし。わざわざ勇者パーティなんかに参加しねぇと思うぞ」



 自分で言いだしたことだが、俺もシロウさんの言う通りだと思った。ぶっちゃけ、混沌としているが同時に豊かな現代では、世界なんて誰かに救ってもらって自分は私腹を肥やすというのが普通の考え方だ。



 実際、元植木屋の俺が勇者パーティに参加しているし、その経緯だって偶然だ。それくらい、世界は世界を救う人材に飢えている。志だけでも難しいのに、条件まで付けてしまったのは失敗だったかもしれない。



「……ところで、なぜシロウさんは勇者になったんですか? 一度は失敗して、その傷だって癒えてないのに無謀だと思わなかったんですか?」

「魔王を倒そうとしてるから勇者なんであって、勇者だから魔王を倒すってワケじゃねぇぞ?」

「い、いえ。そういう、鶏が先か卵が先かみたいな話ではなくてですね」

「クク、ジョークだよ。まぁ、一回目の冒険は偶然と成り行きで勇者グリントに誘われたからだ。お前と同じだよ」



 一回目の冒険。つまり、彼にとって今回は二回目なワケだが。



 シロウさんには、左腕がない。今、その空白に収まっているのは機械の腕だ。どうやら、魔王に敗北して魔界から脱出する際に失ったらしいが、そんな怖い思いをしたにも関わらず、なぜこの人は再び剣を取ったのだろう。



「今回は、人材不足ってことでおっさんの俺に白羽の矢が立ったっつうか。王様直々の命令で聞くしか無かったってのもあるんだが――」



 少し言葉を止めて、シロウさんは恥ずかしそうに笑った。



「一番の理由は、女房が病気で死んじまったことだよ。その寂しさ紛らわして、世界救ってるってワケ」

「……知らぬこととはいえ、すいませんでした」

「いいよ。リラは、この世界が好きだったんだ。それを壊そうとする奴がいるんだから、犯人を止めるのが当然だって話さ」



 シロウさんの奥さん、リラさんっていうみたいだ。この人に世界を救わせるまで心底惚れさせるような女性って、一体どんな人だったんだろう。



 俺は、まるで自分の恋愛のようにシロウさんの相手のことが気になった。



「それに、魔界には死者の世界に通じる道があるって言うじゃねぇか。もしかしたら、魔王ブッ殺すついでにリラと会えるかもしれねぇ」



 確かに、その話は聞いたことがある。



 黄泉へ続く無限の階段が魔界には存在し、そこからエネルギーを吸収しているから悪魔やモンスターは人よりも強力になった。俺たちの地上に住むモンスターは、そんな強力な連中と縄張り争いをして負けた劣等種だから人に負けるくらい弱い、という学説もある程だ。



「その噂、本当だといいですね」

「あぁ。だが、余計なこと考えて長く生きようとしたら、こっちがコロッと死んじまうかもしれないし。そこは、最後まで忘れておかねぇとな」

「……な、なるほど」



 この人の、当たり前のように自分を殺すクレバーな一面を垣間見るたび、本当に人間をやめていると実感する。シロウさんは、どんな時でも目的のための最大効率を追求し、自分の身を焦がすことすら厭わない大胆さと勇猛さを兼ね備えている。



 兼ね備え過ぎている。と言ったほうが正しいだろう。彼は、魔界で一体何を見たのだろうか。俺は、未だ見ぬ魑魅魍魎を想像して身を震わせ、誤魔化すためにラム酒を一杯煽った。



「そういや、ステータスはどうだった?」

「前回より成長してましたよ」



 言って、俺はシロウさんに結果を渡した。



 ステータスは、項目毎のテストを受けて自分の実力を数値化したモノだ。このステータスを測ることによって自分の得手不得手を客観的に把握し、パーティでの役割を決めるのが冒険者の習わしである。



 ステータスの項目は、STR(力)、DEX(器用さ)、DEF(頑丈さ)、AGI(俊敏性)、INT(賢さ)、MND(精神力)、LUK(運)の七角形で表される。



 まぁ、個人的には参考程度にするモノだと思っている。数字なんて調子で日によって変動するし、単純にこういうのが好きな人が多くいるってだけで採用されている指標に過ぎないのだろう。



 ……ただ、偉業を成し遂げる人間が共通して高い項目が一つだけある。その一つである、MNDだけは信用してもいいかもしれないな。



「なるほど。やっぱり、若い奴はメキメキ数字が伸びていくから面白いねぇ」



 ここにも、ステータスが好きな人がいた。



 シロウさんは、自分のステータスにはまったく興味が無いクセに、俺やクロウやアカネのステータスを見て、何だかいつも嬉しそうにするのだった。



「シロウさんの結果は?」

「見てねぇよ」

「ちゃんと見てください」

「分かったよ。どれどれ……。あぁ、STRとAGIが少し落ちてるな。やっぱ、歳には敵わん。今年が現役を維持出来る最後かもしれないな」



 そんなことは無い。



 冒険者的に見ても、十二分に高水準のステータスだ。更に言えば、数値に現れない剣術や戦術的IQまで持ち合わせているのだから、この人以上の戦士が果たして世界に何人いるだろうってレベルだ。



 つまり、この人が自分を『大した事ない』と評する程に、魔界の脅威はイカれているということなのだろう。



「そうですか。因みに、MNDはどうでした?」

「前と変わらず、測定不能の"−"になってるぞ。気になるか?」

「いえ。シロウさんのメンタルがイカれてることくらい、流石に理解してますから。ちょっとからかっただけです」



 それから、俺たちは一週間待ち続けたが、勇者パーティに名乗りをあげてくれる冒険者は現れなかった。

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