追放した回復術士がハーレムを連れて「ざまぁ」と言いに来た(re)

夏目くちびる

第1話

 001



「クロウ。悪いけど、お前はクビな」



 冒険に出て、既に二年の月日が流れたとある日のことだった。



 俺たち四人は、王様より勅命を受けて魔王を倒す旅に身を置く勇者パーティ。現在は、世界各地に作られている"ダンジョン"と呼ばれる魔王軍の拠点を攻略して、魔王の分け身である悪魔の一人を討伐したところだ。



「な……っ!? どういうことだよ!? シロウ!!」



 俺の名前はキータ。



 僭越ながら、射撃手としてパーティの後衛を担っている。その役割は索敵から支援火力、たまに回復なんかもこなすことがあるオールラウンダー。



 ……といえば聞こえが良いが、実のところは誰よりも戦闘力の低い器用貧乏だ。



 しかし、聖なる宝具の"適合者"として選ばれたが故、世界平和のために働かせてもらっている。自己評価をするならば、勇者パーティのメンツというには未熟ながらも、必死に役割をこなそうとしているただの一般人と言ったところだろう。



 そして、メンバーにクビを言い渡した二メートル近くもある筋骨隆々の体格に、全身古傷を持つ白髪のおっかないおじさんが俺たちのリーダーであり勇者のシロウさん。対面に立つ、クビを言い渡された黒髪で華奢で爽やかな青年が回復術士のクロウだ。



 ……どうやら、そういうことらしい。



 俺は、疲れ切った体にムチを打って倒した悪魔の死体からアイテムを集めつつ、のっぴきならない彼らのやり取りへ静かに耳を傾けた。



「お前には、国を背負う資格が無かったってこった。これ以上、ここに居させてやることは出来ない」

「俺だって宝具の適合者だ!! 資格はあるに決まってる!!」



 宝具とは、適合者と呼ばれる特別な才能を持つ人間にのみ扱うことが出来るエモノ。その適合者が最も上手く扱うことの出来る形へ変化する特性を持つ、この世に四振りしか無い最強の武器の呼び名だ。



「それに、このパーティで一番実力があるのだって俺だろう!? ステータスがそれを物語ってるだろ!?」



 勇者パーティは、国民の不安を払拭するために旅の道中で各地の冒険者ギルドに立ち寄りステータスを開示する義務がある。モンスターや悪魔の詳細なステータスが分からず、そもそも基礎能力やスキルの数だけで戦闘の強さを測るなど無意味だと実戦に身を置くに俺は思うのだが――。



 そういう意味で言うなら、クロウの強さは世界一だ。何せ、ステータスは七項目中五項目が最高水準を示していて、更に才能ある者であれば三つ、天に選ばれた人間でも七つが限界だと言われてるスキルを十三つも扱えるのだから。



「なら、俺がお前の言うことを聞く義務なんてないハズだ!! それに、今回も悪魔には勝ったんだから何の問題もない!! 違うか!?」

「違うな」



 俺は、アイテムの回収を終わらせ、パーティのメイン火力を担う赤髪の少女アカネの隣に並んだ。彼女は、槍を扱う戦士だ。戦闘では屈強な精神を見せるモノの、今は泣きそうな顔でクロウを見守っていた。



「違う……だと?」

「あぁ。お前には『今』しか見えてない。その最強は、あまりに脆過ぎる」



 リーダーとして、今まで見守っていた大人として、それを口にするシロウさんの苦悩は、一体どれほどのモノだろう。絶対に失敗してはいけない旅を更に過酷なモノにすると分かっていても、最高級の戦力を切り捨てなければならない決断とはどれほどのモノだっただろう。



 ……勇者。



 この時、俺はなぜ王様が世界を救う人間にシロウさんを選んだのかを本当の意味で理解した。



「ふざけるな!!」

「俺が、ふざけてるように見えるか?」



 あまりの迫力に、クロウは後ずさって言葉を失った。本来であれば、自分より弱い人間を相手にしてたじろぐなどあり得ないことだが。相手があのシロウさんであれば、クロウの反応もさして驚かされるモノではない。



「いいか、クロウ。これは、成果を出せない奴を仲間にしておけるほど悠長な旅じゃねぇんだ。世界が滅ぶか滅ばねぇかって瀬戸際で、俺の言うこと聞かねぇで適当なことされっと困るんだよ」

「せ、成果は。だって、倒したじゃないか。悪魔を……っ」

「まず、そこがズレてんだよ。俺たちの成果は魔王をブッ殺すことであって、こんなザコ一匹ることじゃねぇぞ」



 あの死闘を繰り広げた相手がザコですか。



 ……などという俺の感想はさておき。



 ダンジョンへ潜り分け身の悪魔を倒す理由は、そうしなければ魔界に住む不死身で無敵の魔王を殺すことが出来ないからだ。これを一つずつ潰していくことで奴の命にようやく手が届くため、実質的にこの旅は魔王との長い長い一戦だと言えるだろう。



 ……シロウさんは、魔界からその情報を持ち帰ることに成功した唯一の生き残りだ。先代勇者グリントを筆頭に、嘗ての仲間たちを失った末に今の彼がここにいる。多くの屍の山の上に、俺たちの旅は成り立っているのだ。



 そして、何よりも俺たちはその事情を知っている。アカネも、もちろんクロウだって知ってしまっている。シロウさんが何を成し、何を成せなかったのかをすべて、王様から直々に聞かせて頂いているのだ。



 ならば、シロウさんがクロウを脆いと評する理由も分かるだろう。最強にも関わらず、勇者パーティに相応しくないとされる理由も納得出来るだろう。



「俺、今日までに何回言ったよ。勝手なことしねぇでくれって。必ずゴリ押しが通用しなくなる時が来るんだって。四人という少ない人数でパフォーマンスを出すには、絶対に協力しかないんだって」

「だから! 勝ってんだからいいだろ!? 最強は一番強いから最強なんだ! だったら、俺よりも強い奴なんているワケがない!! 負けるハズがないんだよ!!」

「そうか。その意見は実に興味深いが、あいにく今の俺たちに聞いてやれる暇は無いんだ。冒険から戻ったら、王都でゆっくり聞いてやるよ」



 相手にされていないことでプライドを逆撫でされたからか、クロウは徐々に恨めしい黒の炎を目に宿していく。



 それでも俺は、この追放は仕方のない措置だと思った。



「宝具、寄越してくれ」

「こ、これは、俺に与えられた物だろ」



 特別な道具に固執するクロウの言葉を聞いて、シロウさんは小さくため息を吐いた。しかし、クロウを庇うワケではないが、宝具は自分の力を何よりも引き出してくれる代物なのだから、手放したくないと思うのは当然の反応だ。



 そして、俺とクロウの精神にはなんの違いも無いことも分かった。もしも、俺が最強だったなら、俺は彼と同じ間違いを起こしていただろう。



「与えられたっつってもよ。宝具は王様のモノであって、俺らは目的のために借りてるだけなんだから、クビになれば返すのは当たり前だろ」

「……後悔するぞ」



 言って、クロウは宝具を地面に放り投げた。シロウさんは、何も言わずに拾い上げて砂埃を手で払う。



「シロウ。お前も、俺がやったアクセサリーを返せ。貸してやる義理なんて無い」

「あぁ、ほら」



 シロウさんは、幾つかの指輪を外して丁寧にクロウへ手渡した。それに倣い、俺もクロウから借りていた耳飾りを渡す。これらは、クロウのスキルで特殊な力を付与したパワーアップアイテムだ。



 回復スキルはもちろん、付与スキルや攻撃スキル、果ては移動スキルまで扱えるというのだから、やはりクロウの実力は一頭群を抜いていると言わざるを得ないだろう。



 これからの俺たちの戦闘は、更に頭脳を使わなきゃならなそうだ。



「じゃあな、クロウ。達者でやれよ」



 ダンジョンから出ると、シロウさんは小さく手を振る。しかし、クロウは憎悪の籠もった表情で彼を一瞬だけ睨みつけ、何も言わないまま踵を返し遠くへ歩いていった。



「アカネ、お前はいいのか?」

「いい、とは?」

「お前は、クロウが居たからここに居たんだろ」

「でも……」

「命賭けるって、簡単じゃねぇぞ。幼馴染のあいつがいない場所で、お前は今まで通り必死になれるのか?」



 すると、アカネは拳を強く握って何かを考えた。



「……すいません。今まで、お世話になりました」



 ペコリと頭を下げ、宝具をシロウさんに預けると彼女はクロウを追っていった。世界を救うための戦いなのに、こんな形で内部分裂するだなんてあんまりだと思った。



 これから、どうなるんだろう。



「……なぁ、キータ」

「なんですか、シロウさん」



 疲れたように笑って俺を見る彼は、既にさっきまでの冷徹で無慈悲な精神を失っている。柔らかくて、とても安心してしまう。この人の傷は、人を守るために出来たのだと説明されずに分かってしまう。



 本当に、顔が怖くて筋肉ムキムキでデカ過ぎるだけの、ただのおじさんの姿がそこにはあった。



「悪い、お前には迷惑かけちまう」

「いいですよ。シロウさんの考えにも、クロウの考えにも、俺は一定の理解があります。いずれ起きた衝突でしょうから、むしろ魔界に入る前でよかったと思います」



 言うと、シロウさんは俺の頭をガシガシと撫でた。この歳になって頭を撫でられるなど気恥ずかしいが、嬉しくなるのも確かなので拒否ったりはしない。



「……行こうか」



 シロウさんは、明らかに凹んでいた。珍しいこともあるモノだ。



「仕方ありませんよ。無敵感って、挫折しないと無くなりませんし」

「なぁ、お前二十歳だろ。その意見は、ちょっと大人過ぎねぇか?」

「俺は、中途半端な実力な分たくさん挫折してますから。自分を特別視なんて出来ないだけです」



 宝具は、俺が手にしたモノは軽い弓に、シロウさんが手にしたモノは巨大なグレートソードになった。因みに、適合者でない者が触れると形を失い鈍重な鉄の延べ棒のようになるため武器として使うことも出来ない。



 そして、退魔の力を持つ宝具は、この世界に存在する武器の中で最も効率的に悪魔へダメージを与える。更に、一撃で死へ導く呪いの力すら斬り裂くことが出来る特攻性を持っている。



 故に、勇者パーティは四人なのだ。



「グレートソードの二刀流とは、脳筋が極まってますね。似合ってますよ」

「まったく、今だけはこの便利な機能が恨めしいぜ。重たくて仕方ねぇ」

「クビにするの、次の街についてからの方がよかったんじゃないですか?」

「ここの方が王都に近いからいいんだよ」



 こうして、俺たちは暗いダンジョンから広い荒野へ足を踏み入れ巨大都市アクセルへ旅立った。



 まずは、そこで適合者を探さねば。俺のような凡人にも備わっている可能性のある才能だから、あれだけの大都会なら何人かはいるだろうけど。



 問題は、シロウさんの言う『国を背負う資格』の方だ。果たして、世界の平和のために旅に出てくれる人が見つかるだろうか。

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