いつもの掛け声

 高層マンション一階部分に私たちさくらベーカリーの新店舗が入り器材がほぼ搬入設営できた。

 何でも記念写真を撮りたがる兄と母が店内の様子をこと細かく撮影し、父と私はそのフレーム内におさまるようにうるさく言われた。

 私もスマホで写真を撮る方だが、父母と兄はそれ以上に撮る。だから私は呆れたような顔をして写真係を降りたのだった。

 モデルに飽きた父が自分も撮ると言い出して、どこかから何やら年季の入ったカメラを持ってきた。

 黒くて重そうなカメラ。一眼レフというのだろうか。

「フィルムカメラだ」

「フィルムなんて手に入るの?」

「通販でどうにか手に入れた」父は得意そうに言った。

 我が家にあるデジタル一眼レフカメラよりも大きな気がする。何より発光する装置が別についている。

「これか? これはグリップタイプのストロボだ」

 カメラの片側、撮影者から見て左側にストロボをとりつけ、そのグリップを左手に握り、右手でシャッターを押すらしい。

「大丈夫なの?」母が心配している。「半分真っ黒ってことないよね?」

 室内で撮影し始めた父は一枚撮るのにも悪戦苦闘していた。

「大丈夫、今回はシャッタースピードを60分の1にしてある。この間は250分の1だったからなあ」

 フラッシュ撮影の場合、シャッタースピードが速いと写真の片側が真っ黒になるらしい。説明されてもなぜだか理解できなかった。

 それよりもいちいちファインダーを覗いてレンズまわりをまわしているのが気になる。

「昔のカメラだからな。ピントも自分で合せるんだ。手動フォーカス」

 もしやピンぼけ写真ができたりして。

「――ISO100のフィルムでガイドナンバーが40だから……距離5メートルとみて、絞りは8で良いかな……」

「父さん、大丈夫かよ」兄も心配している。「マニュアルフル発光でなくて、オートできるんだろ」

「おお、それもやってみるか」

 もうどうでも良かった。スマホで写真を撮っているし。

 しかし、つきあいで父のカメラにも写る。三脚をたてタイマー撮影を何枚か行った。

「撮れたの?」私は訊く。

「現像しないとわからんな」父は笑う。

「どこで現像してもらうのかな?」

「〇〇カメラ店なら受け付けている」父は近くに古くからある写真店の名を挙げた。


 そんなことをしながら最後は店の外から店を背景に家族写真を撮ることになった。

 ビル風が強い。重いカメラをとりつけた三脚が危なっかしかった。

「私が撮るからさ、三人並んでよ」と言って私が構えたのはもちろんスマホだ。

 父ご自慢の一眼レフは店内に置いてきた。誰かにシャッターを押してもらうことも考えたが、ピントを合わせたり煩わしいことが多いので父に諦めてもらったのだ。

「じゃあ、撮るね」私は三人に向かって言った。「さくらベーカリー!!!」

 ニッと笑う三人の絵が収まる。新店舗も綺麗に写っている。

「俺が撮るよ」兄が私に交代を告げた。

「誰かに撮ってもらおうよ」私は行きかう人を見まわし、ミニスカメイド服を着た若い女性を見つけた。

 秋葉原でもないのにその格好。もしかしてコスプレイヤー?

「あの、すみません」

「写真を撮るのね?」

 振り返ったその子はびっくりするほど美人だった。

 つけまつげに濃いアイシャドウ。真っ赤なルージュ。白く塗りたくった顔。黒髪ストレートの髪は腰のあたりまであり、清楚系メイドのつもりなのだろうか。誰かに似ているな。

 私の前でポーズを撮ろうとしたものだから、私は苦笑いしてしまった。

「私たちを撮って欲しいのですが」

「あらああああ!!!」

 彼女は真っ赤になってから私の肩をたたいた。痛い。

「ごめんなさい」

 気を取り直したように彼女は私のスマホを手にして、四人並んだ私たちを見た。

「掛け声は何? 富嶽百景?」

 いやそれだと私たちは写らないでしょ。

「『さくらベーカリー』でお願いします」

「あいよ!」江戸っ子か!?

 私たちはメイド服姿の彼女を見た。

「「「さくらベーカリー!!!」」」

 続けて何枚も撮ったから私は恥ずかしくなった。通りがかりの人が笑っている気がする。

 しかし、撮ってもらった写真は気に入っている。

 新しい店の前に並ぶ私たちは幸せそうに笑っていた。

 私たちはこれからもこうして記念写真を撮っていきたいと思っている。

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