ミッション9:レイド #2

 評議会は教会主導の戦いを疑問視する流れから、その自主性を煽る存在である『さすらい人』への警戒を強めた。スナイパーたちを見る目はどれも敵愾心てきがいしんに燃えている。


「これより先の魔物による王都襲撃の懲罰を申し渡す。さすらい人よ、前へ」

「いや、初っ端から懲罰って…」

「懲罰委員会は貴族会からもさし許されている。これは王家に代わり行われる正当な裁きであるぞ!」

「あー…っと、もうちょい民主的なアレはないんすかね?」

「否! 王都の秩序を乱し、住民を危険に晒した。教会に独断はあり得ぬ……よって全ての責任は貴殿らにある事は瞭然たる事実!」


 これは王都攻防戦による被害の責任追及と教会を使用したことに対する糾弾会だ。評議会は話し合いという予定調和を経て、懲罰委員会を発足した。同じように住民を危険に晒したはずの守備隊については放置され、今回は含まれていない。どう見ても詰んでいる状況を切り抜ける策が見当たらず、スナイパーはキャップを掻く。


「選択肢すら出ねえとか確実に詰んでるし、どうすん…」

「そんな! オレの不思議なパワーのせいで……こんなことに?」


 スナイパーのぼやきを遮り、まだ戦火の余韻が残る評議会室を揺るがす大声量が響き渡った。その場にいる誰もが不審な目を向ける。ハントニクはあたかもオペラ演者のごとく、タクティカルベストに両手を当ててポージングを決めていた。


[✓] 脱出ルートを確保する

 ・不思議なパワーについて話し合う

 ・懲罰委員会を一定時間引きつける


 今にも歌い出しそうな歌劇調の挙手にスナイパーは深緑の半目を向けた。どうにも理解出来ないという顔でキャップを掻く手を止める。


「……あのさ、フルパワーで積極性発揮してる場合じゃねえんすよ」

「チッ…まだコントロール出来てねえのか。何度も制御しろと言っただろ」

「ちょっ、この話広げんの? お前意外にノリ良いのな!?」

「毎晩ハーブティー飲んでたのに!」

「頭だけじゃなくて自律神経まで乱れてんのかよ!」


 ルークまでもがハントニクの熱演に参戦し、恐ろしく完璧な真顔で適当なことを言い始める。一旦危機的状況を脇に置いてスナイパーは発言を回収していくが、予想外の方向から援護射撃もとい質問が飛んだ。


「アントンの不思議な力……どんなパワーなの?」

「うっそ、斜め上からイノセント降って来たんすけど!?」


 頭上から手に負えない流れ弾を食らい、スナイパーはひたすら実況に徹している。彼なりに野太い声を出すことで気持ちを落ち着けているのかも知れない。そのため、彼の発言力に不可解な事象を止める効力はなく、引き続きハントニクたちは盛り上がりを見せる。


「オレの力は皆を不幸にする……靴の中に何も無いのに歩くと小石が刺さる感じする時あるでしょ?  それよ!」

「些細な割にウザさ抜群の存在感じゃん!」

「そうなんだ! アントンのパワー…すごい!」

「良いか、お前の料理中にソルト瓶がクソほど倒れるのも……こいつの力だ」

「そんなん普通に腹減って暴れてっからだろ!」

「えっ、そうだったの? アントン、たいへんだね…」

「そそ、撒き散らされないようにオレを大事にするのよ。覚えておいて!」

「うん!」

「OK分かった、さてはお前ら話聞く気ねえな!?」


 スナイパーは当事者意識薄く叫ぶが、そんな彼も含めてFPSプレイヤーは全体的に満遍なく大体の場面でいつも話を聞いていない。と言うより、常に戦闘バトルを求めるFPSプレイヤーは度々ストーリーを見過ごす傾向がある。そうでなくとも興味のないことはなかなか頭に入らないものだ。それは相手側も同じらしく、懲罰委員会はあらかじめ決められた計画をなぞる。


「では、さすらい人の処分を」

「待たれよ! 予言書のさすらい人を処すれば、ドラゴンの加護を失ってしまうやも知れぬ……誰にやらせると言うのだ?」


 ここに来てFPSプレイヤーの処分を押し付け合う声に「そっからかよ!」と例によって野太い声が騒ぐ。この懲罰委員会という名の評議会の糾弾は、王都に被害を出したことではなく、予言書のさすらい人という立場を利用して教会を動かしたところにある。先ほどから具体的な被害については一切触れず、妬みにも似た目をギラつかせていることからも真意が伺える。


「魔法使いにやらせれば良いではないか」

「教会は王の命しか聞かぬ、謁見には教戒師だけが…」

「何を憂う、幸いなことに近衛兵が居る。其処の近衛兵、魔法使いを賜れるよう王に進言せよ」

「出来ません。王の命に背きます」

「王だけでなく教戒師すら姿を見せぬ。今や貴族会より認められた懲罰委員会に権限があるのだぞ」

「然様、此度の被害は身に染みたであろう。さすらい人を処する魔法使いは我々に任せるのが道理であるぞ……連れて参れ!」

「私たちは近衛兵となりました。魔法使いはおりません」

「貴殿らの魔法使いの事では無い。教戒師でも誰でも良い、他を呼べと申しているのだ!」


 シックスパックは懲罰委員会の要求を粛々と跳ね除けた。王家か貴族会か又は教会の教義であるのかは分からないが、忠実すぎるがゆえに融通が利かないところは彼らも魔法使いと似ている。懲罰委員会は目論見が通用しないことに憤り、ひび割れた円卓を叩き壊す寸前だった。


「懲罰委員の方、案ずるには及びません! 私には名を知る魔法使いがおります」


 突然、清廉潔白な彼が名乗りを上げた。報告以上の発言力を持たない守備隊の勝手に、白々しくも評議会室中が密談で賑わう。


「守備隊如きが……何故、魔法使いの名を?」

「あれでも聖騎士に近いと言われる清廉潔白な騎士、魔法使いを知っていると言うから呼んでやったのだ」


 清廉潔白な彼は円卓越しに笑みを浮かべ、近衛兵となったシックスパックに向かってプレートアーマーの篭手ガントレットを挙げる。


「近衛兵よ、アンヘルを呼びたまえ」


 評議会室に聞こえの良い声が通ると共に火蓋は切って落とされた。シックスパックはかなりの間を置き、FPSプレイヤーの方にそっとヘッドギアを向ける。彼らが視線を送る先では、グレネットが膝をさすっていた。


[✓] 王都から脱出する

 ・タンデムローター式ヘリコプターに搭乗する


 一応、当事者であるグレネットよりもスナイパーの方が顔をしかめる。初めから評議会改め懲罰委員会の話を聞いていなかった他のメンバーに代わり、リアクションを取ったかのようだ。


「うっわ、名指し……まあ、あんなヤベえ服着た大男とか目立つ、」

「おじいちゃん、膝がいたい」

「そうか、帰るぞ」

「帰ッ……ひざァ!?」


 スナイパーはグレネットの訴えに声を裏返すが、ルークが帰還命令を出した理由は膝の負傷という致命傷を危惧したからだけではない。そもそもFPSプレイヤーというゲーマーはクリア報酬を獲得した後、すぐにでも次のミッションに向かう性質だ。いつまでも同じフィールドに留まることはほとんどない。案の定、早々に背を向けたFPSプレイヤーを見て清廉潔白な彼の顔に青筋が浮かんだ。


「話は終わっていないぞ、さすらい人!」

「あぁ? クソはクソらしくクソの自覚ぐらい持ちやがれ、ケツ野郎。話はそれからだ」

「おおおまっ、さすがに暴言はまずいって……マジすんません! 本気で言ったわけじゃないんで!」


 あまりの暴言に清廉潔白な彼が言葉を失う中、ルークはやる気のない半目であくびをしている。さらにスナイパーの野太い弁明は険悪な雰囲気を収めるどころか囃し立てているようにしか聞こえず、懲罰委員会が不快そうに眉をひそめる。そのうちのひとりが苛々と円卓を指で突く。


「勇者の呼んださすらい人よ、思い上がるで無い。教会の後ろ盾があるからと言って、貴殿らに評議会を従わせる力は無いのだ」

「奇遇だな、俺も愛人じゃねえんだ。てめーのクソ長えクソプレイなんざ興味はねーぞ」

「だッ…から3周目、お前の語彙力どんだけクソ詰まってんだ! ガチでメインストーリー詰んだらどうすんだよ…!」


 ルークは絶好調の巻き舌で捲し立て、スナイパーの野太い声が虚しく響く。だが今更暴言を制止したところで好感度が上がることはなく、ひっくり返したミルクを嘆いても仕方がない。


「そも、さすらい人自体が疑わしかったのだ。その者達はいつ現れた? 初めから死をも偽り、我々が物言えぬよう謀ったのでは?」


 懲罰委員会は順々にFPSプレイヤーを睨めつけ、そして眠そうにあくびを続けるルークで目を止めた。お近づきになりたいかどうかはともかく、事情を知らない懲罰委員会からするといつから居たのかも知れない不審人物だ。


「ああ、俺か? クソの足しにもならねえクソ野郎だ。顔も名前も覚えるな」


 とうとう目を開ける気もなくなってきたらしいルークから素気なく断られ、懲罰委員会は言うまでもなくスナイパーも絶句した。そのタイミングを見計らったように、これまでずっと口を閉じていたタンクがUIから手を離す。


「ルーク、用意出来たよ」

「仕事が早いな、今夜食事でもどうだ」

「オートパイロットじゃないから手が離せなくてね、遠慮するよ」


 タンクもまたルークの口説きに素っ気なく返した。もはや懲罰委員会との亀裂は決定的なものとなり、FPSプレイヤーはいつもの調子で評議会室を後にする。スナイパーは懲罰委員会の面々と同様に目を見張った。


「どこの文化圏でどんな飯食ったら、そんなウィットに富めんの……自由すぎない!?」


 そういうスナイパーも仲間の後を追って脱出に便乗しているが、何かを言わずにはいられないのだろう。相変わらずの彼にグレネットはひどく申し訳なさそうに自らの膝を擦る。


「うーん、ごめんね。膝いたい」

「そうよ、膝痛い方が重要でしょ! それとも、もっとこのオジサンたち叩きたい? あらやだ、芋ってそういう趣味?」

「おぉー……そういう趣味ってなに?」

「俺の性癖が疑われた……どうして…」


 ハントニクの突撃兵アタッカーというIDに相応しい追撃を受けて、スナイパーは愕然とするも足を止めることはない。彼らはグレネットの疑問に答えないまま、扉を出た先に鎮座するタンデムローター式ヘリコプターに乗り込んでいく。

 あまりにも平常にFPSプレイヤーが退出したため、一瞬だけ守備隊は出遅れた。途端に彼らが出ていった扉へ駆け寄り、ノブに触れた守備隊から後続の何人かが不自然に硬直する。評議会室と外を隔てる境界は濃い砂の層で覆われ、細かな粒子を伝い火花が散っていた。守備隊は感電した仲間のプレートアーマーを蹴り飛ばしながら口々に何かを叫び、懲罰委員会とは名ばかりの評議会が非難の声を上げる。しかし彼らの怒号は、すでに離陸態勢に入ったタンデムローターの羽音に打ち消されて音にならなかった。


「帰り方ッ……どうなってんすか!」

『ブラックホークは落ちるから嫌なんだろう? それとも退役機じゃ不満?』

「滅相もないです、はい」


 スナイパーはやや警戒して機体に乗り込み、ノイズキャンセリングヘッドホンから流れる可憐な声に手のひらを返した。タンクが野太い受容に操縦席で口角を上げる一方、気ままな男3人はキャビンの搭乗席ではしゃぐ。


「CH-46Eだ! すごい! シーナイト、かっこいい!」

「おじいちゃーん、窓枠落としてく?」

「おお、置き土産だ。くれてやれ」


 ルークはCH-46Eシーナイトの窓枠をガタガタと揺らすハントニクに工具ドライバーを投げ渡し、大型カーゴドア近くに積まれた物資に埋もれて寝る体勢に入った。彼らの危うい活動を目撃してスナイパーが慌てる。


「止めろって、国際問題になんだろ!」

「ならねーぞ」

「治外法権よ」

「そういうの、マジで怒られっからな!?」


 無責任に言い放つ男2人に何を言ったところでスナイパーが止められるわけもない。これも彼らなりの遊び方に他ならないからだ。何より楽しそうに手を振り続けるグレネットを見れば一目瞭然だろう。


「ありがとう、さようなら!」

「お前もどういう追い打ち掛けてんだよ!」


 スナイパーは横槍を入れることに夢中で気づかなかったが、教会の尖塔には教戒師である先生を含めた数名の魔法使いが佇む。彼らは手を振り返すこともなく、FPSプレイヤーを乗せたシーナイトが城壁外へと去って行くのを直立不動で見送っていた。

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