CHAPTER 3

ミッション9:レイド #1

 礼拝堂を思わせる儀礼の間に人の息遣いだけがあった。荘厳なパイプオルガンはあるが使われた形跡はない。単なるオブジェクトに奏者はなく、木造の二階部には仮面を被った貴族会が座っていた。彼らが眺める階下の祭壇には先生と数名の近衛兵が控え、対面にシックスパックと呼ばれていた聖騎士隊が整列する。

 隊長を含めた聖騎士隊シックスパックは不発弾の爆発からさすらい人FPSプレイヤーを庇い、爆散した。そう、確かに彼らは死亡したはずだった。だがシックスパックの肉体に傷は見当たらず、祭壇の上に複数の魔法使いの遺体が横たわる。


「お赦しください、教戒師様」

「彼らの魔力は尽きましたが、あなたたちの命となりました。何も失われていません」


 先生は深く懺悔するシックスパックに向かって優しく微笑んだ。その色褪せた目には悲しみどころか何も含まれておらず、魔法使いの犠牲に特別な感情は抱いていないように見える。それもシックスパックにとっては当たり前なのか、疑問に思う素振りもなく祈りを捧げる。


「慈悲深きお方……私たちの懺悔を焼べ、魔法使いにドラゴンのご加護を…っ」

「高位なるお姿に至れたことを幸福に思います。祝福を」


 シックスパックの声は徐々に小さくなり、言葉を詰まらせた。彼らが頭を垂れて跪く上から先生が祝福を贈る様は現実味がなく、まるで絵画の一幕のようだ。そこへシーツお化けを思わせる『高位なるお姿』が近づく。全身を覆い尽くす白い布がふわりと捲れた。そこに中身はなかった。本当にお化けの類なのか、人の形をした布がひとりでに動いている。


「──祝福を」


 薄暗い儀礼の間の上部から貴族会の甘やかな声が降ってきた。それを合図としたように、魔法使いの遺体に『高位なるお姿』が覆い被さる。布の塊に抱き込まれた下から、何とも不快な肉や骨が砕かれる音が響く。思わず顔をしかめてしまいそうになる音だ。しかし先生や一連の儀式を見下ろす貴族会、それを見守る近衛兵やシックスパックすら顔色ひとつ変えない。しばらく続いた受け入れがたい音が止まると高位なるお姿は音もなく去っていく。魔法使いの遺体があった場所には、小さな石だけが残されていた。それは送りの塔と呼ばれる杖の先端に付けられた──あの宝石とよく似ている。


「風の騎士様、こちらを」


 先生は微笑みを浮かべて隊長を呼んだ。魔法使いの石、おそらく魔石とも呼べる遺物を隊長に授ける。そして順々に聖騎士隊を呼び寄せ、ひとりひとりに優しく手渡す。魔石には文字らしきものが刻まれていた。多少焦げついたヘッドギアから隊長は目を落とし、魔石を強く握り締める。


「長く生きた。魔法使いでは長すぎるほどだ……どうか祝福を」


 隊長の小さな囁きが魔石に注がれる。他のシックスパックも同じように弔いを捧げていた。幾度となく行われてきたのだろう葬送儀礼に、貴族会が愛おしそうな視線を注ぎ、先生の背後に控えていた近衛兵が口を開く。


「魔法使いを失いし聖騎士よ、あなた方は近衛兵となります。これからもドラゴンのために生き、ドラゴンのために死になさい。私たちは等しくドラゴンより恩寵を…」


 聖騎士隊の任を解かれたシックスパックが拝命する中、予告もなく儀礼の間の扉が開け放たれた。重苦しい空気を破壊するように、複数のプレートアーマーがシックスパックに向かって歩み寄る。


「教会の方、ご同行を願います」


 守備隊の先頭にいる清廉潔白な彼が出頭命令を下し、行われている儀式に気づいて心なしか嬉しそうな笑みを浮かべる。常に従順な教会から反論があるわけもなく、王家にしか従わない近衛兵の制止すらない。この場において貴族会だけが場違いな守備隊に向けて、仮面の奥から温度のない眼差しを注いでいた。


 ***


 突如として降ってきた不発弾の爆発に巻き込まれ、ルークは残機を1つ減らして復活リスポーンした。だが他のFPSプレイヤーはシックスパックが身を挺したことでリスポーンまでの負傷には至らず、戦闘終了の判定と同時に自動回復が適応された──という具合に無事ではあった。

 彼らは鋼のような筋肉の下敷きになったことで気を失い、さらに戦闘の緊張が解けた反動からか、そのまま深い眠りに落ちた。そして次に目覚めた時、スナイパーはマッチングがローディング中であることに気づくのだった。


[✓] 王都脱出イベントを開始する

 ・ムービーについて話し合う

 ・評議会から出頭命令を受ける(サブ目標:守備隊を一人も殺さない)


 スナイパーたちのIDが並ぶ下に、新しいマッチングリストの枠が追加されていた。そこにはブラボーの表記が浮かび、よく見ると従来のリストにもアルファの表記が足されている。スナイパーは質素なダイニングテーブルから身を乗り出し、興奮をあらわに空中を指差す。


「だからさ、マジ予知夢ったかも知んねえんだよ! マッチング欄増えてるし、アルファとブラボーってレイド始まんじゃね!?」


 スナイパーは深緑の目を輝かせ、やけに記憶に残る夢を見たことを報告した。ちなみにアルファチームとなったスナイパーたちFPSプレイヤーは朝食の真っ最中だ。野太い声で騒ぐ彼が料理に手を付けるたびに、皿にカトラリーの当たる音が響く。


「プレイヤーみたいな人が出る夢だったら……私も見たね」

「へ?」


 タンクからの返答にスナイパーの野太い主張が止まる。彼女の可憐な声を聞いて、対角線上に座るハントニクが髭に付いたパンの欠片を払った。その手に持つ大きめのジャンボン・フロマージュは早くも食べ終わりかけだ。


「ふーん? タンクちゃんも見たならただの夢じゃなさそうねー、ネイトは見た?」

「おれ? うーん、見た、かな? 見たとおもう……あっ、ケーキつくる夢は覚えてるよ!」


 グレネットは給仕の手を止めて小振りの頭をぐらつかせた後、パッと閃いたとばかりにバケットを掲げる。少しだけ散ったパンくずを浴びつつ、スナイパーは唖然とする。


「うっそ、あの爆発後にそんな健やかな夢に包まれてたのかよ……」

「う、うん? ごめんね、次はちゃんと覚える!」

「覚えなくてイイのよ、変な生首よりケーキの夢が重要でしょ!」

「なるほど?」

「なんで……お前が、夢の内容知ってんだ!?」


 FPSプレイヤーの前には数種のホットドリンクが入ったクープドゥボルと搾りたてのジュース、そしてジャンボン・フロマージュに使った余りのバゲットと手製のバターやジャムが並んでいる。主にタンクとハントニクの傍らにあるプロテインを混ぜたペットボトルの他は、全て教会から提供された食材でグレネットが用意したものだ。わずかに首を傾げたグレネットが給仕を再開する間、ハントニクはルークに軍用サングラスを向ける。


「おじいちゃん残機減っただけよね。何か見たりした?」

「あ? 次のマッチングがあの美女なんだろ。そこの女体弄り回してるクソ芋野郎とチェンジだ、迎えに行くぞ」

「にょっ!? まッ…違ってはねえけど語弊があんだろ……ってかフルフェイスだったよな? え、何、確証ねえのに俺追い出されんの!?」


 ルークが淀みなく宣告するとスナイパーは取り乱した。いつものことだ。それに対してグレネットが真に受けるのも見慣れた光景になりつつある。


「えっ、そうなの? さみしくなるね……がんばって!」

「お、おう……そういう援護射撃ガチめに傷つくんで勘弁してください」


 支援兵バックアップのID通り的確にとどめを刺してくるグレネットに対し、スナイパーは顔を引きつらせた。ハントニクはジャンボン・フロマージュを食べ終えた手をナプキンで拭き、軽快にダブルフィンガーガンで空を撃つ。


「じゃ、全員同じ夢見たってことね!」

「マジか! なんだよ、俺の秘められし予知能力が開眼したんじゃ…」


 ハントニクはすっかり消沈したスナイパーを放って、プロテインを飲むタイミングを図っていたタンクに顔を向ける。


「どう思う? タンクちゃん」

「この夢、ムービーじゃないか?」

「……なんて?」


 タンクの推測にスナイパーは虚を衝かれた。余談だがプロテインだけはレーションにあった物資で賄っている。さすがにグレネットでもプロテインパウダーを一から配合することは難しかったようだ。


「あー、ムービーね! ネイト、またスキップしちゃった?」

「そっか、操作まちがえたかな?」

「ケーキに集中してたんだろ。良いじゃねーか、何作ってたんだ」

「タルタ・デ・サンティアゴ・エ・ドゥルセ・デ・レーチェ!」

「なんて?」

「そうと決まれば王都脱出戦ね、どのルートから攻めちゃう?」

「なんで!?」

「うん? どこ撃つ? 燃やす?」

「いや、どんだけ好戦的に出ようとしてんだ。普通に出入り口ありますよ!?」


 スナイパーが朝食会場の扉を指し示すと男3人の好き勝手な会話が止まった。タンクもプロテインが含まれたペットボトルを置き、質素な扉に目を走らせる。


「それは……どうだろうね」

〈周囲ニ複数ノ敵対反応ヲ感知──バトラー、警戒ヲ推奨〉


 マナーの無機質な機械音声が鳴り響いた直後、多数のプレートアーマーが突入してきた。守備隊は一定の距離を取りながらFPSプレイヤーを囲み、アーメットの隙間から殺気を向ける。ルークはアップルジュースに似た液体を飲み干し、食べかけのジャンボン・フロマージュをポケットに押し込めて立ち上がる。


「適当に遊んでやれば穴も開くだろ」

「そうなの? あそぶ? なにする?」

「挑発してつけ入る隙作るのよ」

「ちょうはつ?」

「お前はいつも通り話せば良い」

「そそ、お喋りしましょ!」

「うん? うん、わかった!」


 グレネットがゆるゆると緩い気合を入れ、ハントニクとルークが適当な発言を繰り返すにつれて、守備隊のプレートアーマーが軋みを上げる。無言を貫いているが手に取るように怒りが伝わり、スナイパーは頭を抱えた。


「……せめてどっか違うとこで悪巧みしてくんね? めっちゃ見られてっから!」


 こうしてスナイパーの野太い声がこだまする中、FPSプレイヤーは評議会室まで連行された。そこにはすでにシックスパックが出頭しており、彼らをはべらせた評議会が薄ら笑みを浮かべる。


「貴殿らに懲罰を申し渡す」

「え、これ詰んだ?」


 今にも崩壊しそうな円卓の中心でスナイパーが呟いた。いつものことながら脊髄反射で発せられた野太い声は呟きにしては大きな声量だった。

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