ミッション8:コンプレクス #3
貴族会が寛ぐ間を光の粒子がせせらぎのごとく流れる。この室内には扉や窓は一つもないが、どこからともなく流れ込んで来た銀色の光を追い、白い布を被った人々が続々と集まる。それらの姿は魔法使いよりも顕著に隠され、まるでシーツを被ったお化けだ。
「おぉ、高位なるお姿が来たる。魔王城にもならぶるに足る
「いいえ、教会は時に
先生は微笑みを湛え、貴族会の期待を受け流した。彼の色褪せた目は足元を流れる光の粒子──
「然もあらば、魔法使い……ドラゴンに祝福を捧げよ」
「ドラゴンに祝福を」
そう祈りを捧げる先生の体を
***
王都にそびえ立つ大樹のモニュメントから銀色の魔力が舞い散り、緩やかに解けていく蔦の
「勇者様が……王都をお救いになられた!」
誰かの上げた勝ち
「……俺はまだ何もしていないぞ」
「全ての行いは、意味を成します」
「アーチ、奴らは?」
「遂げられました」
「?……無事ならば、構わん」
アーチの粛然とした答えに勇者は首を捻る。王都民は皆一様に大樹のモニュメントを眺め、戦闘が終わったことを確信している。勇者も霧が晴れる中で立ち上がり、剣斧を担ぎ直した。徐々に大きくなる人々の歓声は、もう彼の耳に届いていない。
「あれがさすらい人の戦いか」
いつの間にか頭部の麻袋が消えた勇者は、
「あなたは勇者様」
「ああ、俺には出来んことだ。奴らは……訳が分からんな」
「彼らは、さすらい人様」
「さっぱり分からんが、」
「いいえ、勇者様」
「慰めなら要らんぞ」
勇者はアーチのぎこちない会話に、無精髭の生えた顔をほころばせた。それから大樹の下へ集うFPSプレイヤーに視線を移し、眩しいものを見るように深い青を細める。とうとう彼は会話が終わるまで、麻袋が取れていることに気づかなかった。
***
ドローン部隊の空爆に加えて魔法使いによる街のシールド化に巻き込まれ、多くの死傷者が出た。そこかしこで嘆きや悲鳴が響き渡り、さらに遠くの方で勝利の歓声が混じる。戦闘終了と共に自動的に回復する
「街の被害は?」
「魂は死ぬことに慣れています。ですが、お心遣いありがとうございます」
「そう、……悪かったね」
どことなく決まりが悪そうにタンクが目をそらす。どんなに大目に見ても、FPSプレイヤーの戦闘によってかなりの迷惑を被ったはずだ。しかし上半身の肉体美を晒すシックスパック──聖騎士隊の隊長は爽やかな笑みを深める。
「王は予言を成せと仰られました。さすらい人様のお力になれることが、私たちの喜びです!」
「情報が役に立ったなら良かったよ」
恭しく大胸筋に手を当てた隊長だけでなく、他のシックスパックも白い歯を輝かせる。タンクは半裸に囲まれた危険地帯から視線を外し、
[✓] 狙撃条件クリア報酬:誘導ライフル弾(DARPA弾)を受け取る
ドローン部隊の大樹から光が降り注ぐ下にFPSプレイヤーが集う。その中にスナイパーにとって初対面の仲間が合流した。いつからかマッチングリストの一番下にあった文字化けは解除され、そこにMynas Lurker(マイナス・ラーカー)のIDが浮かぶ。第二次世界大戦中の米軍通信兵の格好をした通称〝ルーク〟は、タンクの姿を認めてグレネットを見上げる。
「……お前が言ってた格好良いはこういうことか」
「うん! タンクちゃん、すごい! つよい! かっこいい!」
いつもよりほんの少し力のこもった返答を聞き、ルークは分厚いマフラーとM1ヘルメットの間にあるアンバーアイズを細める。
「そうか、俺の器が試されるな」
「17歳にタンクちゃんは刺激強すぎたかしらアッヒヒッ!」
「伸び代があると言え」
「は? お前、年下!?」
ハントニクの高笑いに物怖じしない少年の年不相応な態度に、スナイパーの一言多いプレイスタイルが発動した。使用している中身の影響だろうか。タンクやハントニクの肉弾凶器アバターやグレネットの恐怖すら感じる顔立ちと比べて、ルークの健康的なアバターは甘い顔と言えるが、どこかの女性アバター(男)と同じく持ち腐れていた。
「てめーが……チッ、クソ芋野郎か」
「初対面で舌打ち……え、怖…」
「おら、褒美だ」
「うおッぶな! な、何これ…」
今気づいたと言わんばかりに「褒美」が投げ寄越された。かろうじて回避したスナイパーの頭上に大きな影が掛かる。
「誘導ライフル弾だよ。よくやったね、スナイパー」
「誘導って……そんなんあったんなら、先にくれてても良くない!?」
タンクからの可憐な労いにスナイパーは誘導ライフル弾(DARPA弾)を持つ手を
「もう良いのか」
「ああ、声だけじゃ満足出来なくなってな。会えて嬉しいぜ」
「……そう」
こちらも初めて直接顔を合わせたようだ。ルークから手慣れたウィンクを送られ、タンクはもごもごと赤髭を動かした。ごく自然なやり取りにスナイパーが胡乱げな目を走らせる。
「いや、こいつマジで17? 人生3周とかしてんじゃね、マッチングしてんのも隠してたくらいだしよ」
「ホント芋ねー。ラーカーなんだから隠れて当然じゃない」
「うん! 安全確保できるまで、ひそむ!」
「は? こいつの方が芋ってんじゃん!」
「活きが良いネームド野郎だな、残機になれ」
軽々と警告前にトリガーを引いたルークは第二次世界大戦中の米国陸軍の制服を着ているが、トミーガンを向ける様はどこから見ても禁酒法時代のギャングだ。
「ヒィッ、なななんで撃つんだよ! 全裸になったらどうすんだ…………残機?」
「そうだよ! おじいちゃん、残機制!」
「今時、残機制のFPSとかあんの?」
「あぁ? 俺のゲームは最新だ」
「知らねえよ!」
年不相応な落ち着きようで年相応な自慢をするルークに対し、スナイパーは野太い声を荒げて最大限の虚勢を張った。
[✓] 王都攻防戦クリア報酬:不発弾を受け取る
・ワールドエネミー:リチャード・バイトの情報を共有する
・残機を回収する(任意)
スナイパーの渾身の叫びも意に介すことなく、ルークは死体漁りを始めている。その隣で未だ全裸のハントニクがマナーを弄りながら辺りを見回す。
「んー、やっぱり地上部隊は来ない感じ?」
「ヒーロー志願者ってのは、てめーより目立つ野郎が気に食わねえもんだろーが」
「そね、オレたちの出番なくなっても困っちゃうし? 勇者とヒーローがエンカウントしなくて良かった〜」
「うん、うん? 勇者とちがうヒーローいる?」
「すんません、何の話すかね……ここって悪役の集いでしたっけ?」
ハントニクとグレネットも談笑しながら死体漁りに加わり、彼らの慣れた手つきにスナイパーは引いている。地上部隊が来なかった理由は様々あるが、銀色の大樹に親指を差し向けたルークの言うことも一理ある。奇襲に対して派手な歓迎を受ければ、きっと大抵の人間はなかったことにしたくなる。タンクは軽く笑って逞しい腕を組んだ。
「あのドローンを送り込んで来たエネミーの話だよ。リチャード・バイト、私のゲームのストーリーボス」
「ストーリーボスって……え、何、俺らの敵NPCまで出てくんの!?」
「ゲームにエネミーは付き物だからね。プレイヤーがいるなら、そういうこともあるんじゃないか」
何をもってメインストーリーとするのかは依然として不明だが、すっかりファンタジー的な
何度も言うが、この世界はFPSプレイヤーにとってゲームの延長線だ。各自ゲームの仕様が適応されているのだから、彼らのエネミーが襲来してもおかしくはない。いくらプレイヤーがビルドを組み上げ、スキルやパークまたはMODなど様々な武装を持ってプレイヤースキルを鍛えたとしても、相手がいなければゲームは始まらない。それこそゲームをプレイする上で重要なのは能力や武器より、戦いがいのあるエネミーがいるかどうかだ。
「なるほどー……あれ? ヒーローがストーリーボス?」
「……ヒーローになり損ねた可哀想な設定があるんだよ」
いまいち現状を把握出来ていないグレネットの様子に、タンクは少しだけ間を置いて呟いた。
「ほお、
「えっ…?」
「あらー、せっかく
「えっと、ディック・ラ・ビ……あっ!」
しばらく首を傾げていたグレネットは知っている単語の出現に慌てた。完全に同情半分でアウトな言葉遊びを繰り広げる2人とは違い、彼のウォーペイントが施された顔は青ざめていく。
「わっ、わ、わあ……そっか、おれ、えっと……カウンセラー、紹介したほうがいいかな?」
「なんのこっちゃ知らねえけどさ。たぶん、どの煽りよりお前の思いやりのがキツい気がする……」
とても辛そうにプロテクティブズボンの中心を押さえるグレネットを見て、異国のスラングに詳しくないスナイパーも大まかな意味は察したようだ。単なる冗談が真実に近づいてしまった残酷さの前で遠い目をしている。タンクは好き勝手なことを言う男たちを眺めながらそっと苦笑した。
「スペルが違うって言うのは……野暮になるか」
FPSプレイヤーが和やかな雰囲気で最低な会話を続ける一方、彼らを忌々しげに睨みつける者がいた。清廉潔白な彼だ。聖騎士隊と魔法使いに囲まれて笑う
「さすらい人…!」
清廉潔白な彼は焼け焦げたプレートアーマーの拳を握り締め、大樹となった鉄屑のモニュメントを殴りつける。小さな振動が少しずつ全体へ伝わり、大樹の先端に引っかかっていたひとつの不発弾に生じる。
「ッ…さすらい人様!」
「へ?」
スナイパーの真上に不発弾が落ちる寸前、シックスパックがFPSプレイヤーに覆いかぶさった。一瞬にして凄まじい爆風が広がり、炸裂弾から無数の鉄屑が飛び交う。誰もが悲鳴を上げる猶予もなく爆煙に包まれる中で、ルークが残機を1つ減らして立ち上がった。
「はっ! イかした歓迎じゃねーか」
そこでブラックアウトしたスナイパーが知ることはないが、ルークは爆発によるダメージで減った残機に、新たに6つの残機が追加されるのを見つめていた。
***
[✓] LOADING…
オールド・バトルフィールドが発生する以前のことだ。ドラゴンを中心に発展した大帝国は、今の帝国や王都よりも進捗した大国だった。しかし突如として発生したNPC病の到来により大帝国は不毛の地と化し、繁栄の時代は終わった。その後2つに分裂した勢力のうち、ドラゴンの加護で復興を遂げたのが王都であり、ドラゴンの叡智で成り上がったのが帝国と伝えられる。そして現在、帝国企業である社会福祉団体トリプルオー開発部のチーフ&エースは興味津々に不法侵入者を分解していた。
「不明な技術による筋組織と外骨格……これがエルフの騒いでいた『ドラゴン』か」
「ざっと解体しても、魔力ではない動力が使われていることが分かります。ドラゴンはどこからこのエネルギーを……」
「ここまで熱心に見てくれるなんて、そんなに僕に興味があるんですね」
「もちろんですよ! ドラゴンが解明出来れば、無限のエネルギーでクリーンな都市化計画を…!」
「エース、生首と喋るんじゃない! いくらドラゴンでも不法侵入者には変わりないんだぞ!」
「ふふ、怖がらないで……僕について知りたいんでしょう?」
かたやもうひとりの侵入者がダクトから
「あのー…大丈夫ですか?」
勇ましい見た目と能力に反し、話しかける声はたおやかな女性だった。アンドロイドの白い頭部素体を横切る一本のラインが金色に瞬く。
「どうぞ、僕のことはお構いなく。ミッション中ですか?」
「は、はい! エルフさんの救出を……」
「どうしました?」
わずかに言い淀んだ強化外骨格アーマーの女性もアンドロイドのどちらも顔を思わせるパーツのないフルフェイスだ。ニスデールのフード下にある色の濃いフルバイザーからは中身が見えず、対面するアンドロイドの
「先ほどのお話を聞いてしまって……あなたが、ドラゴンさんなんでしょうか?」
「いいえ? 僕はアンドロイドです」
「アンドロイドさん……ですか……」
「はい」
アンドロイドの頭部ラインが金色に瞬いたのを最後に沈黙が落ちる。強化外骨格アーマーの女性は残念そうに俯き、もじもじとニスデールの下で何かを触っていた。
「他にも聞きたいことが?」
いくらかの間を置いて、アンドロイドが切り出した。女性は弾かれたように強化外骨格アーマーのフルバイザーを上げる。
「あ、すみません……わたし、どなたかとマッチングしているみたいで……」
「ええ、それで?」
「そ、それで、その方をお探ししてマーカーを追ってまして……こういう方、お見かけしませんでした!?」
バラバラの四肢が勢いよく掲げられ、あまり成分を考えたくない液体が飛び散る。一応と言って良いものか迷うが、丁寧に部位ごとにまとめて縛られていた。アンドロイドのライトが面食らったように連続する。
「それは僕のボディパーツですね。集めてくれたんですか、ありがとうございます」
「ひあぁ、すすすみません! あなたのお体とは知らず……す、すぐに修復を! アストラルさん、どうやってお繋ぎしたら良いんでしょう!」
ひどく慌てながら女性は空中を見上げ、アストラルと呼んだ〝紐状の発光物体〟に四肢を差し出した。彼女の焦りに対してアンドロイドのライトが激しくなる。
「おや、新規の方ですか……これは珍しい! 実装されたチュートリアルはどうでしたか? 初期
「え、えぇえ…?」
謎の副音声が聞こえたのは気のせいだろう。アンドロイドから怒涛の情報量を浴びせられ、強化外骨格アーマーの女性が狼狽えた。彼女のたおやかな声がフェードアウトしていくことに気づき、アンドロイドはエレクトリック・パレード状態だった頭部のライトを鎮める。
「ああ、失礼。どうも新規に優しくないイメージが先行しているようで、なかなか新しいアクティブユーザーに出会えず……つい興奮してしまいました。嬉しいですよ」
「そ、そうなんですね。でも、わたし……アウトライナーなので、たぶん違うゲーム……かと、」
おそらくアンドロイドの情報から、最近までチュートリアルもなかったゲームだ。たとえ誤解であってもコアゲーマー向けのゲームで遊ぶユーザーは限られる。ミッションのたびに同じプレイヤーと連続でマッチングするのはよくある話だ。新規ユーザーを発見すると囲ってしまいたくなる気持ちも分かるが、女性はバイザーを曇らせて困り果てている。彼女の肩口で浮かぶアストラルも同様に紐状の体を捻り、クエスチョンマークの形に変化していた。
「アウトライナー? あなたの名前ですか?」
「い、いえ! アウトライナーという設定で……その、ラギーと申します!」
強化外骨格アーマーの女性が名乗りを上げるとアンドロイドのライトがまた光り輝き、頭部のみとは思えない器用さでHUDのマッチングリストと女性を交互に見る。
「初めまして、ラギ。さて、イベントの進行度も知りたいところですが、まずは自己紹介をしましょうか。僕は……そうですね、スコットとでも呼んでください」
処理作業中を知らせるライトがひとしきり点滅した後、アンドロイドはにこやかな音声で全く読み方の分からないIDを読み上げた。
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