ミッション8:コンプレクス #2
タンクたちの一斉射撃と魔法使いの陣地形成、そしてハントニクと
「武装を解除するとは、なんと非合理な……何かの儀式か!」
「魔力は必須として、何の効果があるのか気になりますね。あ、記録を取るのでもっと近寄ってくれますか?」
チーフ&エースの興奮からバイターズが操縦桿を死守する。両者の攻防戦も白熱する一方で、バイトは別のところに注目していた。無視することが難しいホット・メン・ダンシングすら意に介さないどころか、一点以外は目に入っていない。
「……なぜ、パルス内に留まる。ドローンごと自爆しても無駄死にするだけだぞ…」
バイトはモニターに映るタンクを凝視し、怒りとも恐れともつかない色をした目を揺らす。逃げ場のない要塞と化したシールド内で戦い続ける姿は、見るからに何の作戦もない捨て身の突撃だ。
「こんな無茶苦茶な作戦を、奴が……トラロックが指揮している筈が無い!」
バイトはデスクに拳を打ち付けた。一瞬だけバイターズの手が操縦桿から離れる。この作戦を考えたのは〝トラロック〟でも、〝タンク〟でもないことは知る由もないが、司令官の眼差しにほんのわずかな同情の色が浮かぶ。
「……期待をかけ過ぎたのではないですか」
彼女のもっともな意見も聞こえないくらい、バイトは感情に振り回されている。彼が睨みつける先では、花弁が閉じるように
***
荒々しい腕が力任せに王都民を引っ張り上げる。アーチの傷が回復して以降、勇者は無心で
「どういうことだ……さすらい人、教会と心中するつもりか」
「いいえ、勇者様」
即座にアーチは否定したが王都は街ごと捲れ上がり、全てが見境なく転がり落ちていった。もはやクレーターとなった中心で、FPSプレイヤーと上半身の防具を脱ぎ去った聖騎士隊は逃げ出すこともなく攻防を続ける。彼らが半裸なのは戦いによる被害ではないものの、勇者には痛ましく──もしくは発狂したように見えたのかも知れない。どちらを思ったのかは定かではないが、麻袋から覗く眉間にしわが寄る。
「アーチ、奴らを止めるぞ」
「はい、勇者様」
まさに敵と共に生き埋めになろうかという作戦の前で、勇者は剣斧を構えて動きを止める。白い獣皮をまとう体から霧が発生し、それに合わせてアーチから伸びる細い蔦が周囲の王都民を包み始める。かつて彼自身が起こした爆発時のような白い霧が辺りに広がるにつれて、じりじりと蔦が編み上がる。
勇者を中心に立ち込める霧にドローン部隊の一部が
***
時を同じくしてスナイパーも驚愕していた。全裸たちが踊り狂う中で始まった総攻撃のありさまに口をあんぐりさせる。
「あっちもこっちも、
野太い声が尖塔に吹く風に流される傍ら、グレネットは長身とピンヒールの高さを持って遠方を眺める。その頭部はフェイスベールを被ったままだが、彼にとって問題はないらしい。
「おじいちゃん、マーカー見えた!」
〈良いぞ、やれ〉
「はい! あのね、エドゥ、あのマーカー撃つ」
マナーを傍受した新たな仲間──ルークの指示にグレネットが頷く。黒い手袋が指し示した方角は、黒煙じみた無数のドローン部隊が飛び交っていた。
[✓] 協力クエスト発生:仲間と協力して目標を破壊する(残弾数:1発)
・スキル:ガンスリンガーで射程範囲を上方修正する
・MOD:センサーアイの影響下でマーカーを狙撃する
とてつもなく簡単に言ってのけたグレネットとドローン部隊を見比べ、しばらくスナイパーは硬直した。いくら迫り上がった王都で捕獲中とはいえ、タンクたちの総攻撃に抵抗するドローン部隊は渦を巻き、マーカーどころか何がどこにあるのかも目視出来ない。
「マーカーって……ど、どれを?」
『タンクちゃんがマーキングしてくれたでしょ、それ撃ちなさいよ』
「それってこん中から!? いや、どんだけあると思ってんだ! 大体何がどうなってんだか、マジ分かんねえってか、なんで俺が……」
〈よく回る舌だな、もう1発ぶち込むぞ〉
「はあ!?」
『あんたスナイパーだろう? 自分を信じな、一撃で仕留められるよ』
「んな無茶な……動き、早えし!
ドローン部隊の目まぐるしい動きよりもめちゃくちゃな指示を受け、さらにタンクからの励ましでスナイパーは自信をなくした。狙撃地点である教会の尖塔上から目標まで距離があると言っても、すぐ否定から入るのは彼の悪い方の癖だ。人知れずウェアラブルタブレットのディスプレイにガンスリンガー発動の文字が浮かぶが、スナイパーは気づくこともなくパニックに陥った。そんな彼を通信先の仲間たちは常の調子で囃し立てる。
『いつまでお守りに付き合わせるのよ。ほーら、住民死んじゃってるじゃない』
「お前そういう…ッ、プレッシャーかけんの勘弁して!」
〈おお、大層なデカブツぶら下げてヤる前にジャムりやがったか〉
「このBANされそうな人、マジ何抜かしてんの!?」
『スナイパー落ち着いて、もし外しても誰も責めないから』
「すんません、今の流れ聞いてました!?」
期待を掛けられるほど失敗を恐れてスナイパーは逃げ腰になる。ハントニクとルークの煽りを回避しようと躍起になり、せっかくのタンクからの慰めも届かない。だが彼らも本気でやり合っているわけではない。これはいつもの雑談の延長だ。つまり時間は刻々と進んでいる。
『もー…おじいちゃん、プランB行きましょ!』
〈チッ…ここまで膳立てしてやって不発か、用意してろ〉
『オッケー!』
「お、おい…」
〈悪いな、タンク。まだ保つか〉
『問題ないよ』
「え…いや、あのさ…」
責任重大な役から降ろされるという望み通りの展開にスナイパーは狼狽える。矢面には立ちたくないが、無関心にあしらわれたくもないといったところか。確かに他人の期待に自信を持って応えることは相応の危険を伴う。それを恐怖する心は生き残るために必要なものだが、リスクを負う前から怖がっていてはそのうち何も出来なくなる。
〈アンヘル、芋野郎をくたばらせろ〉
「はい!」
「や、待っ……へあ!?」
とうとうルークから処刑宣告が下され、魔法使いアンヘル──グレネットが迫る。尖塔の端に追い詰められたスナイパーは逃げ場を失い、何かに躓いて尻もちをついた。腰を抜かして後退る肩にそっと黒い手袋が触れる。次の瞬間、女性アバターの体が打ち上げられた魚のごとく跳ねた。
「うっ……ぅおえぇえええッ!?」
スナイパーの頬が一気に膨れ上がり、吐瀉物が撒き散らかされた。しかしグレネットは柔らかな声を紡ぎ、血の気が引いた彼の手にバレットM82を固定する。
「大丈夫、協力する」
「は、なっ、何これ、どんなイベ……ん…とぉぇえっ!」
「構えて、目とじない。深呼吸、吸って……吐いて…」
「む、むりっ……きも、普通に吐ッ…うっぷ!」
まともに言葉を発せなくなったスナイパーが嘔吐を繰り返す。集中するほど絞られる視野角に比例して、周囲の時間が伸びる感覚があった。映像だけでも目眩を覚え、画面酔いに似た吐き気をもよおす気持ち悪さだ。異常な動体視力に達しているスナイパーだが、それでも黒煙じみた無数のドローン部隊の中からマーカーを見極められない。その間にドローン部隊は改めて融合を試み、巨大な作業用ロボットへ形態移行を始める。
『まずいね、合体した。もっとヘイト上げるよ! スナイパー、いける?』
「もう、ちょいまっ……ふーっ! ふーっ……ぐおぇえ!」
タンクたちは作業用ロボットの完成を食い止めていたが、内部にマーカーが取り込まれるのは時間の問題だった。かたや吐き続けるスナイパーは視力だけでなく、聴覚までもが異常発達したようだ。直接聞こえるはずのない王都中の声が反響して聞こえ、ハントニクのため息がヘッドセットの音と重なってハウリングする。
『ネイト、変わってあげたら?』
「ううん、大丈夫、できるよ。エドゥ、太陽見ない……明るい光、マーカー、見える?」
「だッ…から、どこ……にィイ!?」
ハントニクが呆れながら通信を入れるも、きっぱりとグレネットは固辞した。どちらかと言うとスナイパーは変わって欲しそうだったが、続行を促されて絶望に満ちた悲鳴を上げる──本来なら彼は狙撃する機会を失っていた。
〈──あ? なんだ〉
その時、スナイパーの肩を押さえるグレネットのマナーから低い声が響いた。異常な聴覚に達したスナイパーはあまりの大音量に肩を揺らし、銃身を支えるバイポッドをガタつかせる。スコープから視線が外れた先で、巨大作業用ロボットへと合体中のドローン部隊が二手に分裂するのが見えた。
「なんっ…な、ぁ、あれ……って、」
一際光る物体から視線を外せなくなったスナイパーが唾液と震え声を吐き出す。今や高倍率レンズの補助は妨げでしかなく、その意志に応えるようにバレットM82からスコープが消えた。グレネットはクリアになったスコープマウントをなぞり、彼の耳にフェイスベールを近づける。
「あっ、見えた? あのね、こことここ集中……目ちかいほう、もやもやする? 透明のわっかできた?」
「もや……わっ…か? おぇ、え……こ、これ?」
「うん、うごく? 小さい黒い点なったらね、息止めて……そこ、」
グレネットのウィスパーボイスは強烈な眠気を誘い、意識が引きずられる。今にも寝入りそうなスナイパーの瞼が落ちるにつれ、リアサイトからフロントサイトを覗く深緑の目の焦点が合わなくなる。彼を取り巻く視野がぼやけ、リアサイトに膜がかかり、対象物を取り囲むように透明の輪が現れた。それが急速に黒い点へと絞られていく。
「撃って」
あとわずかで気を失うといった寸前、スナイパーの耳に子守唄にも聞こえる囁きが注がれた。突然の衝撃に息が止まり、全身の強張りで勢い余った力がトリガーに掛かる。バレットM82から一発の弾丸が放たれ、スナイパーの理解が及ぶ前に一機のドローンが砕け散った。彼が狙いを定めてトリガーを引くまで、実に5秒にも満たない間の出来事だった。
[✓] 協力クエスト達成報酬:ドローン部隊を掌握する
先導していたマーカーが消えた直後、ドローン部隊の動きが止まった。タンクがゴーグルの下の目を見張り、赤髭に覆われた口角を上げる。彼女は色鮮やかなトライバルタトゥーが施された腕を上げ、進行方向に向かって振り下ろす。
「動きが止まった。今だよ!」
「魔法使い、集めろ!」
「そのように」
その場に浮かんでいたドローン部隊が次々と潰れ始めた。それが磁石に吸い寄せられる砂鉄のごとく中央へと集まり、瞬く間に一本の柱を形成していく。全長が高くなるにつれて自重により先端が四方八方に引き裂かれ、枝分かれした鉄骨にドローンの砲弾が果実のように連なる。まるで銀色の大樹といったモニュメントの構築を目の当たりにして、グレネットの手がスナイパーから離れた。
「わあ、木になった! 大きい! かっこいい!」
「い、今の……おえぇえ! な、何ィ…!?」
「あっ、わ、大丈夫? センサーアイってMOD……えっと、おれの能力だよ」
グレネット及びハントニクのゲームで得られる人体改造MOD〝センサーアイ〟の
「なっ……うおぇえ! な、んで……それが、俺にぃ…ッ!?」
「わからない、魔法使いの服、能力うつる。あとね、効果すごくなってね、ずっと使える!」
「うえぇ? おまっ……それ、ぜってえヤバめのバフなんじゃ…!」
「うん? うん、すこし疲れるかな?」
いつものワークウェアに戻ったグレネットは悶え苦しむ小さな背中を擦る。親身になって介抱しているが、平衡感覚を失わせるほどの異常状態を分け与えたのも彼だ。未だ立ち上がることが出来ない情けなさからか、スナイパーは強めに抗議する。
「少しって……おえぇえ!? ま、魔法使い、おかっ……おかしい…だろ!」
「そうなの? おれ、魔法使いじゃないからわからない」
すでに遮光レンズとウォーペイントにフードを目深に被るグレネットの表情は読み取れないが、どうしようもなく真剣なことは伝わり、スナイパーは地面に頭を打ち付けた。彼らの様子を遠方で確認していたルークは軍用双眼鏡を懐に収める。
「ったく、大したタマだな」
ルークはM1ヘルメットと口元まで覆う分厚いマフラーの間から見えるアンバーアイズを細めた。浅黒い手に持った大口径用の弾薬を楽しげに弄び、半壊した評議会室を後にする。辺りでは大樹に吸い寄せられるドローン部隊の爆発音が轟いていた。
***
黒煙と見紛うくらい多勢なドローン部隊を数名の人間で掌握することは至難の技だ。そのため、バイターズは親機であるドローンの動きを子機にトレースさせてより多くの操縦を実現した。その制御機の中でもトランスミッターの役割を担っていた重要な一機が撃ち落とされた──という設定だ。
「制御ドローン応答なし。ボス、第二制御投入の許可を」
元々用意された
「……一撃だと?」
「罠に掛かりましたか、見事な先見の明をお持ちで」
それはFPSプレイヤーへの賞賛か、バイトに対しての皮肉か。大樹となるドローン部隊の映像を前にした2人は対照的だった。この人智を超えた
「そんな罠があるか、偶然だ。いくら歴戦の狙撃手でも、あの中から一撃で制御を落とすなど不可能だ!」
「ドローン部隊ブラヴォー、アルファ、キロ、エコー制御不能。ボス、次の指示を」
「なぜだ、砲台も供給基地も全て潰した! こんな規模の電力をどこに隠して…ッ」
「デルタ沈黙、チャーリー沈黙──ボス、指示を」
淡々とフォネティック・コードを告げるバイターズが指示を仰ぐも、バイトは聞く耳を持たず頭皮から湯気を立たせる。彼が電磁パルス発生装置と見込んだ送電塔すら、何の意味もないと言わんばかりに集積の巻き添えとなっていた。もしあの鉄骨のタワーに意味があるなら、目立つ存在から叩き潰したくなるという単純な心理だ。
「これが魔法使いを所有する国の戦いです。ご理解頂けましたか?」
「魔法など無いと言っているだろう! 仮に電磁装置へ誘導する罠があったとして運任せにも程が……いや、あの爆発は……まさか奴は、最初からこれを狙って、」
第二フィーバーラインを映し出していたドローン部隊の信号が途切れ、ブラックアウトしたモニターにバイトが反射する。チーフ&エースは苦渋に満ちた顔が映り込んだ画面を避けて、まだ稼働しているモニターの方へと移動していく。
「これが王都の戦い、この映像があれば飛躍的に研究が進みますよ!」
「ああ、ドローンが全滅するまで隈なく撮影出来ると良いんだが……召喚者殿?」
必死にメモを取るエースの隣で、一応といったようにチーフが気に掛ける素振りを見せた。それに反応したわけではなさそうだが、バイトはタイミングよく顔を歪ませる。
「……とうとう他人の
苦く吐き捨ててバイトが笑った。彼は消えゆくモニターを睨みつけながらも、どこか安堵したように見える。不気味な笑みを浮かべるバイトに代わり、司令官がバイターズに向かって指揮を取る。
「かの召喚者も信用されていないことは承知だったようですね。これまでです、撤退なさい」
「ふん、少しは変わったらしい。挨拶は済んだ……バイターズ、偵察用ドローンを撤収させろ」
「良いでしょう。これを魔物災害として処理出来る範囲と見なし、軍部は宣戦布告ではないことを承認します」
「分かり合えたようで何よりだ。お得意の復興支援が必要なら、俺からも陳情してやろうか」
「良いお考えですね、見直しました。王都から支援要請があれば、ですが」
バイトは軍属らしく冷静さを取り戻し、人間らしい表情を張り付けて鼻を鳴らした。対する司令官は美しい唇を引き上げる。とても優しげな嘲笑だった。その微笑みが幕引きの合図とでもいうように、モニターの接続ばかりか室内の明かりまでもが全て落ちた。
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