ミッション8:コンプレクス #1

 フィーバーラインから離れた地点で起きた大爆発に伴い、シールドの一角が破れた。複数のモニターにかじりついていたエースが興奮して振り返る。


「防衛していたところとは違う場所から火の手が上がりましたよ!」

「これが強さ故の弱点、」

「同士討ちでシールドが壊れたのは好都合だが、突然どうしたんだ?」


 バイトの決め顔を遮ってチーフは疑問符を浮かべた。全く理解が出来ないという風に王都民同士の激しい衝突を見聞している。バイトは視線上に被ったチーフを押し退け、改めて司令官の女性に向かい傲然とした態度を見せつける。


「争いはいつも内側から始まる。召喚者などと祭り上げられる俺の見解だ、司令官殿」

「……我が軍部には分かりきったことです」


 司令官は豊満な褐色の頬を硬くし、淡々と受け答えた。彼らの他意しかない会話を目の当たりにして、エースが深く頷きながら膝を打つ。


「ふむふむ、嫉妬という原始的な行動で内部分裂が発生したんですね。さすがは召喚者殿!」

「そういうことか! 司令官も理解がお早い。いつも反乱分子を鎮圧しているだけのことはある!」

「チーフ、今その見解を述べるのはまずいですよ!」

「なんと……申し訳ない! 今の話は聞かなかったことに!」


 エースの解釈に続いてチーフが口を滑らせたが、司令官とバイトはお互いに意識を取られ、バイターズもドローン部隊の操縦に集中している。


「陣形が崩れた場所から総攻撃を仕掛ける」


 バイトの指揮により、一斉にドローン部隊が新しい目標に向かった。内部のいさかいでシールドが崩れた地点は、攻撃を仕掛けるには最適な第二の前線だ。ドローン部隊の総攻撃に混乱した前線は総崩れとなり、防衛ラインの放棄を余儀なくされる戦況がモニターに映し出された。


 ***


 魔弾と呼ばれるバリスタの追尾矢はスナイパー目掛けて着弾した、はずだった。数々の爆発に見舞われてきた彼は、いつもとは違う気配に薄く目を開ける。

 爆風に耐えるつもりでうずくまった彼の深緑の目に、まず拷問器具にも思えるピンヒールが映った。続けてキャップの鍔を上げ、黒装束のスリットからコルセットを辿る。元々の長身にヒールを追加したことで、高い位置にあるフェイスベールが揺れている。煤けた黒装束の魔法使いとスナイパーを中心に炎が広がり、周囲を燃やし尽くしていた。


[✓] 魔法使いに追従する


 予期しない着弾による被害は炎に阻まれ、最小限に抑えられていた。ただ炎のシールドは強烈な熱を放ち、魔具を放った守備隊の陣地を燃やしている。それにも関わらず、守備隊からは歓声が上がった。その騒ぎに混じり、清廉潔白な彼も見覚えのある魔法使いを見定めて喜びに打ち震える。


「あぁ……アンヘル様、来てくださったのですね!」


 清廉潔白な彼の呼びかけにフェイスベールが向けられると守備隊は歓喜の渦に包まれた。それを見てアンヘルは無表情で首を傾げる。わずかに見える口元は微動だにせず、何を言われたのか分からないといった様子だ。


「……あん時の、魔法使い?」


 スナイパーは前触れなく現れた魔法使いを見上げ、武装をロストしなかった安堵感と身動きが取れない状況下で呆然と呟いた。アンヘルは微笑みを返すもやはり口を開くことはなく、代わりに2人の子どもが長身の背後から顔を覗かせる。これまで大人の魔法使い以外を目にする機会はなかったが、子どもたちもまたフェイスベールを思わせる黒いハンカチーフで顔全体を覆っていることから魔法使いだと分かる。


「でんしょばと」

「伝書……鳩?」

「おりーぶ、運ぶ」

「へ?」


 要領を得ない言葉にスナイパーは戸惑い、復唱することしか出来ない。小さな魔法使いたちは話し終えると赤く照らされたフェイスベールを見上げる。静かにアンヘルが頷き、手袋に覆われた長い腕で頭上を指し示す。

 その途端、周りを取り囲んでいた炎のシールドが赤から青に変わっていく。急上昇する熱波を浴び、守備隊から短い悲鳴が上がる。同じく高温に身を固くしたスナイパーを青い炎が飲み込んでいった。


[✓] 狙撃地点に到達する

 ・魔法使いアンヘルの正体を知る

 ・アブエリートの通信を傍受する


 急な場面転換テレポートに驚く間もなく、スナイパーはアバターに燃え移った青い炎を払いのたうち回る。彼らが移動した先は王都の全景を見渡せる最上部であり、教会の尖塔だ。


「あ……ああああっつぅうッ!?」

「ありがとう、もう大丈夫だよ」


 ウィスパーボイスの囁きに合わせて、小さな魔法使いたちは姿を消した。それを見届けてからアンヘルはスナイパーの前にしゃがみ込み、唐突にフェイスベールを取る。


「熱ッ…しゃ、喋っ……かかか顔見え……す、すすんません!」


 魔法使いからの突発的なアクションに対し、スナイパーは思わず顔を伏せた。アンヘルは肌と同化しそうなプラチナブロンドのミリタリーカットを傾げる。


「あれ? エドゥ? えっと、おれだよ? ネイト」

「ネイ……ネイトォ!? おおお前なんつう格好して……ッ」

「うん!」


 魔法使いの正体がグレネットであると知り、スナイパーは弾かれたように顔を上げた。おそらくリスポーン後に合流しなかった件に関して、文句の一つでも言いたかったのだろう。しかし至近距離でペールブルーと目が合ったスナイパーから表情がごっそりと抜け落ちる。未だかつて見たことのない真顔だ。


「は? 顔面こっわ」


 普段のグレネットはウォーペイントと遮光レンズによって顔の造形が分かりにくい。それが今、何の障害もなく晒されている。スナイパーが驚愕の色を浮かべ、グレネットは慌ててフェイスベールを被り直す。


「わ、あっ! そっか、びっくりするよね……ごめん」

「あ、いや、まっ……え、なんで? 嘘だろ、お前……その言動でどんだけえげつない美形アバターなんだよ…………レシピ公開してくんね?」

「うん? うん、レシピ? お腹すいた? なに食べたい?」


 キャラメイクのレシピ数値を要求したスナイパーの意図は伝わらず、グレネットはますます首を傾げる。もはや斜めだ。お互いに話が噛み合わないまま見つめ合う2人の間で、魔法使いの手袋から光が漏れる。


〈バトラー、目標地点二到──メシは後だぞ、アンヘル。配置に着いたか〉

「はい、おじいちゃん!」


 明らかに人間のものと分かる声がマナーの機械音声を遮った。それに元気よく答えるグレネットの反応にスナイパーは眉をひそめ、淡く光る手袋に視線を向ける。


「……今の、マナーじゃねえよな? 他にも誰か居んの?」

「おじいちゃんだよ」

「お、じい……ちゃん?」

「うん、コードネーム・おじいちゃんアブエリート

『スナイパー、ルークのことは後で説明するから、』

「ルーク!? マジで突然一体誰のことッ……タンクも知ってる感じ!?」


 タンクからのフォローにスナイパーは狼狽え、さらに野太い声を荒げた。深緑の目を見開き、キャップから伸びる尾のような栗毛を振り回してあらゆる場所に視線を巡らせる。だが彼が知らない通信先のアブエリート改めルークの姿は見えず、気怠げな低い声だけがマナーに割り込む。


〈ターゲット、エリア通──あぁ? てめーがアンヘルの言ってたクソ芋野郎とか言うクソスナか〉

「何一つ間違ってないひでえ言葉で罵倒された……」

「メルル、あのね、スナイパーっていうスナイパーだよ」

〈ターゲット──そうか、野郎を覚える学が無くてな〉


 驚愕中の野太い声を放って会話が続いた。コードネームの〝アブエリート〟ではなく、タンクが告げた〝ルーク〟でもない呼称を使うグレネットの口振りから、彼らが仲間であるということは伝わったようだ。すっかり蚊帳の外になったスナイパーは少しばかり眉を下げる。


「ちょっ、なんで俺だけ知らされてなかったんすかね……い、いじめ…?」

『あら芋ったら、そんなに身勝手な悪い男とお知り合いになりたかったりした?』

「へ?」


 恐る恐る事実確認に挑んだスナイパーの時が止まる。ヘッドセットに滑り込んだ答えはある意味真っ当ではあるが、随分としっかりした身勝手な言い分だった。ほんの少し間をおいて、タンクからも可憐な回答が寄せられる。


『……あんた忙しそうだったし、私たちを気にしてなかったからね』

「うっそ、そう見えた? 気にしてましたよー? 何度も聞いたじゃん!? ってか今のハンツだな、お前もどこ行ってんだよ!」

『やーだ、デートの約束なんかしてないでしょ。いくらオレに会いたいからって変なこと言うの止めてよね〜』

「そんなん言ってねえし! これ以上アレしたらガチめに泣きますよ!?」


 タンクの気遣いに異議を唱える途中で、スナイパーの矛先は先ほど割り込んだ発言者に向かった。しかしずっと行方が知れなかったハントニクは煩わしそうに返答を混ぜっ返し、スナイパーは冗談とも本気ともつかない主張を喚き立てる。それをグレネットが真摯に受け止めてしまい、あたふたとフェイスベールを揺らす。


「えっ…えっと、ごめんね? おじいちゃんはね、ミーナ・リュキャーっていう…」

『ネイト、マイナス・ラーカーね』

「まいなすらーかー」

〈──おい、いつまで(不適切な発言)ってやがる。とっととしごいてぶっ放せ〉

「うん? うん……あっ、そっか! エドゥ、がんばろう!」

「今なんか最低なもん聞こえたんすけど!?」


 気の抜けるやり取りに割って入った通信は規制が必要な内容だった。またも首を傾げたグレネットが緩く気合いを入れ、スナイパーが通信内容のひどさに騒ぐ。その間にも王都は破壊されていき、ルークの完全にアウトな発言通り、悠長にしている暇はなかった。イベントのスキップが存在しないのだから、当然のように戦闘の一時停止もない。彼らもソロプレイの時であればもう少し戦況に集中していたかも知れないが、FPSプレイヤーは仲間とのマルチプレイを全力で楽しんでいた。


[✓] 耐久戦を開始する

 ・聖騎士候補ディアブロの正体を知る

 ・ネームドキャラクター:聖騎士隊改めシックスパックのダンスを観覧する


 スナイパーとグレネットが到達した教会の尖塔からはタンクたちが一望出来る。彼女の近くには聖騎士隊と魔法使い──そして聖騎士候補であるディアブロも並んでいた。


「ディアブロ、もう良いんじゃないか」

「ふむ、時間切れか」

「十分楽しんだだろう? 作戦開始だよ」

「承知した」


 タンクの要請に対してディアブロが剣を抜き、その切っ先を守備隊や王都民の方へ向けて半円を描いた。恐れ慄いた人々が後退る眼前で、彼はゆっくりと剣を天に掲げる。


「ゆくぞ、シックスパック……ミュージックスタート!」


 よく通る渋い声に聖騎士隊が呼応した直後、剣柄ヒルトを握るディアブロの篭手からダンスフロア・トラックが響き渡った。同時に漏れ出した眩い光が上下に渡って移動すると剣はブルパップ式アサルトライフルに切り替わり、プレートアーマーが解除されていく。

 完璧なポージングを決めるショッキングピンクのブーメランパンツが登場した。その周りで「シックスパック」と呼ばれた聖騎士隊も一斉に上半身を脱ぎ捨てる。ハントニクは解像度の高い筋肉を惜しげもなく晒し、6つに割れた腹筋シックスパックを隆起させて軽快な号令を放つ。


「当たらなければ〜?」

「実質、無敵!」

「笑顔こそ最強の〜?」

「プロテイン!」

「ハーイ、シックスパック! エネミーにスマーイル!」

「はい!」


 ハントニクは本気だ。強さを求めた先にたどり着く究極形態──、それが全裸である。ミッドテンポの重低音に合わせてグレージュの長い髪と豊かな胸毛がなびき、軍用サングラスはきらりと光る。髭に覆われた満面の笑みでブルパップ式アサルトライフルを振るう計算された動きは、エネミーの攻撃を華麗に回避するばかりか彼のキルレートを上げていた。そして聖騎士隊シックスパックも以前よりビルドアップした筋肉を躍動させ、爽やかな笑顔を向けてドローン部隊の視線ヘイトを奪う。

 あまりにも見慣れない光景に、王都にいる人々も襲撃中なことを忘れて唖然としていた。その中でも特に混乱に陥っているのはスナイパーだろう。何度もバレットM82のスコープを覗き込み、筋肉の祭典を確かめる。


「ディアブロッ……ああああいつ! シ、シックスパック!?」

「うん、アントンのダンスチーム! かっこいいよね!」

「なんで脱ぐ必要が……あー、だからシックスパック……って聖騎士隊に何やらせてんだよ!」


 自発的な困惑と納得を繰り返すスナイパーをよそにグレネットが賛辞を送る一方、タンクは目の前で繰り広げられるホット・メン・ダンシングに耐えていた。小刻みに腹筋を震わせる彼女にダメ押しのブーメランパンツがにじり寄る。


「ささ、タンクちゃんもご一緒に?」

「っ……遠慮するよ」


 自由自在に大胸筋を動かすハントニクの他は上半身のみとはいえ、裸族に囲まれる危険地帯をタンクは咳払いでしのいだ。それからゴーグルを整えてUIで切り替えた5.56mmライトマシンガンを構え直し、スナイパーが立てた〝ピン〟の場所に狙いを定める。


「目標11時、両方から囲って前進!」

「魔法使い、防壁を上げろ!」

「そのように」

「ドローンを固まらせないで、交互に全弾射撃!」

「魔法使い、放て!」

「そのように」

「ヘイト上げるよ、備えて!」

「はい! シックスパック、ライウェイ!」

「ベイベー!」


 タンクの指示に従い、シックスパックが踊りながら魔法使いを呼んだ。王都の地面が波打ち、数区画を包み込む勢いで迫り上がる。次第にすり鉢状の陣地フィールドが形成される中、タンクは弾幕のごとくライトマシンガンを連射し、防壁シールドからは石塊の一斉射撃が続く。それによりドローン部隊エネミーは作業用ロボットへの変形を妨げられ、急速に狭まるシールドを押さえた中途半端な状態で融合と溶解を繰り返した。かたやシックスパックの熱い踊りは最高潮に達する。

 不完全なエネミーのアームにライトマシンガンの銃弾が飛んだ。ドローンのライトが点滅し、タンクを──シックスパックか、いや、ハントニクのショッキングピンクのブーメランパンツへと狙いが定まらないカメラを向ける。それはクロスファイアで翻弄されているというより、怒りと困惑が読み取れる動きだった。

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