ミッション7:ワールドエネミー #3
勇者が評議会室を出てすぐ、麻袋から覗く青い瞳に大爆発が映った。中心部と外周を結ぶ橋の一角で爆炎が上がり、橋台の倒壊による地響きと水の柱が立ち上る。次いで水路沿いを縫うように誘爆が続き、同心円状の都市に濃い爆煙が充満した。炎に取り囲まれる先で巨大な魔物とされた作業用ロボットがおもむろに傾く。
あっという間のことだった。まるでシールド内を残して街が崩壊するような光景を目撃し、咄嗟に勇者は駆け出していた。作業用ロボットから分離したドローン部隊を薙ぎ払いながら爆発の被害を追い、炎上の発生地点を発見した彼は身の丈ほどの
「何の騒ぎだ!」
「勇者様、どうしてこちらへ…!」
「隊長か、なぜいつまでも魔物を放置している。あの柱も何だ!」
豪快にシールドを切り裂いて現れた勇者は燻る瓦礫を飛び越え、鉄骨のタワーを指して隊長に詰め寄った。わずかに動揺した隊長が魔法使いに視線を向けると控えめにシールドが修復していく。
「勇者……ウェイカーだったね。作戦中だよ、手出ししないでくれないか」
一旦収まりを見せた防衛ラインでの争いが、さすらい人であるタンクの一言で振り返す。それを尻目に勇者はどこか緊張したように剣斧を握る手に力を込める。
「何も成せぬと侮るな、さすらい人。記憶こそないが俺も戦える」
「侮ってはいないよ、私が護衛に向いてなくてね。あんたに
勇者とタンクの視線が交差した。彼らのやり取りに息を飲んだ王都民を守備隊が押し退ける。
「さすらい人よ、勇者様が入れろと言っているのだぞ。それでも拒むと言うのか!」
「そうだよ。防衛ミッションの条件に民間人の生死は入ってないんだ」
あまりの言い様に守備隊が非難を忘れて言葉を失った。勇者の存在に関わらず、王都民や王都を守るという意識はFPSプレイヤーにはない。彼らにとって王都は設定された
「なんだ、それは……」
「勇者様は退いてくだされ。汚れ仕事は我々にお任せを」
「頼んだよ、ウェイカー」
ディアブロの嘆願とタンクの頼みに勇者は戸惑う。いつの間に追いついたのか、常の通り彼の隣に控えるだけのアーチは何も言わなかったが、静かにドミノマスクを向けて次の行動を指し示す。そこには不安から身を震わせる王都民がいた。
「お前たちの言うことも……さっぱり分からんな!」
勇者は期待と不安を滲ませる複数の視線を無視することが出来なかった。周囲の爆撃にも劣らない声を張り上げて剣斧を担ぎ、王都民を連れて街へと足を向ける。その後を音もなく付いていくアーチとは対照的に、シロクマを思わせる後ろ姿は納得がいかないという憤りが透けて見え、力強い足取りが進むごとにアーマーの獣皮が揺れていた。タンクはちらりとディアブロへ視線を向ける。
「……予想以上に威勢が良いね」
「フッ、それでこそ勇者様であろう」
ディアブロの一言に張り詰めた緊張感が和らぐ。だが変則的に形状を変化させるドローン部隊の猛攻は変わらず、着実に防衛ラインを突破している。王都の被害は拡大し続け、いよいよ立て直しは不可能にも見えた。それでも悠長な会話を繰り広げるタンクたちに向かい、守備隊の怒りは頂点に達する。
「勇者様までも追い払い……そこまでして我が王都を滅ぼしたいか、さすらい人!」
その存在をすっかり忘れていたのだろう。守備隊から罵声を浴びて、タンクたちの緊張が戻ってくる。こうなると高火力のドローン部隊の攻撃を往なすより、彼らの怒りを収める方が難しそうだ。さすらい人であるFPSプレイヤーに矛先が向いたことで、隊長が前へ出る。
「教会は予言書により動きます。どうかご理解を」
「王都を見捨てろとさすらい人が言ったのか、我々を救うことがお前達教会の運命であろう!」
「そのような契約はない。さすらい人殿に従ってもらう」
「候補風情が、貴様こそ立場を知れ!」
隊長に続き、ディアブロが場を取り成すも余計に神経を逆撫でる。その間、タンクは黙って騒ぎを見つめていた。彼女の無言の圧力に守備隊は一瞬怯んだが、すぐに
「王都を魔物付きの好きにさせてなるものか……我々は、教会とは違うのだ!」
守備隊が吐き捨て、タンクに背を向ける。勃発した
「守備騎士隊よ、全魔具を持ち集まれ。攻撃に転じる!」
「勝手な振る舞いはせぬよう、持ち場に戻れ」
「まだ魔法使いに選ばれてもいない者が、我ら守備騎士隊を掌握出来ると思うな!」
守備隊の独断の決定にディアブロが苦言を呈するも、とうにお互いの関係性は破綻している。悪化することはあっても、大人しく従うことはあり得ない。肩を怒らせたプレートアーマーが続々と立ち去った。対するディアブロは困る素振りもなく、そっとタンクを見上げる。
「……さすらい人殿、このくらいで宜しいか」
「ありがとう、ディアブロ。隊長さんは良かったのか?」
「はい、さすらい人様。どうぞ、お心のままに!」
守備隊の激昂に反して、ディアブロや聖騎士隊は戦いを楽しんでいる節すらある。
「あとは賭けだね」
〈──安心しろ、逆転劇に目が眩んだ野郎だ。賭けにもならねーぞ〉
「うむ、それこそ我らの惨めな失態を望んでいる。必ずや彼らは命令に背くだろう」
気怠げな声が巻き舌気味に言い放つとディアブロも賛同した。タンクは姿の見えない相手を探そうともせず、説得に応じなかった守備隊の動向を眺める。彼らは『魔具』と呼ばれる武器を持ち出し、早くもドローン部隊に狙いを定めていた。その姿は悲しいほど真摯で、どこまでも相容れない。
「……敵意を保証されたのは初めてだよ」
これまでのことを省みれば、王都を守る守備隊にとってFPSプレイヤーは平穏を脅かす混乱の元凶であり厄介者だ。思ってもいない方向から励ましを受けて、タンクは困ったように赤髭を動かした。
***
守備隊主導による王都防衛戦が始まった。元々聖騎士隊が王都外部での戦いに従事し、内部の防衛は守備隊の仕事になる。しかし、それは平時であることを前提とした話だ。魔法使いが各自付き従う聖騎士隊には及ばないが、守備隊も他国には無い攻撃力を所持している。主に魔力を用いた武器のことだ。彼らが使用する魔力が込められた武器は、魔物にも人にも絶大な畏怖をもたらす。それをほぼ独占している王都は、これまでどの国からも侵略された経験はない。それがドラゴンの加護と呼ばれる所以だった。
[✓] 第2フィーバーラインを設定する
・ADAD(レレレ撃ち)により被弾を抑える
・妨害してくる守備隊との会話を長引かせる
指示通りにマーカーを狙撃した直後、激しい爆発と共に橋が崩落した。そこから爆炎が連鎖し、王都中心部を囲む水路沿いが壊滅した。次のポイントへと急ぐスナイパーは全力疾走していた。もっと簡単に言えば、自分のやらかしたことに驚いて逃走中だ。
「おいおいおい、うっそだろ。あんなんなるとか聞いてねえし! マジ先言っといてくれって……うおぉおお!?」
普段スナイパーが忘れがちなキャップから伸びる一房の栗毛に数本の光が掠める。ドローン部隊へと向かうはずの魔具──バリスタの追尾矢が次々にターゲットを変えていた。
「は? なんで……さっきのあれで敵対した!?」
先ほどの報復にも思える反撃にスナイパーは慌ててエンハンスド・カービンを構え、細かく左右に移動しながら飛び跳ねる。正確性よりも回避を優先する
「はっはー! エイムガバガバじゃねえか……あ、すんません! すんません!」
「さすらい人!」
いきなり怒声を浴びせられ、スナイパーは危うく足を挫きかけた。清廉潔白な彼はアーメットのない顔を不快そうに歪め、それとなく脇をすり抜けようとするスナイパーの動きに合わせて立ち塞がる。
「なんすか、ちょっ……通して、」
「この惨たらしい災禍から王都を救わぬばかりか目を背けるとは……貴女もまた教会に値しない者であったか、スナイパー!」
全力で不信感を向けられて、スナイパーは首を捻った。と言うより、防衛ラインでのいざこざを知らない彼は何も気にしていなかった。彼にとってこれはゲームの一部だ。NPCとしか見ていない相手の挙動を深刻に受け止めることが出来なかったのだろう。
「へ? んなこと言われても護衛ミッションでもねえし……あ、タンク?」
『どうした、スナイパー』
「いや、なんか変な奴に妨害されてさ。次んとこまでちょい時間かかっかも、」
『……どんな奴?』
「あーっと、なんつうんだっけ、ほらあの急に割り込んできて面倒くせえこと言う……目ェ死んでるストーカーっぽい奴?」
相変わらずスナイパーの配慮と記憶力も死んでいるが、たとえしっかり名前を聞いていたとしても余程印象に残る出来事があったか、対象について下心でもなければ覚えることは難しい。そのため彼の記憶力の問題だけでなく、分かりやすく特徴を捉えた名称でNPCを呼ぶことはゲーマーにはありがちだ。
『へえ……了解、今いる場所にピンよろしく』
「おう? ポイントはもう良いのかよ?」
『ピン確認出来た。次のポイントが出来るまで〝変な奴〟とお喋りしてて良いよ』
「え、なんで?」
タンクからの指示にスナイパーは目を丸くした。ヘッドセットを押さえて通信する様子は、完全に相手にしていないと思われても無理はない。清廉潔白な彼は苛立ちを爆発させる。
「どこに向かって話している! 話をしているのは私だ、私を見ろ!」
「だから! こっちにも事情ってもんがあるっつうか、今ここで話してる方が普通に危な……うおっぶねえ!」
清廉潔白な彼からすり足で逃れながら、左腕のウェアラブルタブレットを上げたスナイパーに銃弾が飛んだ。タイミングよく狙撃されて身を縮める彼の頭上で、アサルトを搭載したドローン部隊が通り過ぎていく。
「やはり勇者が呼んださすらい人も所詮は魔物付き、期待を掛けた私が愚かだった……守備騎士隊よ!」
清廉潔白な彼の号令で守備隊は持ち出した
「あー、分かった分かった! お前もちゃんと危ねえから待……ッ」
明確にスナイパーを狙って方向転換した追尾矢が大爆発を起こし、野太い声が途切れた。内部の警備を担う守備隊の魔具は本来、魔物と戦うことを想定していない。なぜなら王都の侵入を企てるのは、いつの時も魔力を持たない余所者だからだ。
***
結局、誰もシールド内に入ることは許されなかった。そればかりか勇者たちは前線から追い出されて撤退するしかなく、戦力外通達を受けたと言っても良い状況だ。勇者はアーチと共に負傷した王都民を救出し、比較的被害の少ない場所へと送り届ける。守備隊の陣地から火の手が上がったのは、その最中だった。
「どうして魔弾が街を狙うの……王都にはドラゴンのご加護があるのに!」
王都民が叫ぶと同時に爆風に乗った破片が飛び、勇者が盾で防ぐよりも早くアーチが前に躍り出た。体中に破片が突き刺さり、見るも無惨に引き裂かれた白い背中からは血が滴り落ちる。
「アーチ、何をしている! 防御しろと言っただろう!」
勇者は深い青い瞳を見開き、怒りに任せてアーチを引き寄せる。彼はいつも通りの感覚だろうが、魔法使いに触れていることに王都民は驚愕した。
「おっ…お止めください、勇者様! ドラゴンのご加護が尽きても、魔法使い様は高位なるお姿に変わられるだけです」
「……何を、言っている」
「魔法使い様に人の心はありません。彼らの幸福は身代わりとなることのみ、それを私達が奪ってはなりません」
「それは……どういう意味だ」
勇者の困惑をよそにアーチの背中で捲れ上がった肉が蠢き、見る見るうちに傷が塞がっていった。魔法使いは見た目よりも頑丈と言っても、負傷することに変わりはない。しかし王都民はさも当たり前のように純粋な祈りを捧げ、それが魔法使いにとって幸福であると信じている。
「魔法使い様、どうか憐れな私達をお守りください!」
「はい、魔法使いは命の盾。どうぞ私をお使いください」
恐れ敬いながらごく自然に軽視出来る、これが王都に根づく信仰の集大成か。言葉は通じるが話が通じない王都民の目には何の疑いも矛盾も見えず、アーチの平坦なハスキーボイスからも感情は窺えなかった。
麻袋の奥から歯を食いしばる音が聞こえた。勇者は剣斧を握り直し、人々の盾になろうと動くアーチを押さえ、めちゃくちゃな軌道を描く追尾矢を叩き切る。力技で粉々になった矢がドローン部隊を巻き込んで弾け飛んだ。
***
なおも守備隊はドローン部隊に向かって
「これがさすらい人の戦う術なるか、王とよく似ておる」
そこは収拾のつかなくなった惨状の音がかすかに届くだけで、窓も扉もモニターのようなものもなく、どこからも戦禍は見えない。ただ室内には数名の魔法使いが控える。その黒尽くめの一角へ貴族会の仮面から慕情に満ちた視線が注がれ、先生が緩やかに口を開く。
「王は
「然らば、他に守るものは無し」
「そのようにいたします」
先生と貴族会の囁き合いが聞こえる室内に反し、外では引き続き守備隊の無作為な攻撃が王の居城を守る
だが幸いにも攻撃対象であるドローン部隊の方は居城を素通りしていく。それもそのはずだ。カメラを通して見る王の居城はただの空き地として映っていた。どこにも送電塔や装置らしきものは見当たらないが、あのエコーロケーションのように〝誰か〟から光学迷彩にも似たシールドがもたらされたらしい。
「勇者と教会さえ残ればよい。皆、喜びて死ぬであろう」
「あれらも愛いことよ。初めから聖騎士にはなれぬというに」
「むべなるかな……自由を得たまま、力は持てぬ」
結果的に居城を一番に攻撃しているのは守備隊だ。しかし戦況を悪化させるような守備隊の奮闘に対して、貴族会はひどく愛おしそうに虚ろな目を細めた。
[✓] LOADING…ERROR
貴族会がいる居城のとある一室で、男は構えていたスプリングフィールドM1903を下ろした。分厚いマフラーが巻かれた顔に貴族会と同じ仮面を被り、開け放たれた大きな窓枠に座って幻想が入り混じる近代戦を見下ろす。
守備隊から放たれた魔具の誘爆被害による一際大きな爆発の後、強固に守られていた中心部のシールドの一部が崩壊した。ようやく開いたシールドの開口部に気づいた人々が侵入を試み、崩れた橋伝いに対岸を目指して争い合う。早く助かりたい一心で誰かを押し退け、力の弱い者から水路に落ちていった。今や
「ほお、踏んだクソよりてめーのシモに文句垂れるか」
街の狂乱状態を前に仮面から覗くアンバーアイズが大きくなる。被害が広がり続ける王都の惨状に守備隊は焦りと怒りを見せ、王都民は避難経路を潰し合い、どちらにも参戦出来なかった人々は自らの恐怖心に耐えきれず、教会に向かって祈りを捧げる信者たちに当たり散らすような暴行を加えていた。
「くっ…はは! 良識ある奴らってのは良い動きしやがる」
男の笑い声が響く一室は、いつかの民家を全て入れてもあまりあるほどのベッドルームだ。あの時と同じくベッドには裸体の女性──今回は2人か──が眠っていたが、男の方はかろうじて第二次世界大戦中の米国陸軍第101空挺師団パラシュート歩兵連隊の制服を着ている。その背中に背負い式送受信機SCR-300通称ウォーキートーキーを担いだ通信兵『アブエリート』は仮面を外し、そして眼下に広がる戦禍へと放り投げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます