ミッション7:ワールドエネミー #2

 タンクとスナイパーが出会う少し前の出来事だ。リチャード・バイトは私兵と共に見知らぬ土地で目覚めた。彼らが研究施設ごと移動した先はオールド・バトルフィールドと呼ばれる不毛地帯だった。即座にバイトはMQ-9リーパーに似た〝空想〟の無人攻撃機を飛ばして調査を進めた。そこで判明したのは、この世界ではレーダーどころか人工的な飛行物体すら存在しないということだった。


「……王都の、召喚者ですって? よもや一個人の私情で王都を攻めたのでは無いでしょうね」


 一度消えたモニターが順々に再接続されていき、ディスプレイの光が女性司令官の豊満なシルエットを照らし出す。バイトは空爆が続く映像を眺めながら首元の呪物じみた縄を撫でる。


「これは実験だ。上層部の許可も得ている」

「私怨とあらば、これ以上の戦闘行為は許可しません。直ちに撤収なさい」

「なら賠償金を支払うか? この戦いに帝国は関係無い。あの『融合性生物』は新種として処理される」

「冗談にも程がありますよ」

「良い歳をして、あれを魔物と呼べる神経よりはまともだと思うが」


 実験という名目の王都襲撃計画の展開は、バイトが不可解な生物と遭遇したことに起因する。彼が『融合性生物』と銘打った生物が『魔物』と呼ばれることを知ったのは、社会福祉団体トリプルオーと接触を果たしてからだ。意外にも帝国は『召喚者』としてバイトを歓迎した。丁度、調査中に消息を絶った無人攻撃機を追って〝トラロック〟を発見した矢先のことだった。


「やはり魔法使いのシールドは頑丈ですね。突破は難しそうだ」

「何度言えば理解する。魔法など存在しない、あれは電磁パルスだ」

「召喚者殿こそ頑なですね。そちらの世界に魔法使いはいないんですか?」


 熱心にモニターとドローンの操縦を観察していたチーフ&エースが首を傾げ、バイトは嫌悪感をあらわにする。王都から人身賠償を迫られる社会福祉団体トリプルオーの存在は、バイトにとって都合が良すぎた。彼らの技術力に目をつけたバイトは新しい試作機を完成させる。それが今、王都を襲撃しているドローン部隊だ。


「いい加減にしろ、そんなものは妄想の産物に過ぎない! 近くに供給基地があるはずだ。バイターズ、第二形態に移行して反応を見ろ」

「了解、ボス──セカンドフォーム、スタンバイ……」

「そんな、魔力と同等のエネルギーがあるなんて……」


 バイトの私兵である〝バイターズ〟がカウントダウンを開始する傍らで、チーフ&エースが言葉を詰まらせた。防塵マスクでよく分からないが、ショックを受けたように全身を震わせる。


「夢の世界ですね!」


 高らかに称賛の声を響かせるチーフ&エースに注目する者はいない。皆が一心に見つめるモニター内では一機のドローンがライトを点滅させて、鉄骨のタワーへと軌道を変える。それに合わせて大量のドローン部隊が後続していった。


 ***


 王都中に散っていたドローン部隊が導かれるように矛先を変え、教会が建てたタワーに集中攻撃を始めた。タンクは目を見張り、アサルトライフルを撃つ手を緩めて息を吐く。


「……意外と食いついたね」

「人は理解したいように物を見るものだ。時間稼ぎには十分であろう」


 送電塔らしきタワーの破壊に伴い、中心部のシールドは薄くなっていた。守備隊の砲台付き見張り台も早々に瓦礫の山となり、ドローン部隊の集結を止めるための援護射撃は望めない。


〈──コアはあったか〉

「制御は確認出来たよ。追跡中だけど、マーカーを付けるにはもう少し時間が掛かる」


 タンクが難しい顔で姿の見えない相手に答える間も、ドローン部隊は続々と数を増やし、獲物に群がる虫のようにタワーへ攻撃を加える。


「さて、完全にあれが破壊される前にシールドをどうするか決めねばならんな。いっそ次の策へ……?」


 ディアブロの声が不意に途切れた。タンクが彼のアーメットの視線を追った先で、積み重なりすぎたドローン部隊がひしめき合ってひしゃげる。その自滅的とも言える動きに全員が疑問符を浮かべた直後、ドローンの外装が溶けて癒着した。


[✓] エネミーの第二形態情報を入手する


 瞬く間にひと塊に融合したドローン部隊は、一度水銀のごとき変容を遂げ、いくつかの悲鳴を巻き込んで地面へと沈んだ。そして衝撃で生じた亀裂から目にも止まらぬ速さで複雑なプロセスを繰り返し、メタルボディはひとつの生物を模した物体を形成する。


「形が変わった……あれは、魔物!?」


 街の一区画を覆う巨大な物体の出現に隊長が声を上げた。素早く警戒態勢へと移行した聖騎士隊の前で鈍色のメタルボディから複数のアームが突出し、そのうちの地面と接しているものがレッグとなって巨体を持ち上げる。

 大きさこそ違うがFPSプレイヤーには馴染み深く、聖騎士隊もよく知る形状だった。サスペンション部分が軋みを上げ、咆哮のような爆音が響き渡る。多関節の放熱口から蒸気が放出され、水飛沫と逃げ遅れた人々が吹き飛んだ。表皮か外装に並ぶカメラレンズも、いつかの魔王城にいた魔物の複眼と酷似している。それがタワーを捕捉し、多脚型レッグの関節部から白煙と異音をかき鳴らして進撃していく。


「さすらい人殿、ドローンが作業用ロボットへと変形したが……これも想定内であるか?」

「……あんな仕掛けギミックは覚えがないよ」


 ドローンショーなら拍手喝采の場面だ。編隊飛行で巨大な空中絵を描くように、物理的な融合を果たしたドローン部隊に一同は面食らっていた。SF色の強いゲームでもない限り、多脚型作業用ロボットへ変形するドローンは見たことがない。

 タンクが覚えのないギミックに動揺する一方で、ディアブロのプレートアーマーが小刻みに揺れる。巨大な作業用ロボットじみた魔物エネミーが進むごとに地面へ伝わる振動ではなく、明らかに怯えからくる震えでもなさそうだ。


「ふむ、作戦通りではあるが想定より骨が折れるかもしれないな。試しに突撃してみてもよいぞ」

「まだ勝利条件が分からないから、迂闊に迎撃して良いものか迷うね」


 今にも走り出しそうなディアブロを横目に、タンクが悩ましげに腕を組んだ。むしろ、この戦況に平静でいられる人間の方が少ないだろう。


〈──良いんじゃねーか、迂闊に手が出せねえのは向こうも同じだ。目標をくれてやれ〉


 再度、姿の見えない相手から平然とした低い声が届けられる。いつの間に移動したのか、今度はディアブロの方角とは真逆の方向から聞こえた。そこには見覚えのある魔法使いが立っていた。しばらく熟考したタンクは豊かな赤髭に覆われた口の端を上げる。


「それも、そうだね……怒らせてから考えようか」

「了解した。オリーブの枝作戦オペレーション・オリーブブランチを遂行する……アンヘル、動け」


 ディアブロの指示にアンヘルが無言で笑みを浮かべた。その先で巨大な作業用ロボットと化したドローン部隊がアームを使い、引き抜いたタワーの鉄骨でシールド叩く。どこか愛嬌がある打撃により一段と薄くなったシールドに満足したのか、次のタワーを目指してエネミーは水路沿いに巨体を進めた。


[✓] マーカーを狙撃する


 ポイントを巡回中のスナイパーもエネミーを眺めていた。王都が破壊される光景に茫然自失となった王都民とは対照的に、彼は興奮してインカムに手を伸ばす。


「なあ、タンク! あれって超合体…ッ!」

『スナイパー、ポイントには着いた?』

「あ、はい」


 タンクからの被せ気味な通信で、超合体ロボットに対する興奮を削がれたスナイパーはHUDに目を凝らす。指定されたポイントの大半は回り終えており、残りを消化する前にスタミナを回復していたところだ。そのついでに先ほどまで超合体の様子を撮影キャプチャしていたことは伏せて、彼は通信を続ける。


「ってか、さっきからポイント回ってんのって……なんか意味あんの?」

『さあ? どうだろう』

「へ?」

『まあ、4割くらい分かってれば戦えるよ』

「俺とかミリも分かってねえんすけど!?」

『そうだね。そこからマーカーは見える?』

「あーっと……見えっけど?」

『撃ってくれないか』

「おう?」


 スナイパーとの通信を終えたタンクがアサルトライフルを構え直す。わずかな間にタワーの破壊は進んでいた。彼女は聖騎士隊の隊列に加わり、中腰で水路沿いを進みながらレッグを重点的に射撃し続ける。しかし巨大な作業用ロボットは被弾箇所から溶解し、ドローン部隊が部分的に分離して多勢になる。また全弾を撃ち尽くしたタンクがスピードリロードをした時だ。

 タンクたちの進行方向に、シールドを目指して橋を越えようとする人影が差し掛かった。反射的に銃撃の手を止めたタンクがハンドサインを送ると全員が停止した。すっかり動きのなくなった彼女たちへ、王都民を引き連れた守備隊が詰め寄る。


「そこのさすらい人、我々を中へ入れろ。召喚者として使命を果たせば、これまでの悪行は不問とする」

「そう、ここは避難所じゃないよ」


 タンクの厳つい顔から放たれた可憐な声に守備隊がたじろぐ。間髪入れずに断られたからか、それともイメージにそぐわない声に驚いたのかは分からない。彼女の出方に迷う守備隊の近くで、また作業用ロボットがタワーを引き抜く。地響きと共に引きちぎられたケーブルが弾け飛び、王都民は悲鳴を上げた。その悲痛な叫びに背中を押されて守備隊は意を決したらしい。だが一歩踏み出した足が橋に乗り上げる寸前、完全に待機状態だったタンクが銃口を上げる。


「だっ、誰に向かって攻撃している!」


 ガリルの銃弾が石造り橋を砕き、プレートアーマーの足先に破片が当たった。彼女の威嚇射撃で負傷者が出ることはなかったが、当然のことながら守備隊は怒りを噴出させた。なおもアサルトライフルを構えて無言の制圧を続けるタンクに代わり、隣にいたディアブロがアーメットの頭を向ける。


「守備隊よ、なぜ民間人シビリアンを連れて参った」

「っ……候補に用はない、出しゃばるな!」


 ディアブロの堂々とした牽制に守備隊は怯むも、すぐに同じアーマーを着ていることに気づいて突き飛ばす。とは言っても、全体的に細身の守備隊に比べて見るからに頑丈な体はびくともしなかった。少しもブレないディアブロに守備隊は不快感を募らせ、ますます押し退けようと躍起になる。かたやディアブロも威圧感を放って行く手を妨害した。次に何が起こってもおかしくない一触即発の状況下で、さらに聖騎士隊が火に油を注ぐ。


「魔物のお相手はさすらい人様がなさいます。どうか、ご安心を」

「……安心だと? 闇雲に人々を巻き込み、不安を与えているだけではないか!」

「私たちは予言書に従っています。王都をお守りするのは守備隊のあなたたちです」

「さすらい人、教会に何をした。王都を守らぬ者に教会を使う資格はないぞ!」


 それにしても違う方面の争いが勃発したことでうっかり忘れてしまいそうだが、依然として本来のエネミーである巨大作業用ロボットはタワーの破壊を続けていた。次のターゲットへ狙いを定め、少し遠のいた場所まで多脚を進めている。まだタンクたちに焦りは見えないが、このまま押し問答を続けていては被害が拡大することは明白だ。


「困ったね。早く立ち去ってくれないと……もうすぐここが、」


 本当に困っているのか不思議なくらい柔らかな口調で、ようやくタンクが口を開いた。それから視界の端で光った反射へ目を走らせて言葉を切る。

 まさにその時、照準を合わせ終えたスナイパーがバレットM82のトリガーを引いていた。マズルブレーキから噴射した発砲煙が拡散し、土台にした瓦礫の砂埃を舞い上げて視界を覆い尽くす。つかの間の静寂を破った大口径弾は銃声も届かない距離から街を越え、人々が逃げ惑う間をくぐり抜け──そしてタンクが指定したマーカーに着弾する。


「最前線になるよ」


 少しだけ微笑んだタンクの背後で爆炎が上がり、もうもうとした爆風を伴って橋が崩壊した。そこから粉塵に燃え移った炎がケーブルを伝い、次々に残りの橋台も連鎖爆発していく。作業用ロボットがレッグを掛けた橋も崩れ落ち、バランスを崩して水路に沈みかける。だが転倒するかに見えたメタルボディは、瞬時にドローン部隊へと姿を戻して飛び立っていった。


 ***


 バイターズの的確な操縦により、ドローン部隊は橋の崩落を逃れた。それにも関わらず、バイトは不満げに顔をしかめる。


「やはり退路を絶ったか。少しは変わっていると期待したが……教本通りだな」


 外周に繋がる橋を落としたことで、作業用ロボットとしての動きの抑制と引き換えにシールドで守られた中心部は孤立した。大爆発が起きた防衛ラインではタンクたちと守備隊が言い争い、唯一の安全圏であるシールドへの道を絶たれて王都民は絶望に打ちひしがれている。もはやバイトの優勢にも思える状況だが、女性司令官は薄っすらと汗を浮かべた褐色の首を緩く振る。


「あのような魔物ともつかない玩具では、王都に返り討ちにされる展開は目に見えています」

「ああ、フィーバーラインを叩き続ければ、俺達の方が消耗するのは新兵でも分かることだ」

「それを知りながら、なぜ誘いに乗るのです」


 モーターの働きも虚しく、戦闘が続くにつれて室内温度は上昇していた。露骨なくらい司令官は蔑み呆れていたが、バイトは想定内の言葉が返されたとでも言うように鼻で笑い、あからさまな嘲りの態度で対抗する。


「王都は他のどの国よりも強いと言っていたな。あまりに強い国は、己の強さが仇となることも知らないのか?」

「魔法使いに慢心は有り得ません」

「そんな妄想の産物など初めから考慮に入れていない」

「その認識は誤りです」


 バイトが魔法の存在を受け入れることはなく、司令官も持論を曲げない。彼らは話の伝わらない相手に対する苛立ちを抑えて見つめ合う。双方が同じ表情を浮かべて相手の出方を窺っていた。


「司令官、実力を見誤る連中に怒りを覚えた経験はあるか? 何の実績もない輩が過大評価され、都合よく祭り上げられる……それがどれ程、罪深いか」


 先に切り出したのはバイトだった。ひどく感傷的な呟きは単純な苛立ちの他に、落胆と失望の気配を強く感じる。コンピュータとモニターの熱気に満ちた施設内の室温がぐっと下がった気がした。


「忠告はしました。いずれ後悔することになるでしょう」

「害虫を有り難がる世界が実在するなら、後悔などいくらでもしてやる」

「それが正しい判断であると思っているのであれば始末に負えませんよ」


 司令官は呆れたと言わんばかりに息をもらす。軽く伏せられた目には、いっそ哀れみの色が浮かんでいた。しかし全否定されたはずのバイトは歪に口角を上げる。


「……信念を持つ者同士は尚更、分かり合えないものだな」


 目を細めてバイトは言い放ったが、首元の縄を撫でる指先はかすかに震えていた。それに対して司令官は一瞥もくれず、爆発と争いが続くモニターの方へ向き直る。

 ちなみに彼らの舌戦の間、チーフ&エースは室温の変化を気にすることもなく、ずっとモニターの映像に張り付いていた。

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