ミッション7:ワールドエネミー #1
ディアブロや清廉潔白な彼の監視をかい潜り、スナイパーは王都城壁沿いの街でメインストーリーを探していた。調査を続けるうちに分かったのは、王都中心部から離れるほど地位が低いということだ。ただ城壁近くの住民は魔力を持っていたことで迎え入れられた移民も多く、スナイパーが不審な目を向けられる回数は少なかった。だが露骨に恐怖心を抱かれないだけで、魔力のない者が王都にいることを疑問視する態度は変わらず、メインストーリーに繋がりそうな収穫はゼロだ。
「また水路で魔法使いを見たよ、このところ毎日だ」
「聖騎士隊まで見回っているのでしょう? 街中に塔を建てて……教会は何をしているのかしら」
ここ数日間で耳に馴染んだ噂話が聞こえる。王都は城壁に守られた同心円状の都市だ。幅広の水路に囲まれた中心部には主要施設があり、商業地区と住民街へ繋がる橋が等間隔で掛かる。その海路運河に船が往来することはないが、数日前から旧市街風の街並みに不釣り合いな送電塔らしき鉄骨のタワーがそびえ立つようになっていた。着々と増えるタワーの傍らには魔法使いが佇み、近くでは聖騎士隊がケーブルを引いて巡回する。
いつもは教会で出会う聖騎士隊や魔法使いを街で見慣れていないのか、ドラゴンに信仰を捧げているといっても王都民は不安と恐怖を抱いていた。武装した軍人が街中にいる感覚に近いのかも知れない。さすがに鈍感なスナイパーも街の変化に浮き足立ち、調査とは名ばかりに歩みを早める。
「何の音だ、雨か? 街にまで降るなんて珍しい」
不意に街が陰り、王都民が見上げた先から黒煙が迫る。明らかに雷雲とは異なる独特の羽音を鳴らし、瞬く間に王都上空を覆い尽くす。
「雨……じゃない、魔物だ!」
しばらく忘れていた音だ。王都民の叫び声を引き金に平和な街の光景が一変する。無数の羽音がスナイパーの頭上を通り過ぎていき、後続して爆炎が上がった。
[✓] 王都攻防戦を開始する
・ドローン部隊を確認する
・移動ポイントを受信する
大量の砂が落ちるような光景だった。王都上空を覆った黒煙が落下し、円形状に設計された中心部から市街地へと放射状に飛散した。美しい軌道を描く大群に搭載されたアサルトや砲弾による空爆で至るところから破壊音と悲鳴が上がる。使用された形跡のない警鈴が鳴り響き、すでに倒壊寸前だった見張り台が爆撃に吹き飛んだ。
スナイパーは爆炎と人が飛び交う
『スナイパー、今どこにいる?』
「タンク! なんかめっちゃドローン飛んできてんすけど!?」
『分かってる。こっちは準備出来てるから、地上部隊が来る前に叩くよ』
王都民が『魔物』と叫ぶそれは、以前スナイパーが撃ち落としたドローンと同じ形状だった。鈍色のアサルトドローン部隊の空爆に街が
「地上部隊って……メインストーリー見つけたのか!」
『さあね、説明は後だ。あんたはポイントに行きな』
「…おう!」
UIであるウェアラブルタブレットにイベントが共有され、視界にあるHUDに目的地を示すピンが立てられる。タンクは断言しなかったが、念願のメインストーリーに繋がりそうなイベントの開幕にスナイパーは意気込み、回収したキャップを被り直して指定されたポイントへと駆け出した。
「さすらい人様の仰った通り、中央から来ました!」
聖騎士隊から報告が上がり、モニター越しにスナイパーを見送ったタンクはインベントリにドローンコントローラーを収める。彼女たちがいる場所は鉄骨のタワーが建てられた水路沿いだ。空爆が始まる前からシールドが張られていた中心部に被害はなく、タンクは気まずそうに視線をそらす。
「……まあ、私たちも一度やってるからね」
「あの城壁を人が登るなど愚の骨頂であるからな」
「っ…そう、かもね」
少しだけむせたタンクが咳払いし、かろうじて厳つい顔を保つ。背後から現れた聖騎士候補ディアブロの言う通り、王都の城壁はそびえ立つ崖にも似て、突起物や溝のない滑らかな断面には城門も見当たらない。唯一の侵入経路は交易の出入り口である運搬用の水門を辿るルートで、しかも魔力がなければ水門を発見することは出来ない仕様だ。さらに王都中心部へ繋がるルートは数か所に点在する橋に限られ、外周から攻めてくるような地上部隊では突破は難しい。しかしタンクのブラックホークやドローンのような飛行部隊にとっては関係ないことだ。余程の理由がない限り、中央から攻めない選択肢はないだろう。
「もう少し情報が欲しかったけど、待つよりは良いか」
「情報がないのなら作ればよい。すでに餌は蒔いてある」
よく通る渋い声でディアブロは言い放ち、ボウガンでドローンを撃ち落とす。それをきっかけとして聖騎士隊も交戦を開始するが、ドローン部隊はあまりにも素早く多勢だ。それに加えて城壁内は武力を持たない多くの王都民が逃げ惑い、圧倒的な力で一掃するには不利な状況だった。
いつもより動きの鈍い聖騎士隊のサポートに回り、タンクもガリルモデルのアサルトライフルのトリガーを引く。しかし大規模なうねりの前では、
***
一方、レトロとハイテクノロジーが混在する施設内はファンモーターの重い音が響いていた。フルフェイスマスクの首にお揃いの縄を巻くハングドマンたちがドローンの操縦桿を握り、それをチーフ&エースが興味津々に覗き込んでは煙たがられている。そんな地味な攻防戦を構うことなく、男はモニターの空爆映像を眺めながら笑った。
「挨拶代わりの空爆すら手も足も出ないか。口ほどにもない国だな、〝帝国軍部司令官〟殿?」
「正面突破ですか、なんという愚行……失態は許しませんよ、〝リチャード・バイト〟」
帝国軍部司令官と呼ばれた豊満な褐色女性が眉をひそめ、リチャード・バイトを鋭く睨みつける。皮肉や冗談も一切受け付けないといった姿勢だ。その強固さの前で、彼は編み上げた髪で出来た呪物──首元に巻いた縄を撫でる。
「この数日で城壁周囲に警報が無いことは確認済みだ。陳腐な砲台と騎士だけでは、俺のドローン部隊を捕らえることは出来ない」
「楽観的意見なら不要です。結果によっては、帝国に対する挑発行動と見なすことをお忘れなく」
「……ふん、ならせいぜいよく見ておけ。俺が奴らとは違うということを」
司令官の忠告をバイトは鼻で笑い飛ばす。中央からの強引な突破も入念な事前調査の結果なのだろう。多数並んでいるモニターからチーフが視線を外し、バイトの発言に食いつく。
「奴らとは誰です?」
「俺の世界の奴だ。貴様らは『召喚者』と呼んでいたか」
「なんと、王都にも召喚者が居るんですか!」
チーフ&エースの背後のモニターでは王都の空爆が続いている。バイトが私兵からドローンの操縦桿を奪った。あらゆる場面が映し出されていた映像が次々と切り替わり、その全てにドローンを撃ち落とすタンクが表示される。
「ああ、俺と同じ傭兵……〝トラロック〟がな」
完全に同調して行動するドローン部隊の中で、不自然に動きを止めた一機はとても目立っていた。不穏な気配を感じたらしいタンクが銃口を向ける。ゴーグルに覆われたヘーゼルアイズと満足げに見つめる目がモニターを挟んで交差し、バイトがほくそ笑む。それと同時にタンクのトリガーが引かれ、室内にある全モニターの映像が途切れた。
***
[✓] 機動防衛を開始する
・エコーロケーションを受信する(任意)
・指定されたポイントを巡回する
ガリルモデルのアサルトライフルから硝煙が香り、漏電したドローンが転がる。タンクたちは処理を続けているが、大量のドローン部隊が減っている様子はなかった。一糸乱れぬ動きにも変化は見られず、手当たりといった空爆が続く。
『タンク、位置着いたぞ!』
「了解。じゃあ、次のポイントを探すから…っ!?」
『へ?』
UIに手を伸ばしていたタンクが骨伝導イヤフォンごと耳を押さえる。彼女は頭を振り、音のない響きを辿って焦点の合わない目で水路に佇む魔法使いを捉えた。近くの水面は波紋が広がり、赤髭も細かく振動している。
突然、鮮明な映像が頭に飛び込んできた。恐ろしい速度で映像の範囲が拡大していく。見る見るうちに遠方までの光景が視界に重なり、そこにヘッドセットを押さえて戸惑うスナイパーの姿がはっきりと見えた。魔法使いがフェイスベールを目深に被っていても問題がないのは、こうして対象物を捉えているからだろうか。タンクも自分自身に何が起こったのかを理解したらしく、虚ろな目を瞬いて笑みを浮かべる。
「!……良いセンサーだね。助かるよ、ありがとう」
『え、なっ…何のことすか、こっちじゃねえの?』
「そうみたいだね、ポイントを送った。次もよろしく」
『は、』
まるで思考を読んだとしか思えないタイミングだった。こちら窺うように魔法使いが首を傾げるのを見て、冷や汗が頬を伝う。タンクは苦笑して通信先で混乱するスナイパーの返事を待たずにインカムを切った。そして背後から迫ったドローンを
「隊長さん、始めるよ!」
「はい、さすらい人様!」
ハンドシグナルに隊長が頷くと魔法使いから風が吹き荒れ、水路全体が激しく波打った。聖騎士隊がヘッドギアの下から元気の良い掛け声を返して散開し、タンクも鉄骨のタワーを背後に橋の上で迎撃する。
空爆と銃撃に挟まれた王都民がドローンの破片に直撃して倒れ込み、それを守備隊が引きずって避難させる。その間、彼らは
***
王都が空爆されるまで、この日の評議会は『数日前から行われている教会の活動により、王都民に畏怖を与えた件』について物申す会の予定だった。主要施設がある中心部に位置する評議会室にまだ被害はなかったが、FPSプレイヤーと教会の迎撃が始まったことで空爆の影響が出始めている。徐々に大きくなる地響きによって絢爛豪華な天井の装飾品が揺れる。
「教戒師よ、魔物の災禍が酷くなるばかりでは無いか…ッ、攻撃を止めよ!」
「さすらい人様のご指示により、
恒例の舌戦が悲鳴に変わる円卓の中心で教戒師である先生が穏やかに告げる。王都民と同様に評議会の慌て振りから、王都が魔物の標的になる想定はなかったと伺える。『魔物』ではなく『ドローン部隊』なのだから想定外なのは当然だ。シールドに守られているとはいえ、次第に勢いを増す揺れが評議会の不安を煽る。
「王は承知しているのか!」
円卓の中心で責められる先生の側には、今回は勇者と短剣の使者アーチの姿もあった。乱雑な罵声が飛び交う会議に勇者が隣を見るも、アーチは無感情に佇んでいた。同じく異様なほど落ち着き払った先生が整然と続ける。
「王は予言を成せと命じられました」
「王が……このような犠牲を払えと!?」
「王の命により、教会はさすらい人様に従います」
先生から穏やかな眼差しと肯定を送られ、評議会室に激震が走る。王からの命令だと返されてしまえば、もはや評議会の出る幕はない。いつもの海食崖会議以上にまとまりがない話し合いが再熱する間も空爆による振動は続き、麻袋から覗く青い瞳は天井から降る土埃を睨む。今にも評議会室を出て行きそうなほど強い闘志を燃やしているが、評議会の中で勇者の変化に注意を払う者はいない。
「今こそ予言書を問う時であるぞ!」
強く叱責を飛ばした評議会が厳しい目を向けた途端、アーチの手元に予言書が出現した。初めから評議会は諦めてなどいなかった。緊急会議とは思えない周到さで、先ほどから放置されている勇者を──いや、アーチを呼んだのだろう。評議会は待ち望んだ予言書を前に動揺し、ひとりでにページが捲られる現象に驚嘆して円卓から身を乗り出す。
「……それが予言書か」
評議会の探るような問いかけに返答はない。静まり返った評議会室で紙の擦れる音と天井の装飾品が打つかる音が響く。その場にいる全員から視線を浴びても一切の反応を見せないアーチに焦れ、評議会は先生へと苛立ちを向ける。
「真に予言が書かれているのか?」
「はい」
「……何が書かれている」
「予言が書かれています」
「その内容を問うていることが分からぬか…っ」
「教戒師よ、予言書を読み上げろと言っているのだ!」
「もう良い! これ以上教会に任せては置けぬ、それを渡せ……ッ!?」
先生との会話が進まないことに評議会は業を煮やし、ひとりがアーチから予言書を奪い取った。その瞬間、前触れなく腕が付け根から腐り落ちる。今まさに片腕を失った男が不思議そうに、床に転がる自分の腕だったものを見下ろす。ようやく何が起きたか理解が出来た頃には、外の状態と大差ない絶叫が響き渡った。
「……何と、何と愚かな真似を! 魔法使いに触れてはならぬのを忘れたか!」
「其の方、触れてはおらぬぞ……魔法使い、予言書に何をした!?」
「だっ……誰か、医療会を呼べ!」
おそらく医療会を呼ぶより魔法使いに回復を命じる方が早い気もするが、混乱に陥った評議会はそこまで頭が回らないようだ。特に命じられていない魔法使いはひどい騒ぎにも大した反応を見せず、アーチは腐敗した腕から予言書を拾い上げる。再度、ひとりでに捲られていくページに先生は優しい視線を注いだ。
「予言書は持ち主を選びます。短剣の使者よ、読み上げなさい」
「〝汝、剣の導きにより 魔王の支配から この世を救う 選ばれし勇者よ 失われた を求めよ さすれば、死とひきかえに 天から舞い降りる さすらい人により つくられた 新たな地を 見いだすであろう〟」
無感情なハスキーボイスだった。腐り落ちた腕を回収しようと奮闘する医療会、延々と詰り続ける懐疑派、なぜか祈りを捧げ始める教会派すら魔法使いの目には入っていない。全て終わったとばかりにアーチが出口へと向かうのを見届け、先生は常と変わらない微笑みを浮かべる。
「これが全てです」
「誰の死と引き換えに、何を得ようというのだ……教会よ、何を隠している!」
ここから先は特筆するものはない。ただアーチが出ていく少し前、この場において評議会から注目されず、ろくな発言も求められなかった勇者が人知れず評議会室を出て行ったことは付け加えておく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます