ミッション6:インポスター #3

 ディアブロの働きにより、勇者に接触出来ないまま数日が経った。あまりに妨害されることでスナイパーは計画を改め、数日前からメインストーリーの情報収集に王都の散策を始めていた。


[✓] 街でインタラクトを試みる

 ・同行者の質問を聞く

 ・王都民から話を聞く


 この日も定期的に姿を現すようになったプレートアーマーの後に続き、スナイパーは王都の散策を開始する。相変わらず守備隊からは忌み嫌われていたが、唯一清廉潔白な彼だけは善意の笑顔を向ける。


「気になる事があれば、何でも私に聞いてください。ご案内して差し上げます」


 かたや物越し柔らかな対応を受けたスナイパーはと言うと、見て分かるくらいげんなりしていた。関係性が悪化の一途を辿る他の守備隊や妨害に現れるディアブロとは違い、全面的に協力を惜しまない貴重なNPCだったが、肝心の清廉潔白な彼は王都以外の事情をほとんど知らなかった。おそらくメインストーリーに絡んでいるとは思えない同行者を見上げ、スナイパーは困ったようにキャップの鍔を弄る。


「つってもなー、お前NPCだし…」

「この私が……NPC病であるとお疑いなのですか?」

「あー…いや、そっちじゃなくて」

「呪いの病ならば、魔法使いに守られし王都に恐れはありません」

「や、だからそうじゃなくてさ」


 スナイパーにとっては当たり前のことも、『NPC』という単語が疫病としてまん延している世界観では軽率な話題だ。案の定、引っ掛かりを覚えたらしい清廉潔白な彼の表情がわずかに歪む。違う意味合いに受け取られたと気づいたスナイパーは釈明始めるが、それよりも清廉潔白な彼の興味は別のところに向いていた。


「魔法使いと言えば……スナイパー様は魔法使いとも親しいのですよね」

「え、なんで?」

「お連れの方にお会いに来る魔法使いをよく見かけますので」

「あー、あのヤバい服の魔法使い…」

「アンヘル様です」

「お、おう……名前とかよく覚えてんな」


 食い気味に訂正を受けたスナイパーは顔を引きつらせる。何度か遭遇しただけの魔法使いのことを彼はよく覚えていなかった。それこそ女性の魔法使いであれば覚える気にもなっただろうが、残念ながらアンヘルは男性だ。


「あいつ何も喋んねえし、普通に知らねえけど?」

「……然様ですか」

「なんか用あんなら、タンクに聞いてみたら良いんじゃね?」

「いえ、」


 はっきりと他力本願に言い放つスナイパーを見て清廉潔白な彼は顔を曇らせる。それからしばらく思案し、憂いを帯びた表情を浮かべて口を開く。


「……スナイパー様、もしや貴女は魔法使いを疎ましく思っているのですか?」

「へ? いや、別に…」

「オールド・バトルフィールドを作った罪人を恐れるのは分かります。しかし憂う事はありません、時代は変わりました。今や魔法使いは従順な王都のしもべ、スナイパー様もどうか誤解無きよう」

「はあ、……っすか」

「異界の方から見れば無愛想にも思えるでしょうが、特別であるがゆえに人の心を抑圧された哀れな存在なのです。私が聖騎士になったあかつきには、教会にも赦しを与えられるよう…」


 徐々にヒートアップする清廉潔白な彼にやや引きながら、生返事を繰り返すスナイパーは周りに目を配る。路地から抜けた先に、これ見よがしな市場が広がっていた。


「おー…、お! あっちインタラクト出来そうじゃん、行ってみようぜ」


 長くなりそうな会話を物理的にスキップして市場へと駆け出す。そこにはさらなる厄介が待ち受けていた。

 魔法使いの守る王都は平和である。そう信じてやまない王都民は強い選民意識が見られる。一方で外界に対してひどく臆病でもあった。簡単に城壁外へ出られないことが影響しているのかも知れない。王都では生活の全てを教会による制約で縛られ、決して自由があるとは言えなかった。だが好んで城壁外に出ようとする王都民はいない。オールド・バトルフィールドが大半を占める大地で、魔物の脅威を受けることなく安全に暮らせる土地は少なかった。それが王都周囲を不法滞在のバラックが占拠する原因だ。

 そのオールド・バトルフィールドを作ったのは魔法使いというのが通説なようだが、教会に依存した生活を送る王都民に疑問はないのだろう。それよりも身近な不満を守備隊の清廉潔白な彼に訴える。


「守備騎士のお方、いつになったら教会は外の方々を追い払うのです?」

「呪いの病が癒えるまでだなんて、何と恐ろしい……王都に病が広がってしまうではないですか!」

「王都をお救いになられる勇者様の従者が召喚されたのは本当ですの?」

「さすらい人と言うのでしょう? 魔物付きだと噂ですよ。そのような方が私達を守ってくださるのでしょうか」

「それにしても貴女はどなた? どうして魔力を感じられない方が王都にいらっしゃるの?」

「まあ、女性ですのに酷いお声…一度、教会で見て貰っては如何?」


 交流インタラクトに成功した場面がなかったため、王都民との会話をダイジェストでお送りした。臆病な王都民にとって女性アバターの外見で野太く質問するスナイパーはあまりにも不審者だった。こうして王都民から疑いの目を向けられ、彼は速やかな撤退を余儀なくされた。


[✓] 街の様子を報告する

 ・タンクから仲間の動向を聞く


 スナイパーは聖騎士隊の待機所に隣接する飲食店に逃げ込んだ。誰でも入れる飲食店ではあるが聖騎士隊が訪れるため、ほぼ彼ら専用の食堂代わりとなっている場所だ。王都では教会の制約により飲食の時間や量も厳しく定められ、十分な食事が取れる場所は限られている。実のところ教会はそんな制約は出してはいなかったが、閉ざされた王都を維持させるためにどこかの誰かが教会の名目で強制している義務だ。それにより教会近くの飲食店では知らない制約を強られることはなく、豪勢とはいかなくともタンクの肉体に見合う分の量が手に入る。


「はあぁ……どいつもこいつもマジ非協力的すぎる」

「面目次第も無い。たとえ魔物付きであっても、スナイパー様が教会に認められた方であることは私が保証します。街の者には私からもよく言って聞かせますので」

「いや、なんでバラす方向性!? ますます面倒なことになんだろ…」


 近づいてくる会話に気づき、肉の塊をほおばっていたタンクが顔を上げる。不満げな野太い声を出す女性アバターと清廉潔白な彼が連れ立ってくるという、この数日ですっかり見慣れた光景だ。


「おかえり」

「あ、おう……やっぱ全然見っかんなかった。マップでけえのにイベント皆無とかスカスカすぎだよな」

「そう」


 可憐な声に出迎えられてスナイパーは少しだけ戸惑いを見せるも、すぐに緊張感なくテーブルに突っ伏した。さすがに一緒に居る時間が長くなるにつれて、彼女の簡素な応答にも慣れてきたらしい。


「なんか俺ばっかメイン探してる気ィすんだけど……なあ、生肉製造機と焼肉調理師ってまだ帰ってこねえの?」

「生……焼き、肉?」

「あ、ハンツとネイト」


 それとなく不平を滲ませたスナイパーの訴えにタンクは一旦食事の手を止めた。ゴーグルが取り払われたヘーゼルアイズは心なしか伏せられ、赤髭についたソースを拭う顔もどことなく緊張して見える。


「ハントニクには別のことを頼んでる。グレネットは……死んだだろう?」

「死んだって……うっそ、あいつログアウトした!?」

「そういうこともあるよ。気にすることじゃない」

「さすらい人様、それは仲間だった者に対して余りに非情過ぎるのでは?」


 余計なことしか言わないスナイパーが有耶無耶にあしらわれるのはいつも通りだ。しかしここ最近は清廉潔白な彼まで参戦する現象が多発していた。まさしく騎士然とした姿勢で異論を唱えられ、タンクは厳つい顔をさらにしかめて無言を貫く。


「……え、何この空気」

「スナイパー様、さすらい人の世界ではこのようなことが善しとされるのですか?」

「は? いや、よく無いことも無いっつうか、たまによくある……タンクどうしたんだよ?」

「何も無いよ、あんたも気をつけな」

「おう?」


 2人の間に挟まれたスナイパーはまだ気づいていないが、タンクがひとりの時に清廉潔白な彼が近寄って来ることはない。特にディアブロと共にいる時は、目も合わせずに避けて通るほどだ。それにも関わらず、度々訪れる魔法使いアンヘルに声を掛けては玉砕している。目的が分からない相手にタンクは警戒レベルを引き上げる。だがスナイパーは呑気にも、新しく運ばれてきた肉に手を伸ばした。


 ***


 石造りの家が立ち並ぶ王都居住区の一角に規則正しい足音が響く。王都には『魔法使いに触れてはならない』という教義がある。王都民たちは教義を忠実に守り、常に魔法使いとの物理的な接触を避けて教会以外では話しかけもしない。そうでなくても魔法使いが人前へ現れることは滅多になく、積極的に人と関わろうとしないため、教会外で見られること自体が稀だ。その前提により、ロングブーツのヒール音に振り返った王都民はひどく仰天した。


[✓] LOADING…ERROR


 スナイパー曰く「ヤバい服」を着た男性の魔法使いが王都街を通り過ぎる。白い布に包まれた荷物を抱え、いくつかの路地を曲がった。何度見ても拷問じみた服装だが、当の魔法使いは然程苦痛を感じていないようだ。それどころか街中から注がれる好奇の視線すら気にしてない。

 普段間近で見られない魔法使いを一目見ようと王都民はわざわざ家や店から外へ出て注目している。ほとんどは遠巻きに見送るだけだったが、中には好奇心から近づく者もいた。しかし魔法使いはフェイスベールを目深に被っているとは思えないほど見事に人を避けていき、小さな一軒の民家までたどり着くと素早く中へと滑り込んだ。


「フラッシュ!」

「……サンダー」


 玄関からほぼ全体が見渡せる狭い室内にどこかで聞いた合言葉が囁かれた。気怠げな声が返されると同時に、顔半分をマフラーで覆う健康的な浅黒い全裸がベッドから起き上がる。その全裸はスナイパーの広義の意味での概念的な全裸ではなく、もっと狭義に局部が晒された全裸だ。大変絵面がよろしくないが、魔法使いは慣れた手つきで脱ぎ散らかされた衣服を拾い上げ、数歩分しか離れていないベッドサイドへ近づいた。


「あっ、ミーナ、おきてる? おはよう! あのね、」

「アンヘル、アブエリートだ」

「あぶえりーと」

「Good boy、そいつだな」

「うん? うん、タンクちゃんからのプレゼントだよ! こっちはデャーブロが描いた配置図…」

「ディアブロ」

「でぃあぶろ」


 隠す部分が大いに違う気がする開放的な男──『アブエリート』に呼びかけを訂正され、魔法使い『アンヘル』はたどたどしく発音を修正する。留意するべき点はいくつもあるが、指摘するだけ事故が起こる可能性が高い。まるで気にしていない全裸マフラーはもとより、アンヘルもわずかに首を傾げただけでスクロールを取り出して話を続ける。アブエリートは衣服そっち退けで股座に置いた白い布を広げ──それによってひとまず大幅な修正はまぬがれた──残骸の中にある握り潰されたカメラに目を落とした。


「お前の守備はどうだ、内部まで潜り込めたか」

「しゅび……はい! この服くれた人がね、いろいろ案内してくれたよ!」

「そうか、次は家でも貰えそうだな」

「うん、部屋もらった! すごい、いい人……わっ、わ、わ」

「お前は……死んだことになってるのも忘れたか?」

「わ、あっ、そっか、ごめん!」


 皮肉が通じなかった頭を浅黒い手が鷲掴んだ。どこかで落としてきたらしい記憶を探すようにアブエリートが左右に振ってみるも、フェイスベールの下からは気の抜けるウィスパーボイスしか出てこない。そろそろアンヘルの首がもげるかといったところで不意に手が止まる。


「……あ?」

「えっと……おじいちゃん、大丈夫?」

「増えやがったな」

「うん、いっぱい聞こえるね」


 凄みのあるアンバーアイズが窓の方角に向けられ、何かに耳を傾けている。かすかに街の喧騒がする以外は何も聞こえないが、心配そうに伺うアンヘルも頭をぐらつかせてあっさり肯定した。その口振りからするともっと前から気づいていたようだ。アブエリートは何かを確信し、ぐしゃぐしゃになったフェイスベールから手を離した。そして痺れを振り払うかのように手首をしならせ、いつの間にか持っていた古めかしい弾薬箱アンモボックスを差し出す。


「こいつをタンクとディアブロに渡せ」

「もういいの?」

「ああ、良いから行って来い。タンクの方には礼も添えろよ」

「わかった、がんばる!」

「その格好で走るんじゃねーぞ」

「大丈夫だよ、いってきます!」


 一瞬漂った不穏な空気はなくなり、ひと仕事終えたとばかりにアブエリートはマフラーの下でだらしなくあくびをする。大事そうにアンモボックスを抱えたアンヘルも指示と指摘に頷き、元気よく飛び出していった。一応魔法使いらしく姿勢を正してはいたものの、いつもと変わらない口調からは注意がちゃんと伝わったかまでは読み取れなかった。


「ったく、目立つだろーが……諜報に向かねえ伝書鳩だな」


 静まった狭い室内で巻き舌気味の低い声が響いた。言葉に反してアブエリートの機嫌は良さそうだ。背後でシーツに包まった裸体の女性が起きたのを察知したからだろう。女性は〝おじいちゃんアブエリート〟として扱うには若すぎる男の背中にしなだれかかり、細い指で浅黒い胸に刻まれた翼を広げた黒い鳥を辿る。それから黒い巻き毛に数度のキスを送り、気を引くように胸毛を引っ張った。女性の戯れにアブエリートの機嫌が上昇していくのが分かる。


「あなた、本当に騎士様だったのね」

「?……ああ、君のな」


 明らかに耳馴染みがないはずの単語に揺るぎなく頷き、まだ問いたげな女性を抱き寄せてベッドに押し倒した。股座に手を伸ばされる前に放り出した余計なものが、ベッドから落ちて音を立てる。よくあるパターンだ。ここから先は有料コンテンツになる。フォーカスを強制終了し、ベッドサイドにある小さな窓に移動させよう。小窓からは王都を囲う城壁が見えた。先ほどアブエリートとアンヘルの見ていた方角だ。城壁の上では鳥の群れが休息を得ていた。しかし次の瞬間、何かから逃れて上空へと飛び立っていった。


 ***


 王都より遥かに文明的だが、レトロな雰囲気のある薄暗い室内だ。汚れた窓越しに無数の煙突から煙が立ち上るのが見え、すりガラスに砂嵐が当たる音が続く。その音に重なるように、豊満な褐色女性の持つ器具が軋み、2つのうめき声が上がった。拘束椅子に座る2人の防塵マスクの隙間から血混じりの唾液が滴り落ちる。


「船を贈れば、メンテナンスで王都内部に入れると思ったんですが…(略)…我々も何があったのかさっぱり!」

「決して、このような事態を引き起こすつもりでは無かったんです…(略)…やはり魔法使いが何かしたのでは、魔法使いめえ!」


 帝国軍部に連行されたチーフ&エースは必要以上の弁明を繰り返していた。王都へ献上した社会福祉団体トリプルオー製の船が海食崖で座礁し、人を巻き込んで炎上した件だ。褐色女性が冷ややかな目を細めて尋問の手を止めた。


「言い訳は結構。事実、人身賠償が求められているのですよ」


 褐色女性はまるで聞き分けのない子どもをあやすように微笑んで、手に持った器具を実験機材が並ぶテーブルの上に置いた。器具に付着した血が美しい布に滲み、繊細な刺繍に沿って文様を描く。それが染まり切る前に室内の片隅で人の気配が動いた。


「これだけの技術力を持ちながら魔法に怯えるか、……ファンタジーに媚びる日が来るとはな」


 男の声がした場所は暗がりだった。確かに存在は感じるが姿はよく見えない。エースは痛々しいほどに擦り切れた防塵マスクを暗がりへ向け、心外だと言わんばかりに訴える。


「召喚者殿は異界の方であるからご存じないかもしれませんが、聖騎士1人と互角に戦える武器がいくらになると! ましてや魔法使いが加われば、エネルギー源から、」

「エース、喋りすぎだ!」

「すみません!」


 傷だらけのわりにチーフ&エースは意外にも元気そうだ。彼らに召喚者と呼ばれた男の喉を鳴らす音が暗がりから室内に響き渡る。


「空想でも妄想でも構わない、これはチャンスだ。奴らには鉛玉を返せ」

「我が軍部は内乱を鎮圧するためにあります」

「そうです、魔力の確保は難しいんですよ! 王都とは手を組むべきです!」

「その通り! 魔物の死骸からは魔力が取れないと何度も言っているのに、上は簡単にエルフにやらせろだなんて……あんな獣より魔法使いを1人でも捕獲出来れば研究も進む!」

「チーフ、それは極秘事項!」


 男からの好戦的な言葉を女性が一蹴するとチーフ&エースが便乗して堰を切った。だが男はますます興味を無くしたように鼻で笑う。


「ふん、問題はそれくらいか。なおさら帝国が示談交渉に応じる必要は無い」

「帝国の方針に疑問でも? 軍部は他国を攻めませんよ」


 女性の忠告を受けて暗がりから男が姿を現す。勿体ぶった歩みで現れた男はFPSプレイヤーと同じ──むしろ通常のプレイヤーより実用的な坊主頭に飾り気のない軍服を着ている。唯一、首元に巻かれた縄だけが異質な雰囲気を醸し出す他は遊びの少ない姿だ。


「俺の戦略に兵士は要らない」


 尊大な笑みを浮かべた男はゆっくりとした手付きで首元の縄を撫でる。よく見ると縄は編み上げた長い髪で出来ており、それが個性的と言うより象徴的な呪物にも見えた。

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